第54話 TS女騎士、宝剣との戦い
「集まり集まったり帝国軍」
眼前に見えるは王国軍3000余り、翻って第三皇子ルイ・ド・ロリカング率いる帝軍6000は鶴翼の陣にて相対していた。
「殿下、敵軍は横陣を敷いております」
「オーソドックスなスタイルだな、まるっきりの無能でも無いか」
ルイはそう言うと陣内の諸将を見渡した。
「どうしたものかな」
「数はこちらが上です、戦の常道としてこのまま両翼を伸ばし包囲してしまいましょう」
金の長い髪をポニーテールに纏めた女性騎士がそう答える、その隣にはよく似た顔立ちの銀髪の魔女が立っている。
「見た限りタイリアは軽装歩兵が中心になっているようだ、ならば弓を浴びせてやろう」
黒髪の矢筒を背負った青年が張り詰めた弓の弦を弾いた、全身金属鎧に兜を被った男が前へと出る。
「なれば殿下、本格的な戦の前に士気を挫こうかと」
「ゴドフロワ卿、何をするおつもりか?」
金髪の女騎士の言葉に金属鎧の騎士、ゴドフロワ・ド・ニュルブーゴは答える。
「簡単な事だよ、カトリーヌ卿。敵軍で最も強き者を奴らの眼前で屠るのだ、さすれば己では敵わぬと士気も下がろうて」
「士気を下げるだけならば私の魔法でも事足りるのでは?」
銀髪の魔女がそう言うとゴドフロワは首を振った。
「ペリーヌ卿の魔法は都市の城壁の破壊に使わねばならん、それに平民では魔法による被害を受けたとて自分が死ななければ災害を受けたのと同じ、時間を掛ければ立て直す」
「ゴドフロワ卿の力量を見せ付けることで人としてどうしようもない壁を知らしめるって寸法かい?」
弓の青年の蓮葉な物言いに含み笑いを発するとゴドフロワは頷いた。
「その通りだロビン卿、人は分かりやすい映像によって理解を深めるものだ」
「ゴドフロワ、卿に一任する」
ルイの言葉にゴドフロワは深く一例すると、立ち上がり軍の視線を集めながら両軍との中間地点へと辿り着いた。
「タイリア軍に我と決闘を行う一番の剛の者は居らぬか!」
「アシリチ軍に我と決闘を行う一番の剛の者は居らぬか!」
「なんだあの馬鹿」
全身甲冑の騎士の怒号にエレウノーラは冷ややかな視線を送った、決闘は騎士の華とはいえこのような事は彼女から見て余りにも馬鹿げていた。
「ここから弓でぶち抜きてぇ」
カミタフィーラ陣で弓を構えるように手を動かしていたエレウノーラの下へ、アダルベルトが跪いた。
「エレウノーラ様、第二近衛騎士団長が御目見得になられました」
「何?」
振り返ると、確かにあの二度の決闘で戦った彼であった。
「やあ、久しいね。卿とは語り合いたい事が山ほどあるが、今はそんな場合ではないと分かっているだろう。私の代わりに戦って貰えないか?」
「俺が?」
「君以外に誰が居る?本当なら私が相手にしたいが、君に右腕の健を切られたからねぇ。司祭の治癒を受けたとはいえまだ力が戻らん」
「第一騎士団長殿は?」
「彼は軍の統制を取らねばならない、卿しか適任者が居ないのだ。勝てば褒美も期待できる」
エレウノーラは顎を触り、息を深く吸い込んだ。
「ここに居るぞ!」
「ならば前へと進まれよ!」
エレウノーラも───不承不承だが───前へと進むと、ロリアンギタ帝国軍から嘲笑が響いた。
「女が一番の剛の者とは!アシリチ軍には赤子しか居らんのか?」
「しかたねーだろ、アシリチ軍なんだからよ」
ゴドフロワは、自分が思っていたような人物でなかった事に不意をうたれたようだったが自慢の魔剣を掲げた。
「ならばアシリチ一の勇者をこの場で討ち取ろうではないか!」
「そう言うアンタは口ほど強そうには見えねぇな」
刹那、轟音と共に振り下ろされた魔剣を避けると横腹に全力の回し蹴りを見舞うとべコリとへしゃげゴドフロワが吹き飛ばされかける。
「言葉に偽り無しか」
「名乗り前にキレて剣ぶん回すとか野蛮人がよ」
エレウノーラも愛用の数打ちを引き抜くと構えてゴドフロワと相対する。
初手はゴドフロワの上段切り下ろしを横合いから剣で叩いて軌道をずらすと、手首のスナップでそのまま顔面を狙う。
これはゴドフロワが首を引いた為に当たらなかったが、そのまま鍔迫り合いとなり膠着したかと周囲が思ったその時、エレウノーラがゴドフロワへと頭突きを三度見舞い兜がへこみエレウノーラの頭部から鮮血が飛び散る。
「おらどうした武人気取りがよぉ、女に頭突かれた程度でふらついてんじゃねぇぞ!」
「貴様……」
兜を脱ぎ捨て握り直した剣が振るわれ、それを互いに叩きつけ合う事十数度。
双方足を止めての乱打戦へと移っていたが、武器のグレードの差が出始めていた。
端的に言うと、数打ちにヒビが入り始めていた。
(これはもう保たないか……)
徐々にタイムリミットが迫りつつ有ることを悟り、エレウノーラは狙いを定めた。
振り下ろされた魔剣を、魔力で強化した一撃でもって弾き飛ばす。
限界の訪れた数打ちが壊れて破片が散乱し、エレウノーラは手放した。
(馬鹿め、トットノックの力を知らぬか!)
片手を上げたゴドフロワに呼応してトットノックはビクリと動き宙を飛ぶ、しかしそれよりも早くエレウノーラが動いた。
右手をピースの形にし、ゴドフロワの懐に飛び込んだ彼女はそのまま右手をゴドフロワの両目に向けて突き立てた。
トットノックの飛来に気を取られてしまっていたゴドフロワは気付いた時には己の目へと迫る指が当たる寸前のところであった。
グチャリ、と柔らかいものが潰れる感触が二本の指を通して伝わりエレウノーラはそのまま指を曲げて引き抜いた。
「ガアアア!!!」
目を失ったゴドフロワは絶叫を上げると顔面を抑え、トットノックは着地地点である彼の両手には届かず虚しく地面へと突き立てられる。
暴れるゴドフロワを抑えたエレウノーラは男の頭を股に挟み、腹を掴むとゴドフロワが逆立ちしているかのように持ち上げた。
「垂直落下式……」
そしてその体制のままジャンプをすると、重力に導かれるままゴドフロワの頭から地面へと突き刺した。
「パイルドライバー!」
彼の体重と身につけた鎧の重量は合算すると百キロは超えているだろう、それが頚椎へと掛かり無敵と謳われた騎士、ゴドフロワ・ド・ニュルブーゴは呆気なく戦死した。
エレウノーラはゴドフロワの死体を突き放し、指に刺さったままの眼球を抜き捨てると地面に刺さった魔剣トットノックを手にした。
ブルリと身震いした魔剣であったが、力を込めて握られると大人しくなる。
「なんだっけー!お前らの中で一番つえぇ奴死んじまったぞー!名前とか知らねぇから誉れにもならんわー!」
「このクソアマがぁ!」
ロビン卿から放たれた弓矢は付与された魔法の力によって何時でも追い風を得る特性を持ち、このときも違うこと無く速度を上げてエレウノーラの胸を狙った。
エレウノーラは、その矢を掴むと勢いを殺すこと無く一回転し投げ返した。
(バケモンが!)
ロビン卿は地面へと伏せてなんとか避けることが出来たが、運の悪い兵士が居た。
帝国軍にとっての不幸は、よりによってその兵士が旗手であったことである。
「コ゜ッ」
喉へと突き刺さった矢が奇妙な空気が抜ける間抜けな音を立てて旗手は喉の矢を両手で抑えながら倒れ、帝国軍旗もまた土に塗れた。
帝国首脳陣に痛い沈黙が走る、最強の騎士が死んだだけに及ばず本格的な戦闘が始まる前に軍旗は汚された。
彼らのキャリアは死んだと同義であった。
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