第2章 神聖マーロ帝国建国編
第75話 TS女旅人、縁が続く
長閑な田舎道をポコポコと軽快な蹄鉄の音がなる中、馬車の中ではシルヴィア……、本名を捨てた今はヨハンナを名乗る少女が食料品の整理をしていた。
足の早い新鮮野菜を手前に、保存食の干し肉や殻のついたままの麦を奥に配置し直している。
水の入った小樽は重いので動かせなかったが、なんとか周りに雑貨を置いて座るスペースを確保していた。
「それで、今どこへ行ってるんですか?」
「アーリスオトにもうすぐ入る、スアプル超えはもう2度としたくない」
少し悩んだのはルートに関してだ、山裾を舐めるように添って移動するアーリスオト経由と広いアンパニノ平原を突っ切るリンハーガ経由。
選んだのは安全性がまだあるとアーリスオトルートに決めた、リンハーガを支配する騎馬民族マクン人に補足されれば自分だけならまだしもヨハンナの身が危ない。
「十字国家だから大分安全のはずだ、一応補給に立ち寄った場所では顔を隠しとけ」
エレウノーラの言葉にヨハンナは頷く、最終的に異教徒らしか居ない土地へ行くのは分かっているがそれでも極力安全策を講じたかった。
そんな2人を乗せた馬車が進むと別れ道の坂道側に岩に座る少年とその少年を介抱している男ともう1人少年がおり、馬車に気づいた男が手を上げた。
「あいや、待たれい!少し手助けを───よもや、トーナメントで優勝した女学生か?」
「アンタは確か……、フランソワ卿か?」
「いかにも!フランソワ・ド・ランラモンシー、まさかまさかだ。噂ではロリアンギタを滅ぼした悪魔と流れていたが」
「アンタにとっちゃ仇ってか?」
いつでも攻撃に移れるように構えると、フランソワは首を横に振った。
「貧乏男爵4男がそんな滅私奉公するものか!遍歴騎士としてあちこち槍働きを求めているところさ、従者が足を痛めるまではね」
ちらりと見た先の少年はまだ10にもなってるかどうか、くじいた足を抑えつけている。
「2人は郎党で従者のルベーロ兄弟だ、兄がウードで弟がロバート」
「ウード・ド・ルベーロでございます」
兄の方のルベーロは歳の頃は15かその辺りだろう、ぽやっとした顔立ちであり優しげに見えた。
「ロバートです」
その弟、ロバート・ド・ルベーロは10程の年頃にも関わらず体つきはがっしりしており鍛えているのが分かる。
「時に、薬草なりは持っているかね?」
「生きてるので良ければ」
ちらりとエレウノーラがヨハンナを見ると、荷台から降りてロバートへと歩み寄っていた。
ヨハンナは右手をかざすと白い光が漏れ出て、瞬く間にロバートの足の痛みは引いていった。
「これで大丈夫でしょう」
「修道女……では無いな、治癒の奇跡は司祭からのはずだ。理由あり、か」
「あまり突っ込んで聞かんでくれ、最悪殺さにゃならん」
平坦なエレウノーラの口調に本気を感じだったフランソワは閉口し、ブーツの泥を落とした。
「ともあれ、従者を癒やしてもらいながら礼もなしとはいかんな。次の街まで護衛と御者を代わろう」
「良いのか?」
「恥知らずにさせないでくれ」
フランソワは快活に笑うと御者台へと足をかける、ルベーロ兄弟は頭を下げてから荷台に乗り込んだ。
エレウノーラも御者台から荷台へと身を移し、ぐっと背伸びをした。
「体がバキバキ音鳴らしやがる」
「お水どうぞ」
ヨハンナが渡した革袋を受け取るとそのまま口をつけて一口飲むと、ウードへと手渡す。
「飲んどけ、次の街まで遠いぞ」
「ありがとうございます、ロバート飲むんだ」
おずおずと弟は兄から受け取り、水を飲んだ。
兄は弟の頭を撫でると外を覗き込んだ。
「フランソワ様との旅で何度か賊と出会いました、ロリアンギタ軍の正式装備を纏った相手です」
「やはり皇太子軍は賊に落ちていたか」
エレウノーラにより討ち取られたルイ皇太子の死により、皇帝の怒りを恐れた彼らは下級指揮官である徒歩騎士の統制の下脱出し、国元には帰れずさりとて生きていく生業も無し。
最早士族だ平民だの言っている暇はなかった、彼らは手っ取り早い起業を決めたのだ。
簡単な資格である暴力と、商売道具の武具は既に手元に有るのだから何を戸惑う事があろうか?
「平民主体の賊ならどうとでもなるのですが、騎士と従者のみの賊が一番手強いですね」
「君等のような?」
「おいおい、勘弁してくれよ。我々はただの遍歴騎士だ」
「すまんね、あまり心許してないとだけ認識してくれ」
肩を竦めたフランソワはそのまま馬車を動かした。
ルベーロ兄弟の方は、賊と思われている事に腹立たしさを覚えたようだ。
「村が見えたぞ」
暫く揺れている馬車の中で空を見上げていると、不意にそう呼び掛けられる。
どこにでも有る農村が旅立った故郷を思い出させる佇まいで、エレウノーラの心をノスタルジックな気分へとさせた。
「移動距離を考えると一泊した方が良いだろう、と思うが」
「急ぐ旅でなし、そうしようか」
フランソワの提案にエレウノーラが同意するとそのまま村へと進路を取る。
主導的立場の2人が決めたならば残る3人の意思は必要無い、というのが良くも悪くも封建的な社会での決め方だ。
ルベーロ兄弟は主人であるフランソワの判断に従うように教育されており、ヨハンナは自己判断で行動する習慣が半平民として生きてきた中で培われていない。
逆にフランソワは部屋住みだったとは言え最終的に独立する為に幼少期から色々と学んでおり、人を動かすというのもその内の1つだった。
エレウノーラに至っては、積極的に前に立ち叫ばねば奪われる立場だったのが果断な決断が出来る土壌となっていた。
「すまぬが、今夜はこの村で野営したい。村長は何処か?」
フランソワの問いに農作業をしていた農夫は尊大な、そして身なりからして騎士と分かる相手に謙って答えた。
「へぇ、村長と乙名衆はあすこの寄合所でさ」
さして大きくもない木造の家、というよりは小屋か。
平時は共用の物資の置き場になっているのだろう、会議と言う名のたまり場でもある。
「これで呼んできてくれ」
エレウノーラは財布から銅貨を5枚取り出すと農夫に握らせる、手間賃というのは円滑なコミュニケーションの手段の1つだ。
そうそう馬鹿に出来ない副収入を得た農夫は嬉しそうに引き受け、村長とその取り巻きたる乙名衆が3人やって来た。
「この村へようこそいらっしゃいました、騎士様」
口調は歓迎しているが、余所者への警戒感が感じ取られるそんな声で村長は頭を下げると取り巻き達も同様に頭を下げた。
「今夜一晩この村で過ごしたい、礼金も出そう」
エレウノーラはそう言うと銀貨2枚をチラつかせる、フランソワも銀貨を3枚取り出した。
1人当たり銀貨1枚はまあ、妥当な代金だろうし村長も金を出すならばと受け入れた。
「最近になってここで暮らし始めた者の所が空いておりますで、そちらへどうぞ」
視線の先にあるのは、少し小高い丘に建てられた屋敷。
遠目だが井戸やらなんやらは隣接されており、やけに豪華だ。
「ええ、逃げ出した代官の屋敷で……。馬に乗った騎士の身形をした若い男と少女がやって来ましてね、金は払うからとあすこに住みだしまして」
別に説明は求めていないのだが勝手に語り出した村長の話では、なんぞ高貴そうな少女を連れた騎士が住んでいるとの事。
まあ、5人が農村キャンプするより圧倒的に泊まらせて貰った方が良かろうと丘を登る。
立派な門構えをしており、有事の際には扉を閉じて籠城する作りとなっているのだろう。
使われなかったのでなんの意味も無いのだが。
「御免下さい、主はいらっしゃるか。一晩夜風を凌がせて貰いたい」
暫く待つと扉が開いた、顔を覗かせたのは精魂な顔立ちでエレウノーラには見覚えの有る顔。
「すまんが他を当たってくれ」
「よう、元気か?」
ロリアンギタ帝国十二宝剣、ジョルジュ・ド・ロンクリンは顔を引き攣らせた。
「落ち武者狩りか!?」
「ちげーよ!んな事やってられるか!取り敢えず入れろ!」
無理矢理腕を突っ込み、体を捩じ込むと抑えつけるジョルジュを吹っ飛ばしてエレウノーラは庭へと立ち入り、それに続いて同行者らもゾロゾロと入ってくる。
「許可を出しとらんだろうがぁ!」
「金払ってんだよこっちは!」
がっぷりと掴み合いになる両名を尻目に、フランソワは井戸から釣瓶を使って水を汲むと革袋へとせっせと補給し入れ終わると手で瓶から掬って飲み始めた。
「美味い」
ルベーロ兄弟もまた、主人に倣って水を飲み始める。
「まともなのはもしかして私だけ?」
ぽつりと呟いたヨハンナの後ろで屋敷の玄関ドアが開き、中からは美しい少女が様子を覗っていた。
「ジョルジュ……、どちら様?」
「エロディ様屋敷の中でお待ちを!すぐに帰させますので!」
「エロディ?まさか、第2皇女殿下か?」
フランソワの問い掛けに、少女は顔を暗くさせた。
「もはや亡国の姫等なんの価値も有りません、兄上らも私は邪魔でしか無いでしょう」
気丈に振る舞おうとしているが、祖国を失った悲しみが見て取れる表情であった。
「今夜一晩の宿くらい良いでは無いですか、ジョルジュ」
「エロディ様が、そう仰るならば……」
エレウノーラの圧力に耐えながらも絞り出したジョルジュのその声は、疲弊に満ちていた。
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