第74話 TS女騎士、旅立つ

「それで、どうするの?」


「聖教国家には居られないので、北方に出るしかありますまい」


 カミタフィーラ領へと集まったのは、エレウノーラとシルヴィア以外に学生ではヴィットーリア、イターリアとテオドージオ、グスターヴォとクラリッサ、そしてロベルタとヨアシュのカップル。

 大人は、ヴィディルヴァ男爵、ポニエット男爵、カスーナト公子チェーザレ、エレウノーラの祖父アダルベルト。

 この面子で話し合う内容は今後の身の振り方についてである。


「先に聞いておきたいんだが、第3王子殿下は?」


「無事に王都に戻られたよ、聖都への巡礼も取り止めになった」


「君達2人の安否はまだ不明という事になっている」


 男爵2人の説明にエレウノーラは顎を撫でた、黒幕が誰かは知らないが面倒事を避けるならばこのまま死んだ事にすればそれで良い。

 問題は国内含めて聖十字教を国教とする国々では何処に目と耳が有るか分からない事だ、北方……教化されていないマゲルン諸国に向かいほとぼりが冷めるのを待つべきか。


「しかし、北方は野蛮人ばかりだ。リベルンの森やコチェ・アスバロキの山々には人種ひとしゅとは違う連中が蠢動しているのだぞ」


 チェーザレが眉を顰めながらも語る人外魔境の厳しさ、背が高く耳が尖り森の木々に隠れて矢を射掛けたり、子供の背丈程しか無いにも関わらず膂力は人よりも強く軽々しく斧や鎚を振るう化外の民。


「何処で暮らそうが命の危険なんざ一緒ですよ、命を狙われてるって意味ではね」


「それはそうかもしれんが……」


「エレウノーラ様」


 チェーザレがどう説得したものかと悩む隙に、アダルベルトが言葉を発した。


「いずれお戻りになられるのですか?」


「爺様、すまん。俺が旅立ったら葬儀を上げてくれ」


 ほぼ捨てられたシルヴィアならいざ知らず、エレウノーラが死んだと思わせるなら葬儀を上げて偽装工作が必要になる。

 しかし、それをすると正式にこの領地から立ち去らねばならない、少なくとも今回の事件を目論んだ人物の始末をつけるまでは。


「そのような……、エレウノーラ様が居ればこそこの村はやっていけたのですぞ」


「正式にアメリーゴに家督が渡るだけだ、戦力はスーノ兵が居る」


 エレウノーラは顔を伏せながらそう告げるが、本人自身が納得していないのは声音こわねで分かる。

 まだ6歳の弟アメリーゴを残して行きたくなどは無い、予定では10年ここで暮らすはずだった。

 少なくとも、嫁の当てと兵力は残したいのが偽らざる本音でありその1つがエイリークらスーノ人である。


「土地を持った以上、あいつらもここが他の領から攻撃を受ければ戦う。認められている今の領主と、認めるかも定かではない領主なら前者を選ぶ」


 領主としての判断、それをアダルベルトは噛み締めて悔やんだ。

 そうしなければならなかったとはいえ、孫娘に背負わせすぎた。

 なまじ戦いにせよ村経営にせよ、やれてしまったのがこの子の不幸だ。

 そして、それに頼り切ってしまった自分の罪だ。

 それを理解してなお、アダルベルトは言葉を発した。


「儂は、家族にそんな遠くへ行って欲しくない……。エレウノーラ、無理か?」


「……じいちゃん、ごめんな」


 ほんの一瞬だけ、主君と家臣から祖父と孫となった2人は見つめ合い、祖父が折れた。


「承知しました、葬儀は恙無つつがなく」


「頼んだ」


 これが2人の今生こんじょうの別れの言葉となった、涙も無い別れをしたのは人の目が有るからだ。

 面子を立てねばならない、そんな吹けば飛ぶとはいえ貴族の生き方をエレウノーラは忸怩じくじたる思いで飲み込んだ。


「明日の朝、旅立つ。路銀の用意を」


「騎士爵代理、せめて当家から出させてくれ」


 チェーザレの言葉に男爵達も頷いた。


「然り、友の旅立ちだ。少しは役に立ちたい」


「戦友ならば当然だ」


 ヨアシュも立ち上がると頭を下げた。


「以前にご迷惑をお掛けしました、旅に出るならば馬車を用意します。私が乗ってきた物をお使い下さい」


「流石にそれは」


「いえ、食料や路銀を裸馬に括り付けるだけだと不便ですし限界があります。お使いを」


 少し考え、2人旅の道筋を思い浮かべるとエレウノーラは頭を下げた。


「有り難く使わせてもらう」




 その日の晩に出立の準備をしているエレウノーラとシルヴィアは訪問者を受けた、大公令嬢ヴィットーリアだ。


「私に何か話があると?」


「彼女が、です」


 エレウノーラはシルヴィアの背を叩くと、彼女は迷った末に言葉を紡いだ。


「破滅エンドは避けられましたか」


 途端に雷が落ちたようにヴィットーリアは仰け反り、ドアへともたれ掛かった。


「まさか」


「私では無く、私の中に居た子がニホンのジョシコーセーなる学生でした」


 ヒュッと息を吸い、ヴィットーリアはエレウノーラを見る。


「俺は日本で暮らしてた時は男だったんで、その乙女ゲームってのは良くわからんのですがね」


 ヘナヘナとずり落ちたヴィットーリアはその目から涙を零す。


「わ、たしはそんな、転生したのは私だけだと思ってたの!ハメるつもりは無かった!」


「分かってる分かってる、普通そうだって」


「私は知識としてあるだけで転生してきた訳では無いですが……」


 落ち着いたヴィットーリアに2人は今後の展開を聞いた、本職が居るなら聞いた方が早い。


「正直、読めません。本来ならシルヴィアと攻略対象のヒーローの誰かとの真実の愛によって、シルヴィアの母方の血筋の守護者の力が目覚めるはず」


「守護者?」


「古代文明で特に魔力も身体能力も高かった一族、危険な野生動物や異人種から人種を守ってきた守護を生業としてきた人々です。……もっとも、安定して国家運営がされ始めた初代マーロ共和国から帝政に移る際に全て粛清された……設定でした」


「その生き残りの血が聖女さんに入っていると」


「死者蘇生も守護者は成していたそうですから、それが出来ないくらいに速攻かつ守護の一族が信頼していた人物らに不意打ちさせて根絶やしたそうですが」


「情に絆されて出来なかった奴が居た、と」


「それで読めないと言うのは」


「……本来は貴女が王太子の妻になって国を支えるのが正史、でももうそれは無いしロリアンギタは滅びて分割相続された兄弟同士の内戦に突入した。結果だけは【アシリチは滅びず、王朝も続く】と合っているけど」


「いわゆる、歴史の修正力か?」


 これまでの出来事や、ヴィットーリアが昔購入したファン向けの設定資料集の情報を聞き出しエレウノーラはそう結論づける。

 細々とした流れは違えど、最終的にエンディングは一緒であると。


「1のストーリーだけなのか、2以降もそうなのかは分からないけれど。それでも、原作ブレイクしてると思うわ」


 ヴィットーリアの言葉に、シルヴィアが反応する。


「続編はどのような話なのですか?」


「10数年後に起きるのは貴女達が行こうとしてる北部の地の統一と十字軍との戦いよ」


 戦乱の世は西ナーロッパだけの話では無く、東ナーロッパも同様である。

 こちらは突出した国家が無い分、更に混沌としているが。


「行くのなら、人間とは違う種族が多い土地だから気を付けて。スペックは人間より上よ」


「有り難う、こんな状況でも無ければもっと日本の事を話したかったが……」


 エレウノーラが珍しく落ち込むと、ヴィットーリアは明るい声を無理矢理にでも出した。


「大丈夫よ!チートキャラ染みた御兄様がこっちの事をなんとかしてくれるわ!それから帰ってくれば良いのよ!」


「……そうだな、頼りにさせてもらうよ」


 3人は原作ゲームでこれから起こることを注意として話し合いながら、それを羊皮紙に書き留める作業を夜更かしにならない程度に続けた。

 もっと早くに知れたら、違う事が出来たかもしれないのにと誰かがポツリと呟くとそれは満天の星空へと消えた。





「達者でな、皆の衆」


 集まった領民や友人達にエレウノーラは告げると、少し浮かんだ涙を目尻から拭い去る。

 そんな彼女へ思い思いの言葉が告げられた。


「お嬢!俺等も連れて行ってくだせぇ!」


「お嬢様!私も一緒に行きます!」


 ジョン、ロベルタ兄妹の同行を願い出る言葉にエレウノーラはきっぱりと断った。


「駄目だ、ジョンは猟師として跡継ぎでロベルタは男爵家に養女に入って婚約してるだろうが。連れていけん、各々の家を大切にしろ」


 涙を流す兄妹に、いずれまた会おうと告げる。


「あんたの下で戦えたのは一族の誇りだ!スーノの祖先に賭けてこの地を守ると誓う!」


 オウオウ、と声を上げて足踏みをするのはエイリーク率いるハスカール達。

 そんなスーノ人へエレウノーラも勝鬨を返した。


「貴様らと共にパリスエスを蹂躙したのは俺の軍歴でも輝いているぞ!死後はまた俺が率いてやろう!」


 また大きな歓声が上がった、良き指揮官良き兵士は時に実の家族以上に信頼を寄せ合う。


「騎士爵代理、鎧と盾はこちらで運んでおいた」


「それから、路銀代わりにこれを。本当は手前の絵でもと思いましたが嵩張りますからなあ」


 ヴィディルヴァ男爵は馬車の荷台に王家からの鎧と男爵家の盾を積み込み、ポニエット男爵は革袋に一杯の宝石を渡して来た。


「ご両名、途中で抜ける事をお許し願う」


「生きていればまたまみえる事もある、気にするな」


「そうですぞ、手前はまだ大戦争の絵を描いておらんのですからなあ」


 クスクスと男爵達は笑い合うと朗らかに見送る、どちらもマゲルンでエレウノーラが死ぬような目に合うとは考えていないらしい。


「エレウノーラ、お前との出会いは悪かったが今ではかけがえのない友と思っている」


「度々無礼な態度を取ってしまいました、私も嫉妬深い性格は直していきます。また会った時は素直になれるようにと」


 グスターヴォとクラリッサはそう言うと腕を絡ませあった。


「俺も楽しく学生やれたのは2人のおかげだ、クラリッサ嬢を大切にな」


 右の拳を突き出したエレウノーラに、グスターヴォもまた拳を突き合わせて答える。


「カミタフィーラ卿、貴女は私を助けてくれたのに私が貴女を助けられないのが心苦しい」


「……あまり関わりがなかったが、それでもこんな仕打ちをされるべきでは無いと思う」


 イターリアとテオドージオはそう言うと、ショートソードとイヤリングを渡す。


「剣は私の御下がりですみませんが……」


「イヤリングは魔法が掛かっている、危険が迫れば熱を持って教えてくれる」


「済まない、有り難く使うよ」


 進み出たヨアシュはエレウノーラの前で大きく頭を下げた。


「ロベルタは必ず幸せにします、結婚式に来て欲しかったんですが」


「ああ、間に合わなければ詫びに祝いの品を屋敷に溢れる程持っていくさ」


 ヴィットーリアとチェーザレが手を振った。


「また会いましょう!」


「元帥!この国でまた兵を取り纏めて貰う!こちらの事は任せておけ!始末はつけておく!」


 エレウノーラもまた手を振り返した。


「お頼みしました、家には早く帰りたい性質でね!」


 さあ、もう分かれの言葉は無いかと馬車に繋がれたリンカーへ行こうとした時、軽い衝撃が走った。

 足にはアメリーゴがしがみつき、背中からは母が抱きついていた。


「元気で暮らすんだよ、どうしようもなく辛くなったらなんだって良いから帰ってきな……」


「ねえさまいっちゃやだ!」


 血の繋がった最後の家族の言葉に、エレウノーラは拳を握りしめた後2人を抱き締めた。


「必ず戻る、約束だ。俺は約束を破った事なんか無いって知ってるだろう……ッ」


 2人の頬にくちづけをすると、アメリーゴを高く持ち上げた。


「この土地は今日からお前の物だ、だがそれは良い事ばかりでは無い。大変な事ばかりで辛く投げ出したい時も有るだろう、俺はもう代わってやれない。強くなれアメリーゴ、我が弟よ」


 そして母の腕の中に押し付けると、シルヴィアが乗る馬車を御者として乗り込んだ。


「俺の家族と仲間をクソみたいな理由で引き裂いた奴には必ず礼をする」


 ぴしり、と手綱を振るうとリンカーは歩き出す。

 朝日が照らすその道は、彼女達を何処へ誘うのか。


「私、名前を考えたんです。シルヴィアはもう使えないから」


「新しい名前は?」


 エレウノーラの言葉に、朝日を見ながらシルヴィアは告げた。


「ヨハンナ」


 後に、初の女帝と初の女教皇となる少女達の旅が始まった。

 目指すは北東、マゲルン諸国。






 乙女ゲームを1mmも知らない男がTS転生した結果www第1部【タイリア半島編】完


 第2部【神聖マーロ帝国建国編】に続く

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