第73話 悪霊、霧散する
───バッドエンド起きてんじゃん
シルヴィアの視界を通して一連の流れを見ていた、日本からの転生者……と言っても肉体は無くシルヴィアの精神に寄生する形で有ったが。
───死んだ?なら私が体貰っても良くない?
そして憧れの乙女ゲームでイケメンに傅かれて暮らす、かつて日本で画面越しに見ていたように。
───マジ使えねえ、死んでようやく役に立つとかさあ
ここで、彼女の失態は何かを応えよう。
知識を過信し過ぎた、このイベントが起これば確実に死ぬ等と盲信したのだ。
イレギュラーを想定に入れていない、蝶の羽ばたきが地球の裏の大陸で嵐を引き起こすようにあまりにも周囲に考えが及んでいなかった。
エレウノーラの肉体にしがみついていたシルヴィアは意識を失えど命は失って居なかった。
だが、これまでの受けてきた寄生精神体からの頭痛やストレスで彼女の心は日に日に摩耗し死にかけている。
肉体が一、精神が一、合わせてニが健康な人間とするとシルヴィアは一・五といったところか。
そこへ、精神が零・五の存在が居たならば。
修復という形で取り組まれるのはどちらだ?
───え、何?何か嫌な……
丁度良い素材をシルヴィアの魂は取り込み始める、なんとか意識の覚醒へと間に合わせるには急速な同化が必要だ。
───え、なんで私溶けてふざけるなよ!お前が私に寄越せよ!
素材も抵抗するが、肉体というベースがある以上はシルヴィアが優先される。
宙ぶらりんよりも地に足を付けて殴った方が威力が出る、当たり前の事だ。
───待って!待って!いや!いや!死にたくない!死にたくない!アアアアアア!!
ドロドロと自我が蕩けていく行く感覚、日本で生きていた時の名前も顔も家族すらも消えていく。
生存本能、と呼べば良いのか或いは現実逃避か。
これは夢の出来事で目が覚めると何度も短い時間で念じ続けるが、ゲームを土台にした現実世界。
それが実ることは無かった。
───わたし、しあ、わせに、なりたかっ、ただけ、なのに
ぽちゃん、と小石が波紋を立てた所で水面はすぐに元に戻る。
日本で女子高生だった彼女は、シルヴィアの一側面として統合された。
「───いき、て、る」
目が覚めたシルヴィアは周囲を見渡すと、木陰に寝かされており頭には布が当てられていた。
意識が覚醒し、現状を認識した所で頭が締め付けられるような痛みに襲われた。
いつもの悪霊からの【お仕置き】ではない。
知らない記憶、存在しないはずの記憶が脳内に溢れかえっていく。
日本、学校、ゲーム、戦争イベント、続編……。
知らないのに理解してしまうと言う根源的な、或いは宇宙的な恐怖がシルヴィアに走り何も入っていない胃袋から胃液が逆流し喉を焼く。
「うぇあは……」
吐瀉音により、シルヴィアが目覚めたと知ったエレウノーラは駆け寄り声を掛ける。
「無事か、聖女さん」
「なに、が」
「崖から落ちたんだ、幸いお互い生きてはいるようだが」
あの坊主は運がなかった、その言葉につられて先程までエレウノーラが居た所を見ると体がひしゃげているエミリオの遺体があった。
「ぶつかった先が窓でなくて俺だったらなんとかなったろうにな」
まだ頭も体も痛かった、それでも自分がやれるならやるという義務感だけでシルヴィアは立ち上がった。
掌をエレウノーラに向けると、淡い光が放たれエレウノーラの擦り傷等が急速に癒されていく。
続いてはエミリオの蘇生だ、同じようにエミリオの遺体に掌を向けて治癒していく。
体の骨が正常な位置に戻り、一目見ただけでは眠っているようだ。
だが、何時まで待ってもエミリオが目を覚ますことは無くその心臓に鼓動は無かった。
「なん、で……私は、蘇生させる事が出来るのに!」
普段の……、いや純粋なシルヴィアであればエミリオを蘇生させることが出来たであろう。
だが、魂の修復を行った際に【混ぜ物】が含まれた。
そうしなければいけなかったとはいえ、不純物が入り混じりシルヴィアの神聖さは失われた。
ここに居るのは、現代日本の知識を有する異世界人シルヴィアとなってしまった。
その異世界の知識ですら、理解していない彼女には出力する事が出来ない。
まぁ、この中世程度の文明と学問でいきなり原子配列がどうと言った所で意味など無いのだが。
とにかく、シルヴィアの聖女としての力は大きく失われてしまい表現するなら上の下程の治癒の使い手と落ちた。
となれば勿論、聖女の証たる死者蘇生等できる訳もなくそう言う意味合いでは聖女シルヴィアは死んだと言っても良かった。
「ねえ!?なんで!?なんでなの!?お願いだから!」
「……出来ないならそっとしておいてやれ、ちゃんと見れるようにしただけ十分じゃないか」
「わた、私でも!人を生き返らせれたの!」
「そもそもの話をしよう、人は、死んだらそれまでだ」
ごく自然な当たり前の話、死ねばそれまで生命とは一つしか無い。
蘇りなど何かしらの代償を払うか、或いは途中まで上手くいくが最後には失敗するかが神話から続くお約束である。
「この坊主、エミリオの運命は今日だったんだ。それを歪めてしまったらいけないよ」
「なら、私が生き返らせたあの男の子は?」
「さあて……、俺は天の父じゃないんだ。その子がどうなったなんて分からないさ、もしかしたら蘇る力を無くした影響で二度目の死を迎えたか、今も元気に生きているか」
腕を擦りながらエレウノーラは手頃な岩へと腰掛けた、視線だけは周囲を油断なく見ているが。
「私は……、もう御役御免って事?」
普段よりも蓮葉に感じるのは、もう一つの魂の影響か?いつもと違う投げ遣りな口調だがエレウノーラは気にも止めずに首を傾げた。
「それを決めるのはアンタの人生だ」
「……なら、少し話を聞いてくれる?信じられないと思うけれど」
そう前置きし、シルヴィアはこれまで己に起きた事を話していく。
脳内に宿った悪霊、そいつから得た記憶と知識。
何より、この世界が別の世界の人間が作った物であり自分達はそのその登場人物に過ぎないという発狂してしまいそうな事実(とシルヴィア視点ではあるが)。
「だからなんだ、実際にそうと確定した訳でも無いのに……。それより、似た境遇だったか」
「……似た境遇?」
「俺も、日本で生きて死んだ人間だよ。それが早くに分かっていればもっと別のアプローチもあったろうにな」
エレウノーラの独白にシルヴィアも驚いた、つまり異世界日本は存在する。
自分の記憶が何もかも作り物では無かったことに少しの安堵と、不可思議な懐かしさを感じ取る。
「それで、貴女は」
「リンカー!」
突然声を上げたエレウノーラは、駆け寄ってくる馬へと手を上げた。
甘えながらエレウノーラの髪にもしゃもしゃと頭を突っ込んでいる。
「その子は……」
「一応、俺の馬だな。一度領地に戻ろう、今後どうするかはそこで決める」
「え、聖都へは?」
「誰がやったか知らんが、準敵地に裸で行く気はない。死にたいなら一人で行け」
どうする?と、エレウノーラが尋ねるとシルヴィアは首を振った。
「ついていきます」
「なら、乗りな」
エレウノーラはシルヴィアの脇に手を入れるとふわりと持ち上げ、リンカーの背に乗せた。
「帰ったらほうぼうに手紙出さんとな……」
ゆっくりとリンカーは歩を進め、アシリチ王国領へと向かう。
「なんとかなるか、と言うよりなんとかさせる」
その言葉は適当に聞こえたが、何故か頼り甲斐も感じさせる物でシルヴィアは捕まっているエレウノーラの服を強く握り締めた。
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