第72話 TS女騎士、落ちる

「おおー、久しぶりだなぁ。俺の事を覚えてるか?」


 ふひひん、と鼻先を寄せて大会で優勝した際に贈られた軍馬・リンカーが甘える。

 学園で騎乗用の練習馬として使われていたからかよく人に慣れている。


「騎士爵代理、よろしくお願いします」


 第三王子ホルテスが馬上にて声を掛け、エレウノーラもそれに答えた。


「勿論です殿下」


「それと、あちらも」


 ホルテスが見つめる先には馬車が停止しており、そこへシルヴィアとエミリオが乗り込むところだった。


「マーロで一生飼い殺しですかね」


「分かりません、ですが……神は驚愕しておられます」


 電波受信してるのはその跳ねた毛か?とエレウノーラは一度ちらりとホルテスの頭頂部に視線を向けるがすぐにリンカーへと向き直した。


「暫くお前に乗せてもらうよ、頼むぞ」


 鐙に左足を掛けると一気にリンカーの背に乗り込む。

 体格の良い人馬はそれだけで歩きの兵に威圧感を与える程であった。


「殿下を中心に陣を組め、俺が先頭を行く」


 エレウノーラがそう言うと先陣を切り、続いて教会の馬車と護衛兵十名、そしてホルテスの馬と最後に騎乗した近衛騎士が移動を始めた。

 ここから四日間、馬上の人として旅をする予定であり最終的にマーロ教皇領にて謝罪したらエレウノーラのみが弾丸特急で帰国する手筈となっている。

 鞍に跨りゆったりと流れる景色は美しく、少し前にここで殺し合いがあったとは信じられない程であった。


「ここで戦いがあったんだよな」


「俺も参加したかったぜ、そしたらパリスエスで略奪にも行けたのによ」


 兵卒等のボヤきが峠にこだまする中、エレウノーラは欠伸を噛み締めた。


「略奪は命を賭けて戦った兵士の勇敢さに対する褒賞だ。まず、自分が国の為に戦えるかを問え」


 それだけ言い捨てるとまた風景を眺める、リンカーはカポカポと蹄鉄を鳴らしながらゆったりと歩む。

 何も楽しみ等無い旅、しかも行き先は半ば敵地。

 どうしても心は沈み、ドンヨリとした雲が広まるようであった。


「聖女殿は?」


 エレウノーラの問に、騎士は答える。


「あちらに、しかし我々が関わっても良いのでしょうか」


 本人にどんな思惑があったか知らないが、やった事は継承を目茶苦茶にしたのである。

 殺されて無いだけ有り難いと思って欲しい、と言外に含まれていた。


「さあな、とは言え貴族のお嬢さんだ。血が半分とは言えな、それなりに扱わねば」


 エレウノーラはそう言うと、長時間の騎乗で凝った腰を鳴らしながら教会勢へと歩いていく。

 すぐに目付役のエミリオが睨んでくるが、エレウノーラからすれば子犬が唸っているようなものであった。


「シルヴィア嬢、疲れてはいないか」


「いえ……、大丈夫です」


 頭を押さえながらもシルヴィアは気丈に振る舞っていた。

 エミリオはそんな彼女を気遣うでも無く、水筒の水を揺らしていた。


「……カミタフィーラ卿、貴女には教皇領より聖女に近づけるなと沙汰が下っております」


「それに関しては謝罪に行くのだから、ここでもそう扱ってもらえると思うのだが?」


「口ばかり良く……、教皇領包囲それも聖教徒がするなんて」


「あの時も言ったが、王権神授に関して先に触れたのは教会だろう。それが認められたからあの破戒僧は解任されて死ぬ事になった」


「……サイモン様に関してはこちらは言う事は有りません」


 それだけ言うと、エミリオは俯いた。

 黙認、というポーズだろう。


「シルヴィア嬢、良くも悪くも……貴女がしでかしたことで王位継承がズレた。その事で苦労している下は沢山居る事だけ覚えておいて欲しい、これから先は聖界で心穏やかに暮らせる事を祈る」


「……心穏やかに?」


 自嘲と苦痛が入り混じった表情を浮かべたシルヴィアはエレウノーラの顔を初めてじっくりと見た。

 歳に見合わぬ強い瞳の光は、多くの将兵を魅了したカリスマのように感じる。


「私が心穏やかになれるのは……、落命してからよ……」


「ガキが、達観した気になって生き死に語るんじゃない」


「もう終わりよ……、私の中の声を聞けなくなるのが唯一の願いなんだもの」


 それだけ言うとシルヴィアは口を噤んだ、自分のこれから暗雲とした未来と絶え間なく襲い来る頭痛に耐えるために。





 それから旅を続ける事二日目、ペリコッタ峠の最終盤の道すがらエレウノーラはふと首筋にちりっと毛が逆立つ感覚を覚えた。

 戦前と比べると確実に己の感覚が研ぎ澄まされている事を感じるが、それを披露するような事とは即ち荒事でしか無い。

 ヒョォウ、と風切羽が音を鳴らし矢が飛来すると馬車へと数本が突き刺さる。

 それと同時に胸当てや脛当てといった軽装の賊が飛び出してきた。


「殿下をお守りしろ!」


 叫ぶ近衛騎士の声に応じて、徒士の兵士らがホルテスの周囲を囲み防御態勢を取る。


「構うな!女だけを殺せ!」


「馬車だ!馬車の中にいるぞ!」


(───狙いは殿下じゃない?)


 エレウノーラが訝しんだその時、狙いをつけた矢が放たれるが馬上で身を動かしてそれを避けた。


「パリスエスの恨みを受けてもらうぞ、悪魔め!」


「貴様さえ居なければ帝国は!」


「御礼参りかい!そっちのがまぁだ分かり易い!」


 鐙から爪先を抜き、脚を上げてリンカーから降りるとエレウノーラはトットノックを引き抜いた。


「どうやら狙いは俺らしい!殿下を連れて下がれ!」


 エレウノーラの叫びに呼応した騎士等はホルテスを馬から自分の小脇に抱えるように下ろすと、兵士を盾にしつつゆっくりと後退していく。

 それを確認すると、エレウノーラは自身に向かってくる賊へと剣を向けた。


「死ねい!」


 突き入れた槍に剣を添えるように弾くと、軌道がブレた槍はエレウノーラの顔面直ぐ側を抜けていく。

 左足に力を込めて一飛びするとトットノックを腹めがけて一文字に振るうと、切れ味鋭い刀身が鎧ごと引き裂き臓腑が零れ落ちた。


「怯むなぁ!殺れ!殺れ!」


「傭兵!射掛けて援護しろ!」


「馬鹿か!バケモンより確実に殺れる小娘優先だろうが!」


 死んだ賊の槍を手に持つと、エレウノーラは弓兵へと投げ放つ。

 凄まじい音と共に命中した射手は腹に突き刺さった槍を押さえながら崖から落ちた。

 一人、また一人と斬り伏せて行く中で限界と悟った傭兵が叫んだ。


「ずらかるぞ!これ以上は割に合わない!」


「せめて小娘を!」


 矢を放った射手は命中したかも確かめずに一目散に逃げる、結局この襲撃で生き延びたのは傭兵が僅かに四人。

 元ロリアンギタ兵の賊は全員エレウノーラに討ち取られた。

 だが、そんな事はどうでもいい事だ。

 死んだ人間はそれ以上何も出来ないのだから、問題は苦し紛れに放たれた矢の先には馬車を引いている馬と、御者が居た事だ。

 両方に突き刺さった矢は、御者の命を奪いそして馬を恐慌に駆り立てた。


「マズ!おい!飛び降りろ!」


 そんな叫びも虚しく、馬車は速度を上げていく。

 エレウノーラはリンカーに飛び乗るとその腹を蹴り上げて走らせる。


「なんで!俺だけ!こんな苦労すんのかなあ!?」


 重りをつけている馬車馬と身軽なリンカーとでは速度が違う、あっという間に追いついたエレウノーラは馬車へと飛び移り、御者台で垂れていた手綱を握る。

 思いっきり引いて馬を止めようとするのだが、痛みと興奮により全く言う事を聞いてくれない。

 視線の先には崖が見えてきた。


「リンカー!離れておけ!」


 エレウノーラの叫び声に反応してリンカーは速度を緩めて、最終的には立ち止まった。

 だが肝心の馬車は止まらない、これはどうにもならんと判断したエレウノーラは客室へと続く扉を開けた。


「止められん!まだ間に合ううちに飛び降りるぞ!」


「飛び!?」


 隅に震えながら見を小さくしていたシルヴィアとエミリオは顔を真っ青にさせる。

 こんなスピードを出している馬車から峠道に飛び降りればどうなるか……。


「グズグズするな!死ぬぞ!俺がクッションになるから痛みは」


 無い、と言おうとしたその時ふわりと浮遊感が三人を襲った。


「クッソが!」


 バタンと乱暴に扉を閉めると近くに居たシルヴィアを抱きかかえて片手と両足で対面同士になっている座席の間に座っている状態で体が動かないように突っ張ると反対で震えるエミリオを見て叫んだ。


「来い!捕まれ!」


 今にも死にそうな顔を震わせながら、エミリオはエレウノーラへと手を伸ばす。

 その瞬間、岩肌へと馬車がぶつかり衝撃で中身である彼らはシェイクされた。


「あ」


 体勢を整えたエレウノーラと、彼女に渾身の力を込めてしがみついていたシルヴィアは兎も角。

 エミリオは運が悪かった、手を伸ばして体を支えていたのは腕一本だった事、元より学徒として力が入っていなかった事、飛ばされた先には馬車の押戸の窓があった事。

 それらが重なり、エミリオの体は馬車の外へと放り出された。


「坊主!」


 エレウノーラは一瞬目を閉じると、体に力を入れて衝撃に備える。

 体が引き裂かれんばかりの衝撃を感じると、二人の意識は暗い闇の中へと沈んだ。

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