第71話 TS女騎士、理不尽に会う

「は?法廷?」


「ほら、死体捨てたから」


「いや、殺しに来た奴殺し返したなら正当防衛では?」


「そっちじゃ無くて、教会への嫌がらせや腐敗して病気が蔓延してた可能性もあるので業務妨害罪だと」


 何故中世な生活してるのに法律はしっかりしてんだよと叫びたくなる気持ちを抑えて、果たして神への奉仕は業務になるのか等と取り留めも無い事を逃避として考えてしまう。

 知らせに来てくれたチェーザレ公子が続けて口を開いた。


「サイモンの件は我々がはっきり証言する、ポニエット男爵の証言があれば確実に自力救済が認められるだろう。が、止めれば良かったな……教会前に捨てたのは事実なのでこれを争点となると厳しい」


「まぁ、ムカついたんで捨てましたは通じませんね」


「更に腐敗して疫病が、と言われると流石にすぐになるわけが無いが迷惑を掛けるので司法がどう判断するかだ」


「なんか金貰って過剰に重い罪とかなりません?」


 エレウノーラの質問にチェーザレは答えた。


「有るには有るが、バレたら裁判官資格の永久剥奪だ。そこまで危険を犯す奴は居ないだろう」


「1%でも可能性がある時点で怖いんですよ」


 所詮、弱小貴族モドキなので潰そうと思えば色々な手段が思いつくしそうならない為に大公家に胡麻を擂って来た訳なのだが罪の重い殺人では無く死体遺棄か業務妨害なら流石にそこまでは行くまいと己を鼓舞するエレウノーラであった。

 が、王家の次期頭領たるアルレッキーノ王子の信任や連なる大公家からの信用等エレウノーラの知らないうちに彼女は、というよりカミタフィーラ騎士爵家は宮廷政治に足を踏み入れていた。

 少なくとも、戦争が終わり市井や軍事系貴族らから支持の厚い女騎士等と保守派や財務系貴族らが嫌うワードが多すぎた。





「本法廷では嘘偽り無く答える事を神に誓うか」


「誓いまする」


「誓います」


 裁判では三名の法務官の他、裁判長を兼務する内務卿が厳かに業務を進めていた。

 そこに原告兼検事としてアシリチ王国大司教が、被告兼弁護士としてエレウノーラが出席している。


(割と法が制定されてんのになんで士業が居ねぇんだよ)


 自力救済と律法主義の過渡期かと思わずにはいられない歪な状況の中、裁判が始まった。


「被告、エレウノーラ・ディ・カミタフィーラ騎士爵は元大司教・故サイモン氏を殺害しその遺体を教会前に遺棄した、これに相違或いは異議はあるか」


「騎士爵ではなく騎士爵代理です閣下。そして答えは、いいえ、事実です」


「閣下!罪を認めている以上は厳罰を!」


 原告の大司教が興奮しながら叫ぶ中、続けて質問がなされた。


「何故そのような事をしたのか?」


「まず、何故殺したのか?これはサイモンなる元坊主が私の暗殺を友人であるポニエット男爵に依頼し、男爵が私に知らせたのが直接的な原因となります。身にかかる火の粉を払ったのみ、自力救済は当然の事」


「何を!」


「証人、前へ」


 事前に証言者として提出されていたポニエット男爵が入廷すると、右手を上げて神への嘘偽りない証言を誓った。


「カミタフィーラ騎士爵代理の言葉は真実でございます、彼女の暗殺を持ち掛けられました。彼女がした聖都包囲の折に責任を取らされ解任されたのが恨みとしてあったようです」


「何故、カミタフィーラ騎士爵代理に知らせた?」


「英雄には相応しい死が有るのです、馬鹿が馬鹿な真似をして殺されるべきではない」


 せせら笑うかのように教会側を見渡した男爵は、その証言をもって退廷を命じられた。


「成る程、理解はした。私は今回の殺人に関しては正当防衛として見ているが」


「異論なし」


「お、お待ちを!元とは言え聖職者が害され───」


「元とは言え聖職者が人を害そうとしたのだが?」


 法務官の正論に返答することが出来なかったので裁判はそのまま遺棄へと続く。


「何故、教会前に遺棄したのかを答えよ」


「身元引受人も知りませんし、元より外国人。こちらが丁寧に埋葬する義理もなく、であれば元組織たる教会にて引き取るべきと判断いたしました」


「既に教会の僧籍からは除籍してある、こちらで引き取れと言われても困る」


「除籍はしても破門はしていないのなら、殺人を目論んだとは言え聖十字教徒。教会が死後の眠りを保証するべきだ」


 エレウノーラとの舌戦を聞いていた裁判長がコクリと頷いた。


「被告の弁は尤も、なれど許可を得ずに行ったのは被告の非と認める」


 ハァ、とエレウノーラが溜息を吐き大司教がぐぬぬと睨む。


「被告、エレウノーラ・ディ・カミタフィーラ騎士爵代理にはマーロ教皇領へ赴き、正式に謝罪する事」


「ふぁっ!?」


 突然の謝罪判決に思わず変な声が出てしまい、傍聴人から失笑が漏れ出た。


「さ、裁判長!俺、いやさ私はこの間軍を率いて教皇領包囲してたんですよ!?そんな所にノコノコ出向いたら殺されるのでは!?」


「それに関しては私も懸念している、故に護衛を出す。アシリチ教区大司教は、異議は無いか?」


「……正式に謝罪頂けるならば」


「では、これにて閉廷。解散」




 ガツン、とゴミ箱が蹴り倒され中に入っていたゴミが散乱し床に広がった。


「落ち着きなさい、カミタフィーラ卿」


「……申し訳無い」


 控え室で鬱憤を晴らすエレウノーラをチェーザレが制すると、エレウノーラも一呼吸置いて座した。


「教皇領で正式な謝罪、か。どう考えても【この程度】で出向く場所じゃない」


「ある程度教会から事前誘導が入っていたと見るべきか」


 あまりにもあっさりと決まっていく裁判判決に疑いをかける一同は、これが罠のように感じていた。


「となると、道中だな。聖都で仕掛けるのはあまりにもあけすけだ」


「だが、ここに来て……しかも元聖職者による暗殺という醜態を晒しておいて教会はやるだろうか?」


 チェーザレの言葉にも理は有った、だからこそ悩ましい。

 完全に信用してなければ来るものとして待ち構えれるのだが、千年近い権威が曇らせる。


「飛び込まねば分かりますまい、ならば飛び込むだけの事」


 エレウノーラが何とも無いようにそう言うと、張り詰めていた思考の糸がプチンと切れた。


「卿ならば何があっても切り抜けれようが……」


「問題は同行者だな」


 今回の謝罪の旅、第三王子ホルテス・モレノ侯爵と聖女シルヴィアが同行することになっていた。

 ホルテスに関してはただの巡礼である、本人が急に行きたいと駄々を捏ねたのが気になると皆が言うが、敬虔なのは悪いことでは無く聖都を一度は見ておくべきという教徒らの価値観に照らし合わせると何も問題は無かった。

 問題なのは聖女シルヴィアであり、婚約破棄の原因となった彼女をどう処すかが争点であった。

 中には半平民等と言い、さっさと処刑すれば良いのだと口にする者も居る。

 悲しい事に、彼女の実父もその一人であった。

 全てを娘の暴走等とのたまい、上には平身低頭するが下には横暴に接する。

 家が取り潰しになるか否かなので本人は必死なのだが、その姿が余計に醜悪さを増幅させていた。


「カミタフィーラ卿、徒歩か?」


「貰った軍馬が有るんで、学園から一時返してもらって乗っていこうかと」








 裁判が終わったその日の夜、財務官僚らが油に火をともしながら戦後処理を続ける宮殿の一角で話し合いが行われていた。


「して、準備は」


「傭兵と元ロリアンギタ兵を集めました」


 部下の一人がそう言うと満足げに財務卿たるトヴェンネべ公爵が頷く。


「あの聖女は死んでもらわねばならぬ、よりにもよって王太子殿下を狙うとは……」


「教会はどう出るでしょうか」


「幸い、教会の権威は低下している。少なくともこの国ではな、あの女騎士はよくやってくれたよ。だが……」


 ふぅ、と水を一口飲むとトヴェンネベ公は椅子に深くもたれた。


「国家に取って良い英雄とは死んで喋らないのが前提だ」

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