第70話 TS女騎士、チクられる

「と、そんな感じで卿の暗殺を頼まれた」


「その流れならあんたが美の為に俺を殺す流れだろ」


「手前如きで殺せたら君は英雄には成れなかっただろう、それに殺せたとて確実に王家か大公家から殺される」


 ポニエット男爵はヘラヘラと笑いながら水を一口口に含む。


「卿が死ぬなら詰まらない小悪党の陰謀よりも、両軍合して百万の大合戦で討ち死にして欲しい」


「褒められてるのか、それとも貶されてるのか?」


「無論、褒めている!豪傑には相応しい死が有るものだ」


 演説をぶち上げるように拳を振りかざしては唄うと、ふと正気に戻ったかのように見つめ直す。


「それで、手前の開く晩餐会には来ていただけるかな?」


「正直、あんたを疑っている自分が居る。同時に、あの戦場で見せた表裏の無さを信じている自分も居る」


 エレウノーラは顎に手を当てて撫で擦ると、目を細めた。


「ぶっちゃけ、そういう事してくる奴は失敗しても次を考える。その場で殺れるなら殺りたい」


「一計案じる必要が有るな、目には目歯には歯。ならば、暗殺には暗殺で如何かな?」


「あんた、悪い顔してるよ」


「卿程では無いぞ?」


 どちらからともなく漏れ出た笑い声は何時しか屋敷中に広まった。






 ポニエット男爵が戦勝を祝って祝宴を開いた、あの時ロリアンギタ帝国へと突入した貴族らを招いての事と言う。

 主賓はなんと言っても、立役者たるエレウノーラ・ディ・カミタフィーラ騎士爵代理。

 そこに更に、カスーナト公子に始まり第一第二近衛騎士団長、ヴィディルヴァ男爵ら。

 この知らせを聞いた時、サイモンはポニエット男爵の気が狂ったかと疑った。

 こんな軍の重鎮らの前で毒か実力行使か、そんな事をすればすぐに足がつく。

 流石に芸術にしか興味の無い無能は仕事も出来ぬかと罵ろうとした所、家人がこう言った。


「カミタフィーラ騎士爵代理は服毒死し、他の者等も捕縛しております」


 この言葉にグラリと来た、自分の全てを奪った女の死に顔が見たい。

 素直に滅ぼされていれば良かった連中を嘲笑いながらなぶり殺したい。

 結局の所、サイモンと言う男は欲に塗れた男だった。

 目的を達したならば、後は全ての罪をポニエット男爵に押し付けて逃げれば良かったのだ。

 死んでいるところを己が目で確かめたいと言う気持ちは分からなくもないが、最初から捨て駒の言葉など信じなければ良かった。

 彼自身、教皇領の捨て駒にされたのだから予想するのは簡単だったはずなのだ。

 それでも、恨みは人の目を曇らせる。




「それで、死体は?」


「晩餐会の会場だ、そこに他の者も集めている」


「顔は見られたくない」


「そう思って袋を被せているよ」


 それならば、と思ったがやはり気になったのは何故他にも呼んだのか。


「だが、面倒になったぞ。どうしてこんな事をした?」


「どうせ歴史に名を残すのであれば、派手なのが良い。すぐに死ぬのだからな」


 気狂いが!と叫ばなかったのを褒めてやりたいと本気でサイモンは自分を褒めていた。

 こんな破滅的な人間とはさっさと手切れするのが一番だ。

 案内された先では机に突っぷす女と頭に袋を被せられ、後ろ手に縛られている男達。

 思わず、それまでの怒りや侮蔑を忘れる程の喜悦が訪れた。


「ふははは!悪魔も身内の裏切りは防げなんだか!」


 ずんずんと女の死体へと近寄ると、サイモンはむんずと髪の毛を掴んだ。


「どれ、醜い死に顔を拝んで───」


 その瞬間、女の握り拳がサイモンの顎へと突き刺さりバチバチと火花と星が視界に散りばめられた。


「そんなに見てぇならとっくり見せてやらぁな」


 エレウノーラはサイモンの胸ぐらを掴むとそのまま頭突きを食らわせると、舞い上がった鼻血がびしゃりとエレウノーラに降りかかる。


「な、な、な、なひぇ」


「死んでないか?か、そっちのポニエット卿に聞いた方が早いぜ」


 当の本人は何処からかキャンバスを持ち込み、筆を忙しなく動かしている。


「本当に馬鹿だね、落ち目の聖職者と組む奴など居るか。ああ、失礼した【元】だったね」


 せせら笑いながら、ポニエット男爵は筆をヒラヒラと振って煽る。


 引けた腰に喝を入れて四つん這いのまま逃げようとするが、その腹に鋭く蹴りが見舞われた。


「おいおい、せっかく出迎えのために膝までついたんだ。そんなすぐにお帰りだなんて寂しいじゃないか」


 チェーザレ公子が腹を抑えて蹲るサイモンの首根っこを掴むと思い切り引き上げその顔に膝を入れる。

 カラン、と何が飛び出し見るとそれは白い歯であった。


「いやぁ、凄いですな。近衛騎士団長が二人に王族に連なる大公家の後継ぎ、そして戦争の英雄。私のような下位貴族ではとても会えんお方ばかりだ、嬉しいでしょうな?サイモン殿」


 ヴィディルヴァ男爵の煽りの言葉にも反論出来ず、出血する口元を抑えながら血走った目でサイモンは周囲を見渡した。

 誰もが冷たい目で自分を見下しており、憎きエレウノーラは食堂の入口に鍵を掛けた。

 最早虎穴は閉ざされており、逃げ場などは何処にも無かった。


「ここに居るのは全員、カミタフィーラ卿に世話になった者ばかり」


「暗殺等と随分と泥を塗ってくれる」


「さて、どうしたものかな?」


 ハァハァと荒い息遣いをするサイモンをぐるりと取囲み、これから行われる私刑に考えを巡らせていた。


「各々方、取り押さえて頂けるかな」


「良かろう、カミタフィーラ卿。やはり初手は貴女からだな」


 エレウノーラはポニエット男爵の絵の具が置かれている机に近寄ると、おもむろにペンチを手に取った。

 ペチペチと掌に叩きつけると、エレウノーラはサイモンの口を開けさせる。


「じゃ、鍛冶屋ごっこしよっか」


 そのままペンチを口に突っ込み、無造作に歯を挟むと力任せに一気に引っこ抜いた。


「イギィィィィ!!」


「痛いだろ、腹だの顔だのは食いしばれるが歯は無理だからな。でも、エナメル質削って神経突かないだけ優しいだろ?」


 割とメジャーな拷問だが、必要な情報を吐けば許される拷問と違って私刑なので終わりなど無い。


「次は纏めて二本いっとくか!」


 ヤダヤダと幼児がゴネるように頭を降るサイモンにチェーザレが暖炉の火かき棒を振りかざした。


「ウグゥ!」


「カミタフィーラ卿、続きを」


「すみませんねぇ、公子。ほら、手間ぁ掛けさせんなよ」


 グイ、と突っ込まれたペンチが雑に歯を二本引き抜くと打ち上げられた魚の如くサイモンが震えた。


「わ、わらしはあ!テアヌーキのモンシャルはくひゃふへのけふえんだそお!」


「歯抜けで何言ってっか分かんねえよダボが!」


「モンシャル伯爵家の血縁だとさ」


「ほーん……、で?その伯爵様が今助けてくれんのか?助けらんないよねえ!知らないんだからさあ!」


 指を指して腹の底から笑い声を上げながらエレウノーラはペンチを振りかざして投げつける。


「テメェが俺の事を男爵抱き込んで殺そうとしたからこうなってんだろうが!自分で蒔いた種なら自分で刈取れや!」


 張り上げた大声に空気が震え、その場の誰もが押し黙る。

 怒りを鎮める為に大きく深呼吸をしたエレウノーラはまた語り始めた。


「この世の基本とは何か?銅貨一枚のパンが欲しければ銅貨一枚を差し出さねばならない、お前がしたのはパン屋からパンを盗もうとした」


 エレウノーラの伸ばした手がサイモンの顎を掴み、視線を合わせる。


「しかし、今回お前が盗もうとしたのは人の命だ。ならば、お前が差し出す物も決まっている」


 顎に添えられていた手が目にも止まらない速さで喉を締め付ける、苦しげな声を漏らすサイモンにエレウノーラは力を強める事で答えた。

 無言で力を緩めること無く見続け、やがてサイモンの体から力が抜けた。


「俺もいずれはこうなる、待てないと選んだお前の結末がこれだっただけだ」


「それで、死体はどうする」


「教会の前に捨ててくる、元大司教だ。縁切したとは言え引き取って貰う」


「それなら家からも兵を出そう」


 殺した相手の死体処理の方法を話し合う、これだけ見れば極悪非道の所業なのだがこの場に居る誰もがそれをなんとも思わなかった。

 暗殺を仕掛けてきた相手を嵌め殺しただけ、返り討ちなどされる阿呆が悪い。

 時代的にそういう認識だったしエレウノーラ本人は負けた者が全ての責任を負うと考えていた。


「ようし、出来たぞ」


 筆早く絵を仕上げたポニエット男爵はにっこりと笑った。

 出来上がった絵は首を締めるエレウノーラと力無く崩れるサイモン、それを取り囲む男達が描かれていた。


「題名はそうだな……、【当然の結果】」


「事情が分からん奴が見たら何か分からんからもっと捻ったほうが良い」


 エレウノーラはサイモンの腕を持つと、引っ張りズルズルと引きずる。


「台車を用意しよう、使い給え」


「すまんね」


 用意されて台車に死体を乗せると同行する兵士が動かした。

 教会へと向かう道すがら、飲み屋から破落戸が出て来て台車の中身を見た途端に顔を青褪めさせた。


「見せもんじゃねぇぞ、消えろ」


 エレウノーラが睨みつけると、ひぃっと声を上げて走り去って行った。

 その後に教会へと辿り着いた一行は、台車からサイモンの死体を転げ落とすと帰路へつく。

 その日の晩、エレウノーラは久方ぶりに熟睡する事が出来たが教会前で死体が見つかったと騒ぎが街中で広まり結局体の疲れはあまり取れなかった。

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