第76話 TS女旅人、道連れが増える

 パチパチと火の爆ぜる音が心を落ち着ける中、調理場にはジョルジュ・ヨハンナ・ルベーロ兄弟が夕飯の準備を行っていた。

 馬車に積んでいた生鮮食品を提供したエレウノーラと所持していた酒類を全て譲ったフランソワはエロディと共に机を前にして座って待っている。


「よもや、かの十二宝剣の一角から食事を供して貰えるとは」


「男飯だから期待して無いけどな」


 失礼極まりない事を述べるエレウノーラにジョルジュからの喝が飛ぶ。


「飯の作り方は覚えたわ!お前こそ踏ん反り返って待ってるだけなら食わんで良い!」


「飯と薪出したの俺だぞ、食う権利は有る」


「正論が一番腹が立つのだ!」


 ケタケタと笑い立てるエレウノーラに更にジョルジュの顔は赤く染まる、ヨハンナが頭を下げて謝罪すると物言いたげではあったがジョルジュも矛を収めた。


「2ヶ月前のパリスエス以来ですね」


「無事に落ち延びれたようで」


 エロディは疲れた笑みを浮かべるとパリスエスから逃げ出した後を語り始めた。


「あの後はジョルジュがひたすら馬を飛ばしまして、ロリアンギタ領内はスーノの兵士が居て危ないと……。なのでアーリスオト公国に逃れました」


「半独立とは言え、東クランフ王国の影響は強い国だ。更に逃げるつもりは?」


「エルンバイに入れば、兄上の耳に入ります、アーリスオトならタイリア半島まで逃げれるとジョルジュが……」


 兄上達はタイリア半島に恐怖を抱いていますから、と言うとエロディは水を飲んだ。


「しかし、あまり良い状況ではない」


「エレウノーラ嬢、恐らくは吾輩が言うべき事だ」


「いや……、アンタじゃ忖度が入る。俺から言うのが、厳しいが把握しやすいだろう」


 エレウノーラはそう言うと、エロディの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「単刀直入に言うとだ、このままだと2人とも身元がバレるだろう」


 エレウノーラの直接的な言い方に、エロディは俯いた。


「そう、ですね」


「地元の農民らが高貴そうな、少なくとも騎士連れの女の子を認識している。徴税官が来れば一発でバレる。そもそもパリスエスから逃げる時に着替えたんだろ?」


「ええ……、でも帝都の宮殿で勤める侍女の服なので……」


「片田舎の農民から見ればやんごとなき方が着る服に見える、か」


 フランソワのボヤきにコクリとエロディは首肯した。


「代官屋敷を借り受けたのもな、目立つ」


「姫君に農家で暮らせは厳しかろう」


 元々蝶よ花よと育てられてきた若く美しい姫に、田舎暮らしをさせた所でどれだけ隠れられるだろうか?

 出来る仕事も針仕事、それも趣味の範囲でしか無い。


「何が言いたい、悪魔」


「遠からず御兄様とやらに捕まるぞ」


 ドン、と机に置かれたのはサラダとスープ。

 そしてカチカチに硬い黒パンとブドウ酒、肉の塩漬けを水でふやかした後に焼いた物。


「すみません、保存食からだとこのお肉しか無くて」


「食べれるなら文句無しだ」


「左様ですな、旅だとこういうのでも有り難い」


 全員が食卓につくと食前の祈りが始まる、小さな声で唱え終えるとそれぞれの更に取り分けられた。


「お前は何故国から出た」


「何度か命を狙われてね、ほとぼり冷めるまではその子とマゲルンへ行く事にした」


「随分と危険な場所へ行く予定だね、吾輩もそちらには行った事は無い」


 旅慣れたフランソワも行き先を聞くと驚きを見せ、質問したジョルジュ自身眉を上げた。


「ロリアンギタからすれば悪魔だが、アシリチからすれば英雄だろう」


「気に食わん奴が居るんだろ、元々国を出るつもりではあったが……。弟が成人して家督を継ぐまで後見人として領地に居るはずだったんだがな」


 戦争起こってから予定が狂いっぱなしだとエレウノーラは溜め息を吐く。

 同時に、こいつが居なくなってから戦争しておけばとジョルジュはどうしようもない巡り合わせに苛立った。


「で、話戻すけどお前等はどうすんだよ。いつかは見つかるだろ」


「それは……」


 現実的にジョルジュも焦りがあったのは認めている、色々と準備を整えてから出発したいとは思っていたのだ。


「吾輩としては、出るのであれば同行しよう。その上で提案なのだが、こちらのエレウノーラ嬢と共にマゲルンに行くのはどうか?」


「正気か!?蛮族の地だぞ!」


「だが、東クランフ王国からの影響からは脱せれる」


 心配するジョルジュをよそに、エレウノーラは渋い顔を浮かべた。

 2人分の食料で旅の日程を予測していたので人数が増えると計算し直さないといけないし、単純にその分買い直ししないとならないので金が掛かる。


「俺は反対、メリット無い」


「だがな、エレウノーラ嬢。ロリアンギタ帝国の姫君、良い響きではないか」


 含みを持たせたフランソワの笑みにエレウノーラは問いただす。


「何を考えてやがる」


「マゲルンでエロディ様に戴冠して頂き、周辺の地を抑える」


「馬鹿か、戦力ねぇだろうが」


「吾輩、ジョルジュ卿、貴殿。小さい村から落としていこう、徐々に徴兵すれば良い」


 フランソワの瞳は妖しく煌めいた、野心が灯る目だ。


「貴様、姫様をなんと───」


「王配は卿で良かろう、吾輩は土地と爵位……そうさな侯爵を貰おうか。それで満足だよ」


 王配、つまりは女王の夫。

 望んでいたエロディ姫との結婚をぶら下げられたジョルジュは口を閉ざす。

 愛する少女を道具にしてしまう後ろめたさ、それでも結婚と地位は天秤に載せられた。


「本人の意思が大事だろう、どう思うんだい」


 水を向けられたエロディは俯くと、一度ジョルジュを見た。


「私は……、ジョルジュと安全に暮らせるなら何処でも……」


「あの、皆さん。スープが冷めますよ」


 口をへの字に曲げながらヨハンナが言うと、各々無言でスープを飲み始める。

 結局、皿の上が空になるまで無言であった。




「それでどうするかだ」


 食後の心地良い時間に血腥い話が紡がれる、マゲルンへと行くか行かぬか。

 行くも残るもリスクは有ったが、エロディは決断した。


「行きます」


 この返答を聞いた瞬間、また自分は流されているとエレウノーラは己を蔑んだ。

 既に自分の意思は関係無く、旅に同行しあまつさえ彼女を守る事を当然として扱われるのだろう。

 そして自分自身が、特にやる事も為さねばならぬ事も無いのならばと受け入れそうなのがとても腹立たしかった。

 土地に紐付かぬ流れ生き方と言えばそれまでだが、こんな他人の欲望で何故自分が戦い、傷付き、死なねばならぬのか。

 先の戦争はそれが貴族としての義務だから仕方が無かった、時には自分の意思を出すべきでない時も有ると知っている。

 だが、これは明らかに言うべき時だ。


「何故俺がそんな事をしなければならない、義理も借りも無いのに」


「建国すれば土地を貰えるし、爵位だって好きな位を要求出来るぞ」


「産まれた家以外はどうでもいい、自分で作ろうとも思わん」


 エレウノーラのその言葉に信じられないとフランソワは目を見開いた。


「分家とは言え一家の長だぞ、それを興味が無い?」


「無い、家も弟に継がせるまでの代理だったし態々自分で背負い込もうとはしない」


「男と女の違いかね……、それなら金か物はどうだ?倒した相手の持っている物で好きな物を持っていけば良い」


 少しばかりエレウノーラも考え込んだ、物入りとなる中でヨハンナだけを連れて自分で仕事を探すか、道連れと共に来るかどうかも分からない敵の財布を当てにするか。

 決め手となったのは、自分が離れた際にヨハンナがどうなるかだ。

 少なくともエロディが居るならジョルジュが護衛につく、安全は確保されるだろう。

 混じったとは言え、元日本人の誼として守ってやりたかった。


「金目の物は貰うからな」


「決まりだ!」


 パンっと手を叩いたフランソワは破顔し、エレウノーラへ右手を差し出した。

 少しばかりその手を見つめていたが、軽く握り返すとすぐに手放す。


「流石に用意したり、餞別で貰った路銀では足りないからだぞ」


「それで構わんさ、姫殿下の戴冠までは」


 この夜が後世に神聖マーロ帝国の立役者となるメンバーの立ち上げであり、帝国中核国家ロリカング朝フランヌーセ王国初代女王エロディ1世とその王配ジョルジュ疾風公が歴史の表舞台へと進む第一歩となった。

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