第77話 TS女旅人と、山岳民族

「コチェに入る、ここから先は聖十字教徒は居ない」


「つまり、人間が居ないと言う事だな」


「居るさ、俺らが聖十字教徒以外は人間と認めてないだけの話だ」


 テズーデンラントと呼ばれる山岳地帯へと入ったエレウノーラ達は何処か神聖さすら感じさせる山々を見た、マゲルンへと入るにはこの尾根を越えなければならない。

 逆説的には未だ人の世に居ることになるが、越えれば末法の世界であり何が起こるか予想もつかない。

 最も、平和な日本での記憶がある者にしてみればどこも大差無いのだが。


「コチェを越えたらどうするんですか?」


「ルベリン方面か、或いはクフラク方面に行く事になる」


 鬱蒼と茂る森林地帯通称、黒森シュヴァルツヴァルト

 この森都には耳の長い蛮族が入り組んだ城塞都市を築きあげているという。

 クフラクはポラニア地方南部にあるコチェにほど近い場所にある都市でポラニア人の他にナーロッパ大陸聖十字教会を国教とする国々では蛇蝎の如く嫌われている八芒星教徒らの避難場所でもある。

 厳密に言えばクフラクはマゲルン系では無くラヴス系なのだが、【文明人中世基準】である西ナーロッパの人間からすればどうでも良い事であった。


「本当にマゲルンに入るんですか……?」


 ベロール兄弟の兄、ウードが震えた声を出しながら聞いた。

 普通のナーロッパ人ならば、魔境と呼ばれるこの地域に自ら向かうなど自殺行為と同義。


「怯えているのか?」


「いえ……、けれどマゲルン人は赤子の肉を喰らい女の腹を裂いては肝臓を貪ると聞いています」


 エレウノーラは思わず笑いそうになる、あまりにもテンプレートな異民族への恐怖から来る悪魔化だ。

 しかし、同時に冷静な部分がこれが合理化と言うものであるとも理解を示していた。


「実際に会ったことが無いからなんとも言えん、が、それでも行くしかない」


 エレウノーラ達だけの事情であればの話だが、マゲルンへは流石に教会の手も伸びないだろうとアタリを付けただけである。

 フランソワの野望に付き合わされる従者の悲哀を感じるがそれが封建制だ。


「ルベリンだな、最悪森を抜けてルーネデラントへ行く」


 ルーネデラントと地名が出た途端にウードは安心した表情を見せる、十字国家の最北端地域で田舎ではあるがそれでもまだ文明国扱いはされる。


「でだ……、見られているのが分かるか?」


 エレウノーラの問いにフランソワとジョルジュが頷く。


「場所は分からんが、こちらを探っているな」


「敵意と言うより、警戒心か。気にしても仕方あるまい、来るものは来るし来たなら倒すだけだ」


 ジョルジュはそう言うと剣を一撫でした、フランソワは不敵な笑みを浮かべている。

 文明人を気取ったところでやる事は見下している野蛮人と同じ殺し合いだ、宗教だけが文明と野蛮を分けているのがエレウノーラには可笑しみと共に失望の念を覚えた。


「不覚を取ったら捨て置くぞ」


 だからこそ、一言だけ述べると馬車から降りて周囲の警戒に当たる。

 フランソワとジョルジュはそれぞれ左右に分かれ、後方はベロール兄弟が見張る。


 ひたすら歩き、馬車を引くリンカーを休ませるべきだとエレウノーラが判断したその瞬間に水の香りが漂った。

 この山中に雪解け水や雨水が溜まった湖だ、冷涼な風が山登りで熱を持った体を冷ましていく。


「昼を過ぎた、ここから歩くと次に野営出来るのが何処かも分からん。少し早いがここで夜を越す」


 枯れ木を集め、水を汲み火にかける。

 リンカーには直接湖の水を飲ませてやり、積み込んである飼い葉を食わせる。

 人懐こいが軍馬だけによく堪え、そしてよく飲みよく食った。

 新鮮食品から消費する為に目利きをしているヨハンナは、まず野菜を取りそして干した魚にするか肉にするかで悩んでいた所でこちらにやってくる数人の人影を確認した。


「エレウノーラさん!誰か来ます!」


 夕日に照らされた影は4人、いずれも背が低いのが見て取れる。

 一番高くてもエレウノーラの腰辺りなので、150cmあるかどうかだ。

 徐々に顔が見え始め、背の低さから子供かと思っていたが立派な髭にずんぐりと樽のような体型。

 アスバロキ人と呼ばれる鉱槌人ドワーフだ。


「御前さん方商人か?」


 一番背の高く、髭も長い男がそう聞く。

 それぞれ背中に斧や、腰に戦鎚を持っておりエレウノーラは剣に手を当てながら答えた。


「いや、旅人だ。ルベリンを目指している」


「ルベリン?あんな耳長エルフ共の土地によう行こうと思うたな」


「訳アリでね、アンタらは?」


 エレウノーラの質問に背高ノッポは顎髭を扱きながら答える。


「ワシらはこの辺りを根城にしとる金盾氏族のもんじゃ、ヨソモンがうろついてるから気になっての」


「見張ってたのはアンタらか」


「なんじゃい、気付いとったんか」


 よっこいせ、と許可も取らずに背高は焚き火の前に座り込むと懐からなにやら粉を取り出し一摘み分を火に投げ込むと勢い良く燃え出した。


「歩き疲れたわ、今日はワシらもここで寝かせてくれや」


「アンタらの縄張りだから否は無いが、そこの女2人襲ったら首と胴はオサラバだぞ」


 怖い怖い……、と呟くと鉱槌人らは背高の傍に固まって座り込み背嚢からガチガチに硬い黒パンを取り出した。


「ま、メシにしようや」




「するってぇと御前さん、味方に裏切られ続けた訳か」


「やれる事をやってただけなのにな」


 食事を共にしながら今までの出来事を語ると、戦争の時には興奮し裏切りや陰謀に巻き込まれた話では憤慨する。

 彼らは純朴なまでにエレウノーラに感情移入していた。

 その様子は情報収集や尋問といった諜報活動よりも、娯楽の無い田舎村に流れの吟遊詩人が来て話をねだる子供のようであった。


「そんな勇士にゃ酒を飲まさにゃな!」


 飲めい!と手渡された酒杯にはくろぐろとした液体が入っており、チャプンと勢い良く外に飛び出した。


「じゃ、ワイン飲みな」


 交換にワインが入った革袋を差し出すと双方勢い良く飲み込んだ。


「……こんな酸っぱい水を酒と呼んでるんか?」


 エレウノーラはと言うと、飲んだのがビールとは分かった。

 しかし、宴で出されているエールのような重さは無く、喉越し爽やかにキレ良くスッキリとしている。


「……ピルスナー、いやラガーだな?」


「知っとるんか!?まだ作られて間もない新作だぞ!?」


 背高が驚いた声を出し、エレウノーラを凝視する。


「酒飲みなら知ってる」


「かぁー……、ワシらの専売と思っちょったんじゃが……」


 ぐい、とワインを飲み干した背高はツマミのトカゲの黒焼を差し出した。


「そんで、結局ルベリンには何しに行くんじゃ?」


「国を作りに」


 エレウノーラがなんでもないように言った言葉に鉱槌人達は笑い出した。


「嘘つけい!あーんな年中矢玉が飛び交ってる耳長の土地に御前さん等普人が国なんぞ!」


 ハハハと笑う背高は、エレウノーラらが誰一人笑ってないのを確認すると真顔になった。


「自殺志願者か?」


「ちげーよ、国に居たら殺されるんだよ」


 その答えを聞くとまた背高はゲラゲラと笑い始める。


「おんもしろいのぅ、ワシャ特等席でその瞬間が見とうなったわ」


床長とこおさ、そりゃあ……流石に」


 周りの鉱槌人達が止める中、笑い続ける背高は言う。


「年がら年中、釘だの手斧だの作るのは飽きたわい!耳長ぶっ倒して国造りなんぞ死ぬまで生きても見られんぞう!」


 すっくと立ち上がった背高はドンと己の胸を叩いた。


「この【山颪】のヴィクトルが見届けてしんぜよう!」


「酔った勢いでんな事言うんじゃねぇお断りします!」


 連れんこと言うなよ〜とヴィクトルがエレウノーラに絡み酒をする中、残った鉱槌人達も困った顔をする。


 後に神聖マーロ帝国常備軍団の1つを指揮する【小さき城塞】ヴィクトル・ゴールデンシールド・ノヴァックとの出会いであった。

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