第78話 TS女旅人、山の国に入る

 ヴィクトルの案内を受けながらエレウノーラ達は隠された洞穴から予想よりも淀んでいない空気を感じ取っていた。

 洞窟は広く高く、リンカーが馬車を引いても上と横に余裕がある程だ。


「ここぁ隊商キャラバンの移動経路でな、ずらーっと大勢が通るから広くしてあんのよ」


「馬を使うのか?」


「ワシらの背丈で馬が使えると思うか?猪を使うのよ!」


 そっちの方が難しいだろと思わずにはいられなかったが、猪が荷車を複数頭で牽いている姿を想像するとほっこりとした気持ちになる。

 ウリ坊がいるのならば触らせてもらおうか等と考えていると頭に衝撃が走る、どうやら考え事をしている間に扉の前まで来ており天井部分が低くなっていて頭をぶつけたらしい。


「馬と馬車は入れんぞい、逃げんように繋いどれ」


 手綱を杭に掛けると桶2つに水と飼い葉を詰める。

 いつまで時間がかかるか分からないので飢えと渇きを防止できればとの思いであった。


「暫く待てよ」


 プルル、と鼻を擦り付けると馬車を牽いて疲れていたのかリンカーは体を横にした。


「ここがワシらの王国じゃ、石と炎ばかりで楽しゅう無いがな」


 ヴィクトルの言葉通り、石造りの家々が立ち並び山の中をくり貫いた空間とは思えない程明るいのは、松明や天井部分に照明用の火が設置されているからだ。


「空気穴が塞がっとらんか確認するのが若モンの仕事でな、一人前になったら兵士や鍛冶師に振り分けられる」


「あんたが呼ばれていた床長ってのは?」


「自前の工房持っとるモンの事じゃよ、ワシはよぉ生活品用の釘や鍋なんかを作っとる」


 キョロキョロと辺りを見渡していたジョルジュがふと、零すように話した。


「鉱槌人の作る剣や槍は名品として帝国にも流れてきたが」


「あぁ、確かに作るのが上手い連中はおるが、普人の所に流れるようなのは大抵弟子の習作じゃぞ」


 渋い顔を浮かべたジョルジュに気にすること無くヴィクトルは話を続ける。


「大方兵士になった身内向けに作ったのがなんかしら要らなくなったんじゃろうな、たまーに来る商人に塩やらと交換してるのを見たことあるわい」


 そう話したヴィクトルは足を止めて、木製のドアを開け放った。

 温かな光に灯され、鉱槌人達は各々の荷物を所定の置き場へと降ろしていく。


「ここがワシらの工房じゃ、今日は食料を買い込んだら泊まっていきなっせ」





「カチカチの黒パンとチーズばっかりですね」


「顎が強いのかね、種族的に」


 市場で食料を買い込んでいく一同は、それだけで良く目立った。

 背が高くても150cm程度の鉱槌人達に混じって体が鍛えられた事と栄養状態が良かった貴族階級の3人は非常に高身長で、買い物相手の鉱槌人は見上げて商売しており終われば痛そうに首を擦っていた。


「剣は無いのか?」


「斧かハンマーなら有るぞ」


 せっかく質の良い武器の供給源たる国に来たのならばとジョルノとフランソワは剣を求めたが、武器商人が取り扱っているのは大抵彼らが良く使う斧かハンマー、後は盾位の物であった。

 荷馬車に乗せれる重量を計算しながら購入した物資を抱えながら工房へと戻る道を歩いているとなにやらその工房からがなりたてる声が響いている。

 1つはヴィクトルの声だと分かるが、その相手が誰かは見当もつかない。


「おみゃーは馬鹿か!普人について行って長耳の土地に行くなんぞ、気でも違ったか!?」


「ドラホミール、そんな興奮するでないわ。おんもしろい奴らがおるんじゃい」


 ヴィクトルが宥めようとするがドラホミールと呼ばれた鉱槌人は激高したままだ。


「ワシの従兄弟がこんな考え無しとは思わなんだ!一族がひっくり返るのも気にならんのか!」


「んにゃ……、そう言われると弱いわ」


 ヴィクトルがガリガリと頭を掻き毟るとエレウノーラ達に気付き、手を振った。


「御前さんら、ワシの従兄弟を紹介するぞい。王宮戦士団の【鋼砕スティールブレイカーズき】の一員のドラホミールじゃ」


 当の紹介されたドラホミールはエレウノーラ達を見た瞬間にその眉を跳ね上げて、威嚇するかの様に睨みつける。


「貴様らがヴィクトルを誑かした気狂いか!」


 ドラホミールは目から炎が湧き上がったかと思う程の熱を発しながらドタドタとエレウノーラ達へと走り寄った、とは言え身長の問題で普通の人間より時間は掛かったが。


「貴様らなんぞが耳長共の土地に入ったら矢だらけになって転がるに決まっとろうが!死ぬなら貴様らだけで死ね!」


 面倒臭そうにエレウノーラは荷物をテーブルに置くとドカリ、と床にあぐらをかいて座り込んだ。


「よーく耳かっぽじって聞けよ、まず俺等に付いていくと言ったのはあいつ自身だ。そこは自由意志であり自己責任だ、俺は知らん。そして政治的圧力や権力からの支配から逃れるためには俺等はこれをやると決めた、お前には関係無い」


「何を無責任な───」


「俺は付いてくるなと言って拒否したし、それでもと言ったのがお前の従兄弟だ。なら自分の身は自分で守る、当たり前の話だろ」


 この時代ではそれが普通の事と切り捨てる、正論ではあるのでドラホミールも反論のしようがなかった。


「……そんなら、耳長共に殺されんようなタマか証明してみい。明日、ワシと決闘せい」


「ドラホミール!」


「うるさい!一族が無駄死にするか確かめるのが本家の義務じゃ!ワシが負けたらワシがヴィクトルを守る為に同行するわい!」


「ふーん……、で俺が負けたら?」


「ヴィクトルは置いて行け!勝手に耳長と戦う分には干渉せん!」


 正直な話、エレウノーラとしては折れても良かった。

 単純に最初は旅仲間と共に行く予定が急に割り込んできたオッサンにそこまで労力は掛けれなかった。


 だが、腕の良い職人というのが琴線に触れた。

 馬車の修理や細々とした日用雑貨の修復を担当させれば楽になる、それにジョルジュの言葉を信じれば武器の手入れも出来るのだろう。

 メンテナンスを丸投げ出来るならしたかった、素人仕事ではないとは言え本職が居るなら任せたい。


「なら、俺が勝ったら面倒だからそいつのお守りをアンタにしてもらうか」


 エレウノーラのせせら笑いにドラホミールは更に激高する、余りにも血が巡りすぎて顔どころか首まで真っ赤に見える。


「ワシの一族を赤子扱いとは!弾みで死んでも文句を言うでないぞ!」


 ドタドタと短い手足を動かして怒り心頭のままドラホミールは立ち去る、その背中を見てエレウノーラは言った。


「取り敢えず心理戦は俺の勝ちかね、このまま怒りで雑な武技になれば良いんだが」


「あの……、わざと怒らせたのですか?」


 エロディの問いにエレウノーラは肩をすくめて答えた。


「こんなもん喧嘩の前なら誰でもやるもんでね、取り敢えず仕込む程度の事よ」


 しかし、とフランソワが呟く。


「逆にそのせいで死ぬ確率も上がるが」


「それに闇討ちしてくるかもしれねぇぞ」


 ジョルジュは呆れたように言うと食料を馬車へと積みに立ち去る、エレウノーラは頭を掻いてぶすっとした表情をする。


「ま、なんとかするさ」





 翌日、鉱槌人の国である【ベアラー王国】では大通りに面した広場が夜半の内に簡易的な台が設置され四方を縄張りがなされていた。

 そこへ完全武装したドラホミールが憮然として待っている。

 総金属製の板金鎧に角兜、獲物は斧槍ハルバードと彼が所属する鋼砕きの正式武装だ。


「何処まで馬鹿にする気じゃ?」


 対するエレウノーラは兜も被らず、何時もの革鎧を着用しているが獲物はトットノックを使用している。


「金属鎧は持ってるが今まで使ったことが無くてね、慣れてるこっちのが良い」


 ブゥン、と風を切り斧槍を振り回すとドラホミールは吠えた。


「この鋼砕きの名誉に賭けて!」


 何時の間にか集まっていた観客がやんややんやと歓声を上げた、その中にはドラホミールと同じ鎧兜を着用している者も居る。


「やろうか」


 トットノックを引き抜いたエレウノーラがそう言った瞬間、ドラホミールから仕掛けた。

 長めのリーチがある斧槍は種族的に低い身長を補うためか、それより驚くべきは容易く重い武器を振り回せる膂力。


「死ねい!」


 振り抜き、腕力で無理矢理また振る。

 恐ろしげな風切音を立てて迫る斧槍にエロディとヨハンナは思わず抱き合った。

 それを軽快にステップを踏んで避け続けるエレウノーラに観客から野次が入る。


「逃げてばかりかー!」


「打ち合えー!」


 とは言え、鉱槌人と普人が武器を叩きつけ合えば力の強い鉱槌人が勝つと観客らは思っていた。

 なので本当にエレウノーラが魔剣を斧槍にぶつけた瞬間は火花と轟音以上にどよめきがたった。

 打ち合った魔剣は刃こぼれ1つ見せずに鉱槌人謹製の斧槍を食い止め、なんならドラホミールが脂汗を垂らす程に押し込み始めていた。


「ぬ、ぬうん……!」


 ドラホミールとて歴戦の兵士、幾度となく強敵と矛を交えたがその経験が告げる。

 こいつが一番強い、と。

 また押し込まれ、それを押し返そうとした瞬間にドラホミールは斜め下から迫る足を見た。

 肝臓の位置に目掛けて蹴り抜かれた右足は鎧含めて150kgはあるドラホミールを宙へと吹き飛ばし、更に兜の角を掴まれたドラホミールは首が折れるかと思う程の勢いで叩きつけられた。


「かはぁ!?」


 一瞬、呼吸が出来ず混乱するが無意識の内に斧槍が振られる。

 しかし、それはエレウノーラの首を断つには余りにも遅く、そして距離が近すぎた。

 左手で斧槍の柄を掴んだエレウノーラはドラホミールの胸を足で押さえつけるとトットノックを喉に添えた。


「まだやるかい?」


「ワシは……、ワシは戦うぞ!」


 柄を抑えられたままだがドラホミールは力を込めて斧槍を振ろうとするが、びくともしなかった。


「……まだやるかい?」


「ワシはぁ!」


「もう止めんか!見苦しい!」


 大声を張り上げ、エレウノーラが視線を向けると6人が担ぐ御輿に乗った鉱槌人が険しい顔をドラホミールに向けていた。


「へ、陛下!何故ここに!?」


「朝から見世物を演っているのかと警邏長けいらおさが聞きに来ての、それはどうでもええ。背を土にまみらせながら負けておらぬ等と鋼砕きが言うでないぞ」


 担ぎ手が四つん這いになると、陛下と呼ばれた鉱槌人が御輿から降りてエレウノーラの近くへと歩いた。


「旅の御方、御主の力はよう分かった。とは言えこの者も余によう仕える忠臣、そこまでにしてくれんか?」


 エレウノーラは無言でトットノックを鞘に納めると、ドラホミールから足をどけた。


「感謝する、かような勇士を失わずに済んだ。このまま宮殿まで来なされ」


 そう言うと王はまた御輿に乗り込み、担ぎ手達は踵を返し去って行く。


「……なんでこんな急展開になっていくのかね、俺の人生」

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