第79話 TS女旅人、黒い森に踏み入る

 ベアラー王国の国王、ヴラディスラフ・ゴールデンシールド・ベアラーは長い顎髭を束ねながら思案した。

 己の精鋭部隊たる鋼砕きに所属するドラホミールを捻じ伏せた女をどう扱うべきか、そもそも何故2人が戦っていたかも分からぬ。

 事情を聞き出すとなんとも言い難い、子供の口喧嘩がエスカレートしたかのようだ。


「黒森を越えて国を作る等出来るのか」


「やらねばならんので」


 これが本当に出来上がったのであれば、ベアラー王国としても利は有った。

 木材を大量に使う鍛冶を主産業としている鉱槌人にとって、友好国が黒森側に現れたならば安く多く仕入れる事が出来るやもしれない。

 となれば恩は売っておいて損は無いのだが、失敗した時の損失を考えると何れ程が最悪諦めがつくかという話になる。

 そのラインがこれから見極める事となり、ヴラディスラフは質問をした。


「そもそも、そこともとらは何者か」


「こちらにおわすはロリアンギタ帝国第2皇女殿下、エロディ様なるぞ」


 ジョルジュのその宣言にざわめきが轟く、こんな僻地でもロリアンギタ帝国の名は響いており、あんな巨大な国が割れたのが信じられないと同時に圧力が消えて喜んでいた。


「そしてこの女こそが、ロリアンギタ帝国を破りパリスエスを地獄にした将軍だ」


 恨みの籠った紹介にエレウノーラも苦笑を浮かべ、事実ではあると認める。

 権威と将は居る、無いのは国と兵士であり国はこれからつくるとなると……。


「ならば兵士を出そう、代わりに建国したならば木材の供給を安値で頼みたい」


 ヴラディスラフの言葉にエレウノーラは顔を顰める、確かに兵を集めるつもりだったが紐付きは勘弁してほしい。

 指揮系統の乱れや戦後への布石を考えると、出来るだけ私兵を作ってやるのが理想ではあったからだ。


「それは……」


「お受け致す、宜しいな?カミタフィーラ卿」


 断ろうとしたエレウノーラを遮り、フランソワが受けた。

 顔を顰めて抗議するが、丁寧に無視をされる。

 フランソワとしては紐付きであれ、きちんとした軍事教練を受けている兵は金銀や宝玉よりも貴重な存在であり何かしらの謝礼も後回しになるのだから受け入れないのは損と考えた。


「おい」


「悠長に教練してやる気か?一から兵を鍛えるのに何年掛かるか分からん訳でもなかろうて」


 実戦で使える兵士に育てるなら5年は掛かる、使い捨て前提なら整列と構えだけ覚えさせるので短くて3ヶ月程だが。

 騎兵突撃を受けても崩れない、勝手に逃げ出さない、指示を守る。

 この3つを覚えさせるのに指揮官は途轍もない苦労を背負う事になり、現実的に一行にはそんな時間的贅沢は許されない。


「……現実、そうではあるが他国から借りを作るのは怖いぞ」


「致し方あるまい、木材の優先と値引きで済むと考えよう」


 フランソワの妥協した提案に不承不承、エレウノーラも飲み込んだ。

 騎士3人従者2人では何をどう足掻こうが無理に決まっている、ならば戦力を得るのが先決だ。


「補給問題も有るが……」


「流石に送り出す時に馬車分は用意する、そこからは自力でなんとかしてくれ」


 ヴラディスラフが物資の援助を確約すると、もう止まらないと理解した以上はそれをどう役立てるかを考えなければならない。

 ヴラディスラフが提供したのは150の兵(内訳は歩兵80、弓兵20、輜重しちょう兵50)と荷馬車3台。

 少なくとも軍事的組織として見られるだけの兵員ではある。

 練度に関しては若年の者が多く低いので、少数の老練な古参兵が指揮官としてついている。

 輜重兵は物資の輸送だけでなく、経理・炊事洗濯を専門としており兵の生活を支える背骨として機能している。


「軍事的組織として運用するのに最小限の数ではあるか」


「150ならそれくらいの動員する貴族は多いな」


 兵を得たエレウノーラ達はその対価としてベアラー王国との間に調印を結ぶ事となり、その内容はベアラー王国が兵を提供する代わりに建国後は王国を最優先待遇とし木材の安定供給を行う事。

 別途貿易に関しては都度、交渉を行う事。

 空手形に近い形では有るが、調印はエロディが署名し持ち出された指輪で溶けた蝋を押して文書が正式に発行された。




 兵を率いて到着したマゲルン地域は鬱蒼とした森が遠くからでもよく見えた、鉱槌人兵士らは背が低くそれに見合うように足も短いので行軍距離はあまり長くなくそれなりの日数を重ねており、先ずは拠点造りから始められた。


 斧が振るわれ、太い木々が倒され手早く皮剥きと枝落としが行われ丸太が積み上げられて行く。

 本来なら水分を抜く為に乾燥させなければならないのだが、そのような時間も無いために突貫で木造住宅が建てられていく。


「よくもまあ、図面も無いのにやるもんだ」


「大工仕事が出来ん奴は半人前として扱われるでな」


 トントンとヴィクトルは頭を人差し指で叩くと、「ここに入っとるのよ」と笑った。


「近くに小川もあるし、水を引けば畑も作れるぞ」


「排便処理の場所は川から離そう、疫病の元だ」


 それよりも、とエレウノーラは拠点から離れた場所で遠巻きにこちらの様子を伺う集団を見つめた。


「結局ここまで付いてきたな」


 数日ほど前から軍の後ろを付いてきた集団は老若男女入り混じっており、時折赤子の鳴き声が聞こえてきた。


「流民か」


「村でも焼き討ちされたのかね」


 どうしたものかと思案する、基本的に流民は人間として扱わない。

 土地に縛られず、税も払わない(払えない)、生きる為に盗みを働く。

 それは為政者から見れば野生動物と何も代わりはしないのであり、領内で見かけたら積極的に【狩る】。

 故に、流民側もこういった国と言えない小勢力が乱立する地域を彷徨く。


「あいつらも組み込むか」


「はぁ?」


「一々警戒するのも面倒だし、拠点で生産に従事する人手は必要だ」


 単に野盗避けとして使うつもりでいた軍に目を付けられた流民達は、本来の歴史であればこの地で現地部族らの襲撃で壊滅するはずだった。

 その部族は鋼で武装した軍隊を警戒し、身を潜めていた。

 狂った歯車は別の歯車と噛み合い、新たな歴史を刻む。


「者共!ここをキャンプ地とする!」


 エレウノーラの宣言に鬨の声を上げて兵士らが応える、エロディとヨハンナはスプリングも無い馬車で移動して痛めた腰を擦り合っていた。


「そして後をつけて来た連中!定住したくは無いか!?」


 まさか自分達に水が向けられるとは思ってもいなかった流民達は困惑し、誰もが互いに顔を見合わせるばかりで答えない。


「このまま日々食えるか心配しながら歩き続けるか!今日突然襲われて殺されないかと怯え続けるか!その手に抱く我が子に何も残せぬと泣き続けるか!」


 エレウノーラの大声が森に響き、流民達は徐々にその声を聞こうと近寄り始める。


「俺は諸君らが何故流民になったかなど興味が無い!興味が有るのは互いに差し出し合う物が何かという事だけだ!」


「俺達に何をさせるっていうんだ」


 流民の中の若い男がそう問い掛ける、それにエレウノーラは小川を指さした。


「農地をやろう!自作農になれ!俺が守ってやろう!代わりに年貢を出せ、3割だ!」


 3公7民、安すぎる税率だ。

 普通は割合が逆である、或いは5公5民で慈悲深い領主と呼ばれる。

 基本的に税率は高い、流石に9割持って行くような貴族は反乱が起きて鎮圧されるか改易させられて新しく添えられるかだが。

 それでも生かさず殺さずの税率が7割と言われている。


「ほ、ほんとに3割で良いんだか?」


「正直に言う、これから我らはこのマゲルンにて新しく国を創る。しかし、そのためには軍と養う農村がいる。農民となるのならば優遇しよう、今だけな」


 この今だけ、これが大きかった。

 今を逃せば何も無い、なら自分達の値段が1番高く買うと言っている今しかない。

 流民達は膝をつき、頭を垂れた。


「待て待て待て待て!いや、理屈はそうだが!」


 慌てて止めたのはジョルジュだ、帝国出身の彼からしてみれば流民は信じられない存在である。

 フランソワも流民は信じる対象では無かったが、エレウノーラの理屈に納得はした。


「改宗させよう、せめて共通点は作りたい」


「改宗ね……、俺は好かん」


 エレウノーラは良くも悪くも、日本人的宗教価値観が残っていた。

 本人等の意思に反して無理矢理改宗させるのは、信仰の自由が当たり前の時代に生きていた身としては抵抗感があった。


「この人数養うのに3割で十分だ、流民からすれば残りの7で裏切る理由は無いだろ」


「重ねた行動が信じられん」


「彼らがしたとは限らん」


 堂々巡りとなった議論に、流民の中から赤子を連れた若い女が前に出た。


「改宗致します、どうかこの子が大人になれるような暮らしを……」


 女がそう言うと次々に流民が改宗を申し出る、彼らのグループは祖霊崇拝であり祖先を敬う気持ちを残しつつ改宗の余地は有った。

 それをエレウノーラは知らなかったのでこうもあっさりと決めた事に驚いたが、彼らからすれば神を受け入れると言えば生活の保障となるのならば幾らでも誓いの言葉を言える、そんなしたたかさがあった。


「では、私が改宗の儀を行いましょう」


 ヨハンナが盃に小川の水を汲むと、指を浸して赤子の眉間に数滴垂らす。

 むずがる赤子を十字にポンポンと叩くと聖句を唱える。

 正式には、彼女は司祭に任命されていないので形だけに過ぎないがマゲルンの地に聖十字の教えが広まる萌芽となった。


 その儀式は流民全員に施され、暗い森の中から赤い視線が幾つも覗き込まれていた。

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