第80話 闇森人、女傑を見る
「それで、入ってきた奴らは?」
「
「ふぅん……、それで村作ったの?」
そう問い掛けた女はアッシュブロンドの髪をおかっぱに短く切り揃え、長い耳を惜しげもなく晒した暗褐色の肌をしていた。
乾いた血のように赤黒い瞳が、同胞の男を射抜く。
「邪魔になりそう?」
「……その女は、ここに国を創ると言った」
一瞬の沈黙、女は男の言葉を咀嚼するかのように瞬くと口を三日月にすると喉から音が漏れ出た。
「ケ」
それはどんな感情が込められているのか、その一言が漏れた後は連続して笑いが起こった。
「ケヒヒヒ!国!国と来たか!馬鹿なのかそれとも英傑か!」
一頻りに笑うと女は立ち上がった。
「見に行くか」
「エーリカ、お前が行く必要は無いだろう」
男に呼び止められた女、エーリカは不機嫌に眉を寄せる。
「興が削がれる事を言うなよ、楽しい事が向こうからやって来たっていうのに……殺すぞ」
明日の天気はなんだろうか、と言うくらい気楽に女は殺意を仄めかし男は引き下がった。
鼻歌を歌いながらエーリカは歩を進め、夜の闇に姿を消した。
「気狂いめが、あれが族長筋とはな」
吐き捨てるように新たに現れた男が、元から居た男の肩を叩いた。
「クラウス、そんな事を言うな」
「だがなフランツ、入婿になるお前にあんな態度を……」
「良いんだ、俺が族長になる為の女だからな。それ以外はどうでも良い」
そう言うとフランツは鼻で笑い、闇に消えたエーリカを冷たい瞳で見送ると彼らもまたふっと煙が消えるかのように姿を消した。
「あれが噂の村か」
エーリカは巨木の太い枝から1キロ以上先にある村を見つめた、鷹の如く鋭い目は遠くからでも村内の様子が見えており長い耳は彼らの会話すら捉えていた。
ヒュームとドワーフが共に作業をしており、ドワーフは地面に耳を当て何かの音を聞くと指で地面を指す。
「水源はここじゃ」
「おう、そんじゃやるか」
ひたすら穴を掘り始め1日が終わる、或いは村の周辺に木材で壁を作っていく作業をひたすらエーリカは眺め続けた。
己の村に戻りもせずにここ数日は樹上で過ごしていたエーリカは足をもいだ虫を口に放り込む、目当てのデカい女とやらを見たいのだが中々見当たらなかった。
見張りを始めてから4日、漸く目当ての女が見つかった。
首から血を流す良く肥えた猪の後ろ足を持ちながら担いで森から出てきたのだ、付き添っていたであろう少年2人は畏怖の目でそれを見ていた。
「ケヒへへ、ヒュームがあの猪持てるのか」
ニタニタと笑いながら常人離れした筋力を讃えるとエーリカは村への進入路を観察から得た土地勘で決めると夜を待った。
その日の晩、篝火が焚かれた村をドワーフの兵士らが巡回する中でエーリカは音も無く建てられた家の屋根を飛び跳ねて目的の家へとたどり着いた。
得意の消音の魔法は機能しており着地の際も40数キロの物体が移動しているとは巡回兵の誰も気付く事はなかった。
エーリカは屋根の一部を魔法でくり貫くとそこから梁へと身を投げ、腹這いになり下の様子を伺った。
「───良い木材だ!やはり黒森の木は質が違う!」
「国に持ち帰れば一財産じゃな」
「それよりいつ兵を進めるか、だ。エレウノーラ、
「そうさなぁ……、ぶっちゃけ勝つだけなら火攻めで良いんだが」
「止めんか!目当ての木材が駄目になるじゃろ!」
数人のヒュームとドワーフが食卓を囲んで会話をしており、内容は侵略者のそれだ。
しかし、エーリカら
「火が駄目なら、やれるのは力攻めか……下からだな」
「下、ですか?」
銀髪の少女が不思議そうに尋ねる、そんな仕草を見て男に好かれるだろうなと感じた。
「ヴィクトル達に地面を掘ってもらい地下坑道を作る、何も大規模である必要は無いが数人が移動出来て都市内部に入れば門の解錠を頼む」
「うむ、そうなると土地の様子を見定めねばならんな」
ドワーフの男がそう言うと後は毒にも薬にもならない世間話しか無かった、暫くすると寝床へとそれぞれが向かっていく。
目当ての女が個室に入り、梁を伝って上から覗き見ると寝藁の上に布を被せゴロリと寝転んだ。
(おっと……、念の為に透明化を掛けておくか)
消音の効果が残る中、更に透明になるとエーリカは観察を続ける。
女はガシガシと頭を掻いてそのまま右腕で目を隠すようにして乗せると動かなくなる。
暫く眺めていたエーリカは梁から飛び降り、床へと音も無く着地する。
(寝たか……、気配は気にしない豪胆さか?それとも安全地帯に居る油断か?)
規則正しく上下する胸を眺めながら思案する、この群雄割拠するマゲルンで国を創る等とヒュームが宣ったので期待したのだがアテが外れたのだろうか?
(顔が見たいな)
なんとかこの右腕が寝返りでもして外れないだろうかと体を傾けながら少しばかり覗き込んだエーリカは、自らも油断が有った事を体で思い知る事となる。
女の左腕が蛇のように喉元へと迫り高い握力が気道を狭めた。
「なんか見られてんなぁと思ったら居たな、死にたくなけりゃ姿見せやがれ」
女───エレウノーラがそう言うと更に少しばかり力を入れる、本気だと感じたエーリカは消音と透明化を解除して姿を現した。
「あぁん?女ぁ?デリヘル呼んだ覚えはねぇぞ」
エーリカが理解出来ない言葉を言いながらエレウノーラは訝しむ、村内で女と言えば草臥れた年増ばかりだ。
こんな麗しい、令和日本でならアイドルグループのセンターに立つような少女など見かける事等無い。
「な、んで……分かった?」
エーリカは自分の隠形には自信を持っていた、闇夜であれば目と鼻の先に居ても気づかれないしないと断言出来る程だ。
そんな彼女にエレウノーラはなんとも無いように答える。
「空気が揺らいだ」
覗き込んだ一瞬、戦場で研ぎ澄まされてきた感覚が叫ぶ。
「何かが居るぞ」と、そしてその感覚に全てを委ねたあの刹那はエレウノーラ本人ですらほぼ無意識の行動であった。
それを聞いたエーリカは彼女の癖、状況把握の際に数度瞬きをしてから数秒空けて口角を上げた。
「ケヒ」
その笑い声を聞いた瞬間、思わずエレウノーラは反射的に力を強め嫌悪感を露わにした。
「気持ちワリィ笑い方しやがんな」
そう吐き捨てた言葉にも一顧だにせずエーリカはエレウノーラの青い瞳を覗き込んだ。
「澄ん、でるな」
「あぁ?」
「私、の目と、違う」
エーリカは手を伸ばし、エレウノーラの目元を撫でた。
「お前の目は澱んでるな」
少しばかり喉輪の力を緩めてやると、エーリカは大きく息を吸い込んだ。
「どうしてそんなに奇麗な目でいられるんだ?」
「いや……知らんよ……、だが何となくお前の目が澱んでいるのは分かるぞ」
エレウノーラは首から手を離してやりドカリと寝床へと飛び込んだ。
「【好きな事をやれない】からだ」
エーリカはまた、パチパチと瞬くと今回は笑みを浮かべずにきゅっと口を窄めた。
「お前は好きな事をやれているのか?」
「最近は全然、けどそれでも俺は選ぼうと思えば選べれる。守ろうとしてる女の子が安全になれば好きなように生きれるしな」
「例えば?」
エーリカの質問にエレウノーラはんー、と悩むと思いつきを話し始める。
「金が有るなら何かしらの商売を買い取って、人に働かせて上前ハネて楽に暮らしてぇな」
「なんだそれ、私は国を創りに来たと聞いて野心家だと思っていたんだが」
「はっ!人間欲掻くと碌な事にならん、分ってもんがあるのよ」
失望した声を出すエーリカにエレウノーラはせせら笑う、つい最近自分の分領を超えて働きその結果色々と恨まれたり策謀を仕掛けられたりと散々な目にあった実体験からの警告のつもりであった。
「国をおん出されて、国を創ろうとして……。本当は俺の人生こんなはずじゃ無かったんだ、地元で弟が後継ぐまで面倒見て……それだけで良かったんだ、戦争で将軍やる気はずじゃなかったし国滅ぼすだなんて考えた事も無かった。けど、やっちまった……ならこの道を歩くしか無いんだ」
「それが好きな事なのか?」
「……どうだろうな、偉そうに語ったが俺にも分からんのかもしれん」
エーリカは少しばかり考えると、口角を上げた。
「好きな事かは分からんが、やりたい事が出来た。【お前の死に様が知りたい】だ」
「悪趣味過ぎるだろ、互いに名前も知らんのに。そもそもお前なんでここに忍び込んだんだよ?」
「ケヒヒ、こんな乱世に乗り込んで来た馬鹿の顔が見たかった」
エーリカは床に横になると見上げるように視線をエレウノーラに合わせた。
「カイテル族長の娘、エーリカだ。お前の人生が見たいから国造りに協力しても良い」
「……マジでなんで俺の周りには変な奴が集まって来るんだよ」
ケヒヒ、と笑い声が寝静まった集落へと溶け込んで消えた。
エーリカ・カイテル、その名は神聖マーロ帝国においてはあまり残されていない。
女大帝の私信や日記に僅かに残される程度の物であったが、彼女は帝国の裏側にて確かに足跡を残す事となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます