第81話 TS女旅人、情勢を知る

「こんな女信じられるか!唯でさえ耳長なのにその上肌が汚らしく黒ずんで目が赤いと来た!」


 ドラホミールの怒声が響く中で罵られたエーリカはただただ何時ものニタニタとした笑みを浮かべるだけで何も抗弁することは無かった、それがまたドラホミールの癇に障り顔を赤らめさせる。


「兎に角、話をさせろ」


「それで何を知りたい?」


 エーリカの問いに各々は考え込むが、まずはと切り出されたのはこの地の勢力に関してだった。


「大きく分けて5つの部族が存在しており、我がカイテル族もその1つだ」


 カイテル族が縄張りとする黒い森南東部はコチェ西部に隣接しておりルエベ川沿いの開けた土地だ、その為に森によって形成された腐葉土と水利の良さで農業を始めるには良さそうに思える。


「レンドスデと我らが呼ぶ要塞がある、ここに部族の者らは暮らし狩りや採集それから多少農耕もしている」


「他にめぼしい所は?」


 エレウノーラの問いに答えてエーリカは次々に名を上げていく。


「目玉はやはりルベリンだろうが、それ以外なら西のツィプヒライとクデマブルク、ルトバ海への入口のスクロットだな」


「それで?」


「まずはツィプヒライとクデマブルクを取ろう、ここは同じダークエルフの族長が治めているから伝手が有る」


「ルベリンとスクロットは?」


「両方共にエルフが治めているが、スクロットは数が少ないから攻めれば楽に落ちるだろうね。問題なのはルベリンだ、ここは高く木の防壁があって魔術的防御も張られている」


 エーリカはそう言うと左手を縦に、右手を横にして戦争時の動きに見立てる。


「攻撃側が弓矢や魔法を使って攻撃しても、光の障壁が跳ね返して兵が攻め寄せれば防壁から撃ち下ろされる」


 左手にぶつかった右手が吹き飛ぶように放物線を描いて宙を舞うとエーリカはあーれーとコミカルに演じてみせる。


「ってな感じでもう100年はどこの部族も攻めては負けて、勝っても引いてさ。1000年経っても何も変わらない土地と民だよ」


 そんな場所へ建国という変化の風がもたらされそうな事をしようとしている連中が気になったと結ぶと、エーリカは片足を椅子に乗せて膝に顎を置き足の爪を弄る。


「マゲルンの民を纏めれるのか?」


「纏めれねば死ぬのであれば纏めるしかないさ」


 エレウノーラのその言葉を聞くとエーリカは足を大きく伸ばした、エロディがそれを見てはしたないと注意するが気にした様子も見せない。


「良いじゃないか、お前が王になるのが見たい」


「残念だがそれは無理だ、こちらの王女様が内定している」


 そう告げるとエロディをようやく認識したとばかりに見やり、馬鹿にしたように嗤った。


「従わんだろ、カイテル氏族ですら私に従わん奴は多いのに言わんやヒュームの小娘になど」


「なら何故お前は俺に協力を申し出る」


「そりゃあ、お前が何かやってくれると期待出来る眼だからだ。あの小娘にはそれが無い」


 指摘されたエロディは事実を述べられ、それでもあまりにもバッサリと切り捨てられた事で不快感を抱いた。


「象徴となる旗として十二分だ、実務は支えれば良い。兎に角、後ろ盾として国を作ろうって話なんだからな」


「それでその後は?」


「コチェのドワーフと交易して金稼いで……、自力で食えるようにする」


 この答えはエーリカにはお気に召さなかったらしい、ダイナミックな返答を期待していたら建設的な答えが返ってきたからだ。


「西に攻め入らないのか?」


「兵がどれだけ集まるか分からんしな、東クランフと戦うとなればやってはみせるが」


 戦う気は有ると分かり、そこについては然程聞き込みはせずに矛を収める。


「それで国の名は?」


「ロプセイン」


 後の中央ナーロッパの雄、軍事強国ロプセイン王国の萌芽はこの時に生まれた。

 一部コチェ領を再編したロプセインは良質な木材・鉄資源を利用した武器防具生産拠点として機能し、神聖マーロ帝国の兵士らの命を良く守る事となる。

 特にクデマブルクの胸甲は騎兵・歩兵問わず好まれナーロッパ軍事史に統一装備の概念をもたらした、が、今はまだ語るべき話では無い。


「一先ず、ツィプヒライとクデマブルクを傘下に治める」


「2拠点を抑えるなら、兵は必要か?」


「最悪な、エーリカの伝手で通れば言う事無しだが」


 問題となるのはやはりルベリンの城塞であり、ここさえ攻略出来たならほぼマゲルンは統一出来る。


「兵の集まりと練度次第だな、それを見るまではなんとも言えん」


「そうか……、ならまずはレンドスデに来い。私から言えば少しは従うだろう」


 気になる点、エーリカは族長の血筋であるにも関わらず歯切れが悪い事、それをエレウノーラは聞き出す。


「それ程権勢を掌握していないのか?」


「部族長ではあるが……、子に恵まれなくてな。直系は私だけだ、入り婿には戦士として一番強い男が選ばれる」


 エーリカがそう答えるとエレウノーラは得心する、要するにバックボーンが弱いだけの事。

 ならば話は簡単だ、舐められないように暴力をチラつかせる。


「まずは主導権をお前に集約しなければいけないな、その婚約者が邪魔になる」


「殺すか?私が閨で殺っても良いが」


「いや……、こういうのは暗殺だと駄目だ。満天下に正式に負けたと認識させねばならない」


 エレウノーラはそう言うと魔剣を一叩きし、宣言する。


「カイテル氏族の意思統一だ」





 レンドスデ要塞は要塞と言っても、後世の人間が想像するような厳しいものでは無く盛り上がった小さい丘に立板でぐるりと壁に囲った小さい村である。

 主産業は狩りで補助として小さな畑が幾つか有る、付近には河川が数本有るので水には困らなかった。


「───故に、カイテル氏族の飛躍の為にこの女の下につく」


 突然の族長の一人娘、エーリカの爆弾発言に村内はしんと静かになった。

 背の高い筋骨隆々の女にカイテル氏族は膝をつくという。


「巫山戯たことを言うな!貴様には誇りと言うものは無いのか!?」


 吠えたのはフランツ支持者であるクラウスだ、エーリカとの婚姻でフランツが族長となれば彼も引っ張り上げられるとあればこのような独断は許せるはずも無く、エーリカ自身を引換券程度にしか考えてなければ道具が反乱を犯したと認識した。


「西の戦乱はいずれマゲルンにも到達する、その時今のような分裂し弱いままで居るなら餌にしかならん」


「その人間が黒い森を統べると?」


「私はそう見立てた」


 ザワザワとざわめくダークエルフ達の中から、フランツが前に出てエレウノーラの前へと立ちはだかった。


「これが数百年以上もバラバラだったマゲルンを纏めるだと?馬鹿も休み休み言え」


「ならお前が確かめれば良い、フランツ」


「何?」


「最強の戦士たるお前に勝てるならば、芽は有るだろ」


 顎を撫でたフランツは少し考えると言葉を発する。


「よもや、死ぬかもしれんぞ」


「その時は私の過ちを認めて、好きにやれば良い。けれど……、それはお前も同じだぞ」


 ケヒヒ、といつもの笑い声を出すエーリカに嫌悪感を滲ませた顔を向けたフランツは早速剣を握った。


「それでいつやるんだ」


「今この瞬間に決まってんだろ」


 言い終わるが否や、エレウノーラの鋭い蹴りが金的狙いで蹴り出されるがフランツは宙へと舞い、これを華麗に躱すと体を拗らせながらナイフを数本投げる。

 撹乱のためのナイフが複数と本命の1本、エレウノーラは本命のみに絞りトットノックで弾いた。

 追撃が来るかと思い、構え直すもフランツは距離を取って半長剣を抜き放っていた。


「なんだ、来ないのか」


「ほざくな、お前の間合いになど入るものか」


 徹底して距離を離したフランツは、半長剣を振るうとその軌跡に沿って電撃が放たれる。

 人の反応速度でギリギリ避けれるか否かのそれを、エレウノーラは何度か避けるが一発が足先へと命中し電流が全身を駆け巡る。

 倒れ伏したエレウノーラへとフランツは更に半長剣を振りかざす。


「お前が死ぬまで雷を浴びせてやろう」


 ニヤリ、と嗤ったフランツ目掛けてエレウノーラはトットノックを投げ放った。

 しかし、それは放物線を描いておりフランツの後ろの地面へとカランと音を立てて横たわる。


「ハハハ!無駄な足掻きは終わりか?」


 フランツの嘲りにも答えること無くエレウノーラは、その右手を掲げた。


「命乞いか?馬鹿め、そんな事をしても───」


「フランツ!避けろー!」


 クラウスの絶叫に振り返った時にはもう手遅れだった、トットノックの特性である【主の掌中に戻る】がエレウノーラが手を掲げたことで発動し直線上に立っていたフランツの肉体に突き刺さり止まらぬ運動エネルギーはそのまま彼の腹を貫通させ主人の下へと見事戻ってみせた。


「フランツー!貴様ぁ!」


 激高したクラウスがナイフを抜き放ち飛び掛かるが、エレウノーラはチラリと見ただけで終わった。

 エーリカが投げたナイフがクラウスの右側頭部に突き刺さったからである。


「相手殺すまでは勝負はついてないし、終わった勝負をひっくり返そうとするのは愚者がする事だ」


 エレウノーラはそう言うと集まったダークエルフ達を睨めつける。


「まだ異議のある者は?」


 誰も口を開くこと無く、1人が跪くとそれに続くようにまた1人……そして全員がエレウノーラの前に頭を垂れた。


「レンドスデの地を暫定の首都とする、エーリカ。クデマブルクとツィプヒライへ使者を出せ」


「なんと伝える?」


「共に歩むか、死か」


 キヒヒ、と嬉しげな笑い声が黒い森に響くと選ばれたメッセンジャーが走り出す。

 クデマブルクとツィプヒライから返答の使者が訪れ、覇気を魅せるエレウノーラに傅いたのはひと月後の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る