第33話 TS女騎士、侍女とすれ違う
「薔薇の花束は何処へ飾る?」
帰ってきて早々にエレウノーラの問いにロベルタは身を固まらせた。
「御存知、なので」
「すまん、跡付けさせてもらった」
冷え始めた風が窓を揺する音を聞きながら、主従は視線を交わす。
「幾ら御嬢様といえ、一言も無しにされるのは……」
「悪いとは思ってる、だから謝ったんだ。お前が悪い男に引っ掛けられて泣きやしないかとな」
純粋に主人は己を心配してくれているのだろう、領内の民は全て家族と言わんばかりに声を掛けて困り事があったら即行動に移す。
そんな領主代理が皆好きだった、ロベルタとてそう思っていた。
だが、何故だろうか。
ヨアシュとの会話を、あの赤らめた顔を見られたというのは今までの培ってきた主従関係を持ってしても不快感を感じさせたと同時にそんな感情を持ってしまった己への怒りが生まれた。
「……」
「それで、御嬢様は何をしたいのですか」
「ロベルタ、お前、あいつと夫婦になりたいか?」
その一言が、己への怒りが主人への怒りへと転換させるきっかけであった。
「───またそんな風に話されるのですか!」
ロベルタの爆発に地雷を踏んだかと悟るエレウノーラだが、ロベルタの口から濁流のように言葉が溢れてくるのを止めることはなかった。
「気の逸りと言いながら確定にするお積もりですか!?御嬢様も私の意思等関係無いと言うのですか!?」
「父親から何か言われたか」
「……そろそろ、嫁入りを考える年頃だなと。お兄も嫁入り道具や持参品はなんとかするって……、相手の名前も知りません。きっと御嬢様に付いて来なければ嫁いでたと思います」
「そうか」
女は若い内に嫁がされる、若ければその分子供を産む機会が多いし実家も口減らしになる。
カミタフィーラ領は南にある土地でドアリア海に面して暖かいので凍死の心配だけが無いのが救いだが、物のように扱われるのは貴族でも平民でも女の立場は変わらない。
「大公令嬢から聞いたよ、王都でも大店らしいな。そこへ輿入れとなれば俺は安心だ」
「───」
エレウノーラからすれば、この純朴な少女が日々生きるだけの農村部に嫁ぐよりも、生活の楽な商家に嫁げれば幸せだろうとただそう思ったからに過ぎない。
性が変わっても男の考えのままだからだろうか、はたまた社会人として働いていた経験があるからだろうか、理性的にその方が人生にプラスになると考える。
しかし、彼は前世で妹も居なければ恋人も居なかった。
故に、年頃の少女の感情論に基づく反発を想定することが出来なかっただけの話だ。
「私の心は何処に有るんです!?会ってまだ2、3日の男の子と結婚するか!?分からないに決まってるでしょう!?この花束を受け取った時の嬉しさが感謝なのか恋なのかも知らないのに!」
14歳の少女の絶叫が耳を痛くするが、エレウノーラは決して耳を塞ぐことは無かった。
それを自分が受け止めねば誰も他に受け止めてくれる人間など居ないと分かったからだ。
「なんでお父もお兄も私が誰が好きなのか聞いてくれないの!?お金持ちと結婚するのが私の幸せなの!?なんにも分かんないよぉ!」
双眼からは滝のように流れ落ちる涙がこれまで我慢していた心から零れる痛みを可視化させ、エレウノーラはただ従者から放たれる罵詈雑言を聞き入れていた。
それが彼女を無意識に傷つけた己の成すべきことと傲慢にも考えて、だ。
「確かにお前の心を無視していた、すまないロベルタ。だから聞こう、お前はどうしたい?」
「……まだ、分からないです」
ロベルタの呟きにエレウノーラは目を細めた、こんな自分が恋をしているのかすら分からない田舎娘を自分と大公令嬢は食い物にしようとしている。
前世ならNPO法人にでも突っ込まれて警察に御縄だろうと、自嘲してからロベルタに向き合った。
「それならこれからあの男に会って見極めれば良い、時間はあるだろう?」
「でも、仕事が……」
「俺の身の回りのことは良い、まずは大公令嬢も絡もうとしているこちらが優先だ」
「え……?何で王族に連なるような方が……」
「俺も分からんが、お前とあの男が結婚すれば得になるらしい」
怪しい、ただその一言だけがロベルタの中にはあった。
王族の血を受け継ぐような華麗な姫君が何故か、主人に執着しているように感じたのである。
それこそ、自分のような農民の小娘と大商人の息子を無理矢理にでも結婚させるほどの権力を使ってだ。
その対価は自分ではなく、この力強くて乱暴でそれでも領民を愛してくれるエレウノーラが支払うことになる。
それは筋が違うと、己が何かを差し出さねば、或いは全てを拒否するべき事だとロベルタの心が叫んでいた。
「御嬢様は、それで何をやらされるのかも分からないのに引き受けるのですか」
「大公令嬢からの提案だ、俺のような木っ端貴族はハイ以外の返答など無い」
ならば、自分は主人の為にこの花を捨てるべきだ。
そう思って握りしめた薔薇を見ると、何故だろうか。
あの軽薄で頼りなさそうな男が、嬉しそうに笑っているのを鮮明に思い出してしまった。
ロベルタは足が動かないことと、何故か花束を胸に抱きしめている己を不思議に思った。
捨てなければならないのに、捨てたくない。
相反する感情がモヤモヤと胸に渦巻き、吐き気を催す。
───ああ、こんな気持ち悪くなるなら出会わなければ良かったのに
目から零れる涙が薔薇へと垂れ落ち、まるで朝露のように花を濡らすとやがて床へと零れ落ちた。
「……俺が立ち入って良い領域じゃないんだろう、ロベルタ。暫く休め」
「……はい」
泣き崩れる様を見て、エレウノーラはこれが愛かと感嘆していた。
前世では恋人など居なかった、そんな自分が転生して女の身となっても恋愛等無縁の立ち位置に何時の間にか立っていた。
ロベルタの感情が分からないが、好いてもいない男のために涙など流さないだろう。
だが……、大公令嬢の言う通りに動いた所でこの従者は幸せになれるのか?
主従は互いに相手が上手く生きられればと思いながらも噛み合うことがない、心を曝け出したところで取れる手段などそう多くもない。
この2人も、結局は中世の女に過ぎなかった。
変えるのは、それから少したった後のヨアシュの叫びであった。
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