第34話 チャラ一途商人、王都の外れで愛を叫ぶ

「私達、もう会わないほうが良いと思うんです」


「え?」


 俯いていたロベルタのその一言にヨアシュは反応するのが遅れてしまった。

 あれから幾度か逢瀬を重ね、仲が深まって来たかなと思った矢先に切り出された別れの言葉。

 何か今までの自分の行動が嫌われるようなものであったかと脳裏を過るが思い当たる節がない。


「その、俺何か嫌われちゃったかな」


「いいえ……、違うんです。けど、貴方の迷惑になるから……」


「迷惑なんて何が!」


 思わず立ち上がり叫んでしまったヨアシュは、顔を赤らめた。

 他に誰も見ていないから良かったが、こんな風に声を荒げてしまった姿など見せたくはなかった。

 特に最近何かと献金やらパーティやらで忙しくしている父が見たらなんと言われるだろうか。


「ヨアシュさんは、王都ここでも裕福なお家の人で、私は片田舎の村娘です。やっぱり普通は出会わないんだから、このまま会わないほうが……」


「俺はそんなの気にしないよ、君とこうして話したいんだ」


 ロベルタは嬉しそうに、そして悲しげに微笑んだ。


「そんな事を言ってくれるから、会わないほうが良いと思うんです」


「は?」


「私が、領主様である女性に仕えてるとお話しましたよね」


「前に聞いたよ」


 最初に出会ったときに話した田舎貴族の御嬢様に側仕えとして働いているとロベルタが言っていたのを思い返したヨアシュは、何かその御嬢様とやらから吹き込まれたかと邪推した。


「御嬢様は、ヨアシュさんと結婚したいなら出来るようにしてやると仰いました」


 先程とは別の意味でヨアシュの顔は赤くなった、その御嬢様はここを聞く限り自分の味方ではないか。

 ふと、ロベルタとの結婚生活が頭を過ったヨアシュはぎゅっと眉と口を窄めた。

 ともすればニヤけてしまい嫌われるかもしれないから、そんな顔をロベルタに見せたくはなかった。


「御嬢様はカスーナト大公令嬢の御力添えもあるから望めば簡単だと」


「大公令嬢!?」


 何処からそんな大物が飛び出してきたのか、ロベルタの主は田舎に飛ばされただけで何処かの大貴族なのか?

 そもそも何故自分と彼女を結婚させたがるのか。

 そんな疑問が次々と浮かんでは消えていく。


「でも、私の気持ちも見つからずヨアシュさんを勝手に巻き込んで結婚だのなんだの……、初めて御嬢様が嫌いになりそうで、そんな事を思った自分も嫌いになって……」


「君の、せいじゃ……」


 ロベルタはただ濁流のように流れてくる貴族の言葉に落ち葉の如く流されているだけだ。

 何処にも彼女の責任など無い、悪いのは勝手に盛り上がって人を犬猫の仔みたいにやり取りしている貴族令嬢2人ではないか。


「文字や計算を御嬢様から教えていただきました、覚えておけば農民じゃなくて商家に輿入れ出来るぞって笑いながら……。学を積めるのは有り難かったけれど、こんな直ぐに話を持ってこられて、ヨアシュさんだって何処かの商会のお嬢さんと話があるかも知れないのに」


「いや、そんな話は無いよ。女性と親しくしてるのは、君だけだ」


 今度はロベルタが顔を赤らめる番だった、その顔を見て可愛らしさに思わず抱きしめたいとヨアシュは思ってしまった。


「……親もそろそろ相手を決めようって言ってきて、隣村の誰かと話が進むかもしれない、私には一切許可をとるとか無くて、私は景品か何かかなって」


 握り込んだ拳が痛みを覚えるほどで、爪が食い込んでいる。

 だが、きっと彼女の心の痛みはこれ以上の物なのだろう。

 そして、他の誰かに彼女を盗られるのはヨアシュは吐き気を催す程に拒否感を抱いた。


「───ロベルタ!」


 ビクリと顔を上げたロベルタの前に、ヨアシュは片膝をつき彼女の両手を己の両手で包んだ。


「俺と、結婚して欲しい。一生苦労させないと誓う、俺と一生の道を隣で歩んで欲しい」


「───」


 ロベルタは突然の求婚に息を飲んだ、こんなまだ3回ほどのデートで言われるとはそもそも自分達は恋人でもなんでもない。

 けれど、確かに心の奥底からじわりと温かいものが溢れてきて、やがてそれは目から零れ落ちてきた。


「私、14の小娘ですよ」


「俺は15だ、丁度良いじゃん」


「私、今まで誰かを好きになったことが無いんですよ」


「丁度良いじゃん、俺が初めてになれる」


「私……、面倒臭い女ですよ」


「関係無いよ、君が好きなんだ」


 ロベルタの腕がヨアシュの背中にまわると、彼の胸元でしゃくりをあげながら泣き始めた。


「絶対君を幸せにするから、俺はこれからそのためだけに生きるから」


「……ちょっと重すぎますよ」


 2人の影が夕日に照らされて1つとなった。

 ここで終われば目出度し目出度しだが、現実というのはそうはならないから現実なのだ。




「来年、グッチーニ家は貴族になる。お前の婚約者も探しているところだ」


「は?」


 その晩、父親からそんな事を言われたヨアシュの声は冷たかった。

 好いた女と気持ちを交換したその日に、別の女と結婚しろ等と誰が受け入れられようか。


「親父、俺は今日結婚を申し込んだ娘が居るんだ」


「捨てろ、平民の女なんぞ腐る程居るだろう。これからお前は男爵家の嫡男に───」


 その言葉を聞いた瞬間、父親へとヨアシュは飛びかかった。

 始めて見せた息子の暴力性、だがそれも近くにいた警備に取り押さえられた。


「俺の愛する女性を平民女なんぞと言うんじゃねえ!親父でも許さん!」


「何をそんなに吠える!?持参金もまともな額を出せない女に、何が魅入られた!」


「金金言うんじゃねえよクソ親父!」


 ヨアシュの喉は張り裂けんばかりに叫び続ける。


「あんな良い子は他にいねえ!あの娘を他の男に盗られるなら死んだほうがマシなんだ!あの娘の為なら俺は人生を捨てれるぞ!」


「ええいバカ息子が!蔵へ連れて行け!頭を冷やすんだな!」


 家人や丁稚に取り押さえられたヨアシュはそのまま商品が保管されている蔵へと投げ出され、鍵を掛けられて閉じ込められた。

 そんな時でもヨアシュの頭に合ったのはあの時のロベルタの赤らめた顔と柔らかい唇の感触であった。


「ロベルタ……、俺はどんな手を使ってでも君と……」

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