第35話 TS女騎士、本腰を入れる
「求婚されたあ?」
「……はい」
ロベルタが話があると聞いて、詳しく説明させてみれば件の男が求婚してきたという。
向こうがその気で、ロベルタも受け入れたのであれば後はもう大公令嬢の言う通りにGoサインを出すだけだろう。
「で、お前どうすんの」
「その、御嬢様にあんな事を言っておきながらどの口がと思われるでしょうが……、結婚したいです」
「言えたじゃねえか」
腕組みをしながら頷くエレウノーラに顔を赤くしながらロベルタが縮こまった。
「となるとまずは先方の親と話さなきゃなるまい」
その前に大公令嬢に報告だろうか?いやに気にしていたから調べればすぐにでも算段を立て始めてくれるだろう。
「その……、御嬢様は怒らないのですか?」
「ん?何をだ」
「あれだけ口答えしたおきながら図々しくも御嬢様の言っていた通りになった私を……」
蔑まないのか、そんな事を言う前にエレウノーラは答えた。
「俺の領民が幸福になるのに何を怒る必要がある」
ぐっと唇を噛み締めたロベルタは謝罪しようとしたが、それも押し止められた。
「謝るな、お前は何も間違えなかった。これから幸せになるんだからそれにケチつけるような事をするんじゃない」
「……はい!」
「そんな訳で、本人等は結婚する気になっておりまして」
「なら後は父親を黙らせればそれで済む話ですわね」
ヴィットーリアは茶を一口飲むとそう言った。
あれからまたエレウノーラは大公令嬢へとアポイントを取るとこうして彼女の【個人的御茶会】に招待された、客はエレウノーラのみである。
徐々にカスーナト大公派として認識され、大公令嬢の【お気に】と思われているエレウノーラだが本人はあまり派閥争い等と思ってはいなかった。
所詮中継ぎの当主代理、一時の権力故影響など無かろうと思い大公令嬢とはまあ、学友で卒業すれば切れる関係でしか無いなどと。
大公令嬢周辺の上位貴族令嬢もまた、珍しさ故に大公令嬢は構っているのだと認識してエレウノーラの事を物見遊山気分で眺めているのが多数であった。
「グッチーニ商会は多額の献金を通じて王国貴族に叙される予定、となればその嫡男もまたそれなりの家から嫁取りをしたいところ……ですが」
「当てましょうか、成り上がりの金持ちに娘は渡せない」
「そういう話の早い所が好きでしてよ」
扇で口元を隠して、膝に乗った豹を撫でるとふふ、とヴィットーリアは笑いを零した。
「金が欲しい家は腐る程あるが、それを押し出すような見苦しさは演じたくない。金は出したもいいが、金食い虫と直ぐに分かるのは嫌だ。それぞれの思いはこんなところですか」
「そうですわね、カミタフィーラ卿ならどうなさいます?」
ヴィットーリアの問いに顎に手を当てるとエレウノーラは考え込んだ。
「私の贔屓もありますが、イターリア嬢の生家はどうでしょう」
「ヴィディルヴァ男爵家?」
「成り上がりの金持ちの私兵なんぞたかが知れています、良くて傭兵、十中八九腕自慢の市民。強盗に成り済ました騎士なり訓練の行き届いた兵士が押し込めば鏖殺は目に見えています」
「資金提供の代わりに武勇に優れた兵を貸し出させる?」
「これなら双方利益は有ります、グッチーニは身の安全、ヴィディルヴァは経営資金」
「そして貴女は養子のメイドを通じて通商路の開拓、私は両家への斡旋により影響力、上手く行けばカスーナト家の傘下に誘導できる」
「四方丸く納まりが宜しいかと」
頭を下げたエレウノーラにヴィットーリアは満足げに頷いた。
「宜しいですわ、ではグッチーニにはこちらから連絡致しましょう。カミタフィーラ卿はヴィディルヴァ男爵家と話をつけてくれますか?」
「なんとかしてみせます」
胸に手を当ててそう答えたエレウノーラに、ヴィットーリアは心底楽しげに笑った。
順調にこちらに付くように誘導出来ていると実感したからだ。
後は、エレウノーラが自発的に戦争の時にこちらに味方してくれれば良い。
断罪のパーティでは、以前の【お願い】が有る。
死角は無し、己の死の運命は歪み始めている。
既に攻略対象者6人中3人の運命は変わっているのだ。
グスターヴォとテオドージオは婚約破棄などはしないだろうし、ヨアシュに至っては田舎少女に首ったけの様子。
逆ハーレムルートでの悪役令嬢ヴィットーリアの処刑は無いと見た。
となると、共通最終イベントのロリアンギタ帝国との戦争だ。
第3皇子ルイの軍勢6000をどうするのかが問題だ。
(アシリチ王国は最大でも動員出来る兵は3000程……、2倍の戦力差をどうにかしなければ)
2年後には侵攻してくる死の恐怖、必要なのはもう3000の兵か、或いは全てをひっくり返せる英雄か。
(明らかに追加キャラっぽいんだから何かあるはず!無かったら私が困るのよ〜!)
心の中で百面相をしている大公令嬢の気持ちなど露知らずにエレウノーラは立ち上がった。
「それでは、1度イターリア嬢と話しますのでこれにて失礼をば」
エレウノーラが退室し、その後もずっとヴィットーリアは扉を微笑みながら眺めていた。
己のために幸運を運ぼうと働いてくれる愛しい働き
いるが……、それでも彼女は転生者は自分だけだと何故か信じ込んでしまっていた。
或いはそこをあらためていれば、更に5年ほどたった時に後悔せずにいられたかもしれない。
とはいえ、命を繋げれたのだからまだ彼女は良かろう。
中には若くして死ぬしか未来が無い若者も居るのだから、生きていられるだけ御の字である。
「養子、ですか」
「こんな事を卿に頼むのは筋違いとは思っているが、そちらにも利益はある。どうか考えて欲しい」
そう言って頭を下げるエレウノーラの肩を掴むと、イターリアは微笑んだ。
「他でもないカミタフィーラ卿の頼みです、義妹が出来るのは嬉しいです。しかし、私には決定権が無いので父に話を通すことしか出来ません」
「それで十分過ぎる、恩に着る」
「何を仰いますか、カミタフィーラ卿の様な豪傑と縁が出来るのは武家として喜ばしい限り。父も前向きに考えてくれますでしょう」
ヴィディルヴァ男爵家との繋がりであるイターリアは柔らかく言った。
なんとか繋ぎは果たせそうだとエレウノーラは一息つく。
「弟の時も大変だろうな、こりゃ……」
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