第36話 悪役令嬢、予定通りに進む
「まさかカスーナト大公令嬢に御声掛けを頂けるとは……」
「いえ、グッチーニ氏。新たに叙爵されるのですもの、私も香水や石鹼の工房を所有しておりますから商才のある方とは繋がりを強めたいと言う物」
たおやかにそう言うとヴィットーリアはヨアシュの父、ミゲルへと微笑んだ。
予想外の大物が接触して来たとミゲルはこの会見の裏を想像していくが、その大半は先程少し出た香水と石鹸の工房というワードに関連している。
(販路を拡げるために声をかけた?まさか、向こうにはお抱え商人が居るだろう。うちは商いを手広くやってるし大店と呼ばれる実績と自負もあるがだからって平民のところへ貴族令嬢がやってくるなんて有り得ない)
身一つで成り上がって来たミゲルは危機意識に長けていた、危ない商売に噛んだとしても程々の所で抜けてきたし抜けるのに金が必要だと言われれば黙って支払った。
続けていた連中は抜ける額よりも高額な追徴課税を課せられるか縛り首かを選ばされたのを考えると賢い選択であった。
そんな彼でも今回の訪問は予想がつかない、貴族令嬢となると彼の想像では我儘な御嬢様だ。
無理難題、それこそドラゴンの秘宝でも用意しろと言われるかと身構えていたがヴィットーリアがくすりと笑った。
「そう身構えないで下さいまし、今日は御子息の御話をしに来ましたの。最近、御子息と仲が宜しい少女が居るそうですわね?」
「その、愚息が平民の少女と結婚したいなどと世迷言を抜かしてはおりますが爵位を頂いた後に正式な―――」
「その少女は私の友人の侍女でして」
ミゲルの顔が凍りつき、喉からは蛙が唸るような声が漏れ出ていた。
「それは、その」
「ええ、平民ですが友人の教育を受けて読み書き計算も出来る子ですのよ。色々と甲斐甲斐しく働きますし、【とても】好ましく思っておりますの」
とても、のアクセントを強く発したヴィットーリアにミゲルの顔から汗が滝のように流れだした。
大公令嬢の肩入れする平民娘など存在する事を想像しろと言うのはかなり酷な話では有るが既に言葉は発され令嬢が不愉快そうな空気を醸し出している以上、己の首に首切り役人が斧を当てているのと同義の状況が出来上がりつつある。
「いやはや……、流石は上級貴族の皆様方で御座います。よもや平民の侍女にも教育を施して読み書きだけでなく計算まで覚えさせえるとは、善き人材とは来るのを待つのではなく己で作る物なので御座いますね」
しきりに感心した風にぺこぺこと頭を下げるミゲルを微笑んだように見える表情を浮かべたヴィットーリアが手を挙げて制した。
「そこで貴方にも益のある提案を致しますわ」
扇をパサッと開くと彼女の口元を隠し、目元だけが笑っているのが見える形となった。
「件の侍女をヴィディルヴァ男爵家に養子入りさせ、御子息と婚姻を結ばれては如何?ヴィディルヴァ男爵家には話をもう持ち掛けていますの」
(これを否と言えるのは誰も居なかろうが!)
ミゲルは平身低頭しながらヴィディルヴァ男爵の情報を思い浮かべていた、確か王国北西に領地のある貴族だったはずで国境を超えてくる山賊やら傭兵崩れやらを相手に戦っていたはずだ。
そこへ平民娘を養子?相手が断るだろう、確か跡取り娘しか居らず婿養子を取っていたはずだ。
「実は、彼女の主が男爵家と懇意で恩義もある方で【快く】受け入れて下さりますわ」
「左様で……」
その平民娘の主は何者だ!と怒鳴りそうになる喉を締め付けると無理くりに笑顔を浮かべたミゲルはこの婚姻の利益が何かを頭の中の算盤で叩き始める。
(向こうが要求するのは間違いなく金だろう、軍備には金がかかる物だ。だが、あちらが提供するのは?それこそ兵士しかない)
独力でやっていけるならそもそもこんな話は持ち掛けられない、だが見方を変えれば王家を除く最大派閥のカスーナト大公家に傘下として招かれているとも取れる。
新興成り上がりの貴族にはる身としては破格の後ろ盾だし、物理的な盾として今雇っているような破落戸よりマシな連中よりも本物の兵士のほうが安心できる。
「それで我が家は幾ら御支払いすれば……」
「そこは私には関わりのない事、男爵と存分にお話しくださいませ」
流石に具体額は出さぬかと心で舌打ちをした、ここで安い額ならそのまま受けたし高ければ後の交渉で下げれただろう。一手間追加されたが、基本的には悪く無い提案だ。
「では、後程詳細を男爵様と詰めることと致します」
「ええ、よしなに」
頭を悩ましていた案件の1つが片付きつつあることにヴィットーリアは上機嫌で屋敷の中の自室で寛いでいたが、この次にやるべきことは何かを羊皮紙に日本語で書き綴る。
(残るは教会から派遣される修道士見習いと新任の教師、これは政治的には殆ど力が無いから最悪無視しても大丈夫。最大の問題は王太子殿下ね……、何処かで死んでもらうのが1番なんだけどそれはそれで問題が戦争時に起こるわね)
王太子ファビアーノも攻略対象として力を示した戦争パートは、聖女の祈りとそれを受けたルート攻略対象の力によって跳ね除けられるのだがファビアーノは軍を巧みに操りルイ軍を撃退していた。
彼が生きていたら自分は追放されて野垂れ死にするだろうが、かといって居なくなられては王国そのものが滅ぶ。
(仮に戦争前にファビアーノを殺したとして、次に王太子になるのは軟弱な第2王子、そこを飛ばされてもまだ12歳の第3王子。うわ〜!これで撃退できる!?)
戦時には王が病で倒れ、臨時で王太子が軍を率いていた。
曲がりなりにもファビアーノはそれが出来るが、他の王子は未知数。
賭けるか、反るか。
ベットするのは自分の命であり、間違うことは許されない。
「あー……、何処かに王子が居なくても軍を率いて国を守れる指揮官居ないかしら?」
ヴィットーリア大公令嬢は知らない、戦争でいきなり敵の最強騎士を素手で殺した挙げ句、1度負けた後に友軍を取り纏めてルイ皇子含む本陣を皆殺しにしてロリアンギタ軍を半壊させその後に帝国すら崩壊させるバグの塊のような女が自分と組んでいることを。
なんなら更に数年後にはその女が東西ナーロッパ大陸諸国を統合し、神聖マーロ帝国初代女帝として君臨し聖戦が誓言された十字軍出兵を勝利で彩り、聖地ルレエサムを奪還しナーロッパの母や女大帝と呼ばれることを。
そして祖国も拡大の魔の手から逃げ切れずに神聖マーロ帝国の構成国として1地方貴族へカスーナト大公も呼ばれる等と、想像すらしていなかった。
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