第37話 TS女騎士、走り回る
「確かに良い条件だ」
「男爵様に御迷惑をお掛けいたしますが、何卒お考え頂きたく」
エレウノーラはヴィディルヴァ男爵へと頭を下げると、ロベルタの養子受け入れとグッチーニ商会との輿入れを頼み込む。
男爵も少し悩んでいると見せてはいるが、パフォーマンスに過ぎない。
イターリアも又、話し合いという名の談合を眺めていた。
大筋はイターリアから紹介を受けた時点で受け入れると決めていたのだが、一種のマウンティングであり形式上の儀礼でもあった。
「卿の人柄は信用できるので受け入れたいという気持ちは強い、が、その少女はどうかな?会ったことが無いので判断がつかぬよ」
「領民贔屓ではありますが、勤勉で地頭も良く働きも文句を言いませぬ」
そうか、と呟くと男爵は水を一口口に含んだ。
「カミタフィーラ卿、兎角1度その少女と会おう。その時にこの話をどうするか決める」
「有り難う御座います、男爵様」
これで面会したロベルタを男爵とイターリアが気に入り養女として迎え入れる、というのが筋書きである。
七面倒だが、こういうストーリー仕立てをしなければ平民から永代貴族への養子入りは叶わない。
「それで、カミタフィーラ卿への取り分の話をしよう」
「はっ……」
「こちらで何度か使用しているが、まだ使える武器と防具をそちらへ輸送する。目録はこれだ」
男爵が羊皮紙を渡すとエレウノーラはそれに目を通した。
「弓が6張り、剣7本、盾5つ、ブリガンダイン2つですか」
いささか貰い過ぎだ、そう言おうとしたのだが男爵に止められた。
「先の件の感謝は盾で返したが、これはこれからもカミタフィーラ卿と懇意にしたいという具体的な形だ。是非受け取ってもらいたい」
「そう仰るのであれば」
目録を受取ると目礼を交わす、満足気に微笑んだ男爵は立ち上がった。
「卿も立ち会いには参加してもらいたい、故郷の父母の代理と言えば良かろう」
「されば同席させて頂きます」
再度頭を下げたエレウノーラは次に立ち会う際に相手方との交渉はこのような事前の同意もない状況で行うことに頭痛を感じていたが、それでもやらねばならない事だと気を取り直す。
そしてその立ち会いの日は次の休養日に行われることとなる。
学園の授業も無く、本来なら麻の服でも着て木剣を振っていたのだが大事な養女話だ。
そうもいかずに学園の制服を身に纏い、ヴィディルヴァ邸へと向かった。
(なんだこの……、この……)
ミゲルは言葉が出て来なかった、眼の前に居る女は自分よりも頭2つは背が高くて迫り上がった筋肉が女子制服とミスマッチが過ぎる。
これが板金鎧を着用した騎士であれば恐らくは名のある武人だと思ったであろう。
それが紹介された息子の結婚候補の主人、カミタフィーラ騎士爵代理だった。
「グッチーニ殿に置かれては此度の当家領民による御迷惑、謝罪させて頂きたい」
「あ、いえ、それは」
なんと言うべきだろうか、正式な爵位を叙爵すればこちらが上なのだが今は平民。
向こうも正式な領主という訳でもないお互い宙ぶらりんな関係性、とはいえ機嫌を損ねれば縊り殺されるという確信があった。
「まま、立ち話もなんだ。茶を用意させようでは無いか」
男爵の誘導が有り難かった、海千山千の商売をしてきたがこんな異質な存在は初めてだった。
「まず、カミタフィーラ卿の侍女を当家に養女として迎え入れるが年齢を考えると即結婚という訳にもいくまい。2年後に学園へ入学させることも考えると卒業後にが最善だと思うのだが」
「愚息も来年度に入学させますので1年のズレならば問題は無いかと……」
運ばれて来た茶を飲みながら相互に結婚までの道筋を立て始める中でもカミタフィーラ卿は口を噤んだままであった。
男爵への気遣いだろうかと考えていると、その男爵が言った。
「グッチーニ殿もカミタフィーラ卿との生まれた縁を大事に為されると宜しい、彼女は大物になるぞ」
「私など、所詮弟への正式な継承が行われるまでの繋ぎに過ぎませぬ。弟の為に領へ利益誘導はしたいですが」
そう言うとカミタフィーラ卿は己の目を真っ直ぐに見つめて来た。
───ああ、確かに大物になる目だ
今までの商売で多数の人を見て来た直感がそう囁いている。
「最近我が領では蜂蜜酒の醸造を始めまして、もし宜しければ商品として加え入れて頂けないだろうか」
「蜂蜜酒、と」
北方では作られているそうだが、暖かいタイリアではワインがメジャーだ。
確かに加え入れても問題ないだろう、だが領が遠目にあり船を出すとなると輸送費が嵩む。
少し悩みどころ、そんな提案であった。
「少しばかり御時間を───」
「旦那様!」
返答しようとしたその時に、グッチーニ商会の御者を任せているものがヴィディルヴァ家人に止められながらも外で大声を張り上げた。
「坊っちゃんが馬車を盗み出しました!」
「何だと!?どうしてだ!?」
「彼女を迎えに行くと言って、何処へ行ったかは……」
ヨアシュ・グッチーニ、彼は善良な男なのだろう。
だが、視野が狭すぎた。
ミゲル・グッチーニ、彼は灰色の中を生きていた男だ。
だがそれでも我が子に幸福な人生を送らせたかった。
擦れ違いと言えばそこまでだ。
だが、こうなったのは互いの責任でもある。
駆け落ちなど、吟遊詩人の物語でしか成立しないというのに。
「ロベルタ!」
エレウノーラは駆けようとしたが、男爵がそれを引き止める。
「待て、カミタフィーラ卿。相手の行き先が分からんだろう」
「ロベルタは今日、休みなので街を探せば」
「それで相手が先に見つけたらどうする?」
髪の毛を掻き毟ったエレウノーラは声を荒げた。
「面倒事ばかりだ!黙って待ってりゃ良いものを!」
「カミタフィーラ卿、何かありましたか?」
怒声が気になったかイターリアが扉を開けて入ってきたが、それを咎める余裕は誰にも無かった。
「イターリアか、実はな」
父である男爵が今の状況を説明すると、顎に手を当ててイターリアは考えた。
「であれば、アレが役に立つかと」
暫くして呼び立てられたテオドージオは怯えながらも持参した水晶球を机へと置いた。
「【千里眼】【現在】【ヨアシュ・グッチーニ】」
失せ物や探し人を見つけるための
水晶にはぼんやりとした影が浮かび上がり、徐々に鮮明になっていく。
そこには馬車を操るヨアシュとその腕に縋り付き叫んでいるロベルタが写った。
「クソ!もう拐われたか!」
「おい、今は何処に行こうとしている?」
「せ、【千里眼】【未来】【ヨアシュ・グッチーニ】」
次にスライドするかのように写し出されたのは山脈だ、エレウノーラはその景色に見覚えは無かったが答えはミゲルが出した。
「ここは……、ロリアンギタとの国境峠」
「ここを抜ければ教皇領へも行けるな」
すっくと立ち上がったエレウノーラにイターリアは声を掛ける。
「向かわれるのですか」
「領民の為なら」
「無茶な!馬車に人間の足で追いつけるわけ無い!」
エレウノーラは首を振ってそれを否定する。
「向かうのは国境峠、足に形振り構わず強化すれば待ち構えれる可能性がある」
丸太の如き太さの両足に己が持てる全ての魔力を集中させるとエレウノーラは呟いた。
「こりゃ明日は筋肉痛だ」
大地が爆ぜ、風が切り裂かれ、エレウノーラは駆ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます