第38話 TS女騎士、叱る
「ヨアシュ!お願い止まって!」
「ロリアンギタへ行けばなんとかなる、向こうで店を構えるくらいは出来る。ロベルタ、ここに居たら引き離されるんだよ!」
馬車を操りながらヨアシュはロベルタにそう叫んだ。
父の反応から見るに、まずもって彼女と結婚など許されないと悟った彼は無理矢理に馬車を奪うと駆け出してロベルタを探し出して乗せると一路北西に向けて馬車を移動させていた。
そこはロリアンギタ帝国領トレスーポ地方で、ここを経由し南西へ向かえばマーロ教皇領である。
「今までの貯めてきた金は宝石に変えてあるから、売れば当面暮らせていける。マーロ教皇領なら小さくても商売はやっていけるさ」
「違うの!御嬢様がカスーナト大公令嬢様と御話をして貴族の養女にさせるって!」
「平民が貴族になるにはうちみたいに王国に直接大金払うくらいしか無いんだ!そんな事を言われても、本当なのか!?」
「御嬢様が言ってた!」
ヨアシュとしてはその御嬢様とやらの吹かしではと考えていた、田舎の騎士が高貴なる王家に連なる大公の姫君と相談する?
それこそ夢物語だ。
「君に夢を見せてるだけなんじゃないか!?」
「御嬢様は嘘つかない!」
ロベルタが、彼女にしては珍しくはっきりと断じた。
エレウノーラ・ディ・カミタフィーラという領主の事は領民なら皆が知っている事がある。
絶対に出来ない事は出来ないというが、やれることは口に出すのだ。
そんな彼女が結婚出来ると言った、なら後はまた話しかけられるまで待つべきだった。
「もうすぐ山が見えてくる、そこさえ超えれば……」
夕日へと太陽が変わりつつある中、峠へと入る山道のど真ん中に誰かが立っていた。
ポリナ聖光学園の女子制服で手には棒を持っている大女だ。
「───え」
突然棒を投げるとそれは御者台へと突き刺さり、操縦を誤りそうになるがなんとか停車させることが出来た。
「手間ぁかけさせやがってガキがよぉ」
顔に流れる玉のような汗を袖で拭いながら女は幽鬼のように近づいてくる、ロベルタを背に隠したヨアシュだが当の本人であるロベルタが飛び出した。
「御嬢様!」
「ロベルタ、止めれなかったか。お前の言葉で止まっていたら楽だったんだが」
エレウノーラの言葉にロベルタはキュッと口を結んだ。
「まあ、今はそんなこたぁどうだって良い」
夕日に照らされた顔は悪鬼羅刹の如く怒りに歪んでいた。
思わず腰砕けになりそうになったヨアシュだが、震える足を押さえ付けて睨み返した。
「あんたがロベルタの主人か」
「御初に御目に掛かるな、カミタフィーラ騎士爵代理のエレウノーラだ」
一歩一歩踏み出すその歩幅が女性とは思えぬほど大きく、あっという間に距離を詰められた。
「さっきまでお前の親父さん含めて、なんとか結婚の算段つけてやろうとしてたってのに全部台無しだわ。皆カンカンにキレてんだよ、俺含めてよ」
「え……」
「ヴィディルヴァ男爵には頭下げてロベルタの養女入りを認めてもらい、グッチーニ殿には男爵家へ融資する代わりに腕のたつ兵を警護として派遣し、うちは月1で交易船を回してもらい、大公家には3家が傘下に入り王国での影響力を強める。全員納得してたのにお前の暴走でおじゃんだよ」
「そんな……、俺知らなくて」
「知ろうとしなかったの間違いだろうが
顔を青褪めさせて体が震えるヨアシュにエレウノーラは追討ちをかけていく。
「まあ、お前に何も教えてなかったグッチーニ殿にも罪は有る。ちょっとでもこういう事やるから大人しく待っとけと言ってりゃあ、それで済んだ話だからな」
「お、親父は……?」
「まあ、貴族のそれも大公令嬢の面子潰したんだ。グッチーニ殿の首1つで済めば御の字よな」
「そんな、俺、俺は親父にそんな事をする気じゃ……。教皇領で身を立てたら知らせようと……」
「思いつきの突っ走りで上手くいくわけねぇだろうが馬鹿、食いもんにされてロベルタ共々川に浮かんでるのがオチだよ」
がくりと崩れ落ちたヨアシュだが、エレウノーラは首根っこを掴むと無理矢理立たせた。
「落ち込んでる暇なんかねぇんだよ、来い。これからやる事沢山あんだからよ」
「あの、御嬢様。やることって……」
「大公令嬢と男爵閣下に詫び入れだ、グッチーニ殿も所有している美術品をいくつか差し出すとの事だ」
ロベルタに今後の事を教えると、エレウノーラはヨアシュへと囁いた。
「結婚はさせてやる、だがこれからお前の人生は失敗は出来ないぞ」
帰り道の馬車をヨアシュが操縦する中、客車の方ではエレウノーラとロベルタが寛いでいた。
「あー、久々に本気で走ったわ。汗掻くまで走ったの何時ぶりだ?」
「そんなに急いでらしたんですか」
「ばっか、おめぇ当たり前だろ。領民拐かされて走らねぇ領主は領主じゃない」
「拐かされた訳では……」
ロベルタの抗議にもエレウノーラは手をパタパタと振って拒絶した。
「良いんだよ細かいことは、問題は取り敢えずグッチーニ商会が背負い込む訳だし」
「その、具体的には」
「まあ、対等な姻戚関係では無かったがそれが更に顕著になる。加えて、大公家にも泥を塗る形だから目に見える忠誠を出さねばならんわな」
ひえっと、声を上げたロベルタにエレウノーラは告げた。
「とかく、俺は疲れたから一眠りする。街に近づいたら起こしてくれ……」
それだけ告げると、夕闇が落ちてくる中規則正しい寝息だけが響くように聞こえるだけとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます