第32話 TS女騎士と転生悪役令嬢、後をつける
「さて、ロベルタの御相手はどんな奴かなっと」
「何故私まで……」
神の定め給うた休日にエレウノーラとヴィットーリアの2人は街中を歩いていたが、ただ歩くだけでなく視線の先にはロベルタの姿があった。
「私に声を掛けて来たのは大公令嬢からではありませんか」
「用事があるとは聞きましたが尾行とは聞いていません、何処かの御店で御茶でも飲むのかと思ったのです」
「私がそんな高尚な人間だと思われますか」
エレウノーラのその問いにヴィットーリアも苦笑を浮かべて話を濁し、目標であるロベルタを見やった。
若草色の衣服が素朴な顔立ちと合っているが、男との逢瀬に地味すぎるのでは?さりとて、平民の侍女見習いに高い服が買えるわけもなく彼女なりに貧乏と見られないように頑張って背伸びをしたのであろう。
キョロキョロとあたりを見渡している彼女に1人の青年が近づいてきたのを、2人は遠目でじっと眺める。
「なーんか軽薄そうな感じだな、ロベルタ騙されてねぇだろうな……」
「……マジか」
大公令嬢の仮面がすっかり剥がれ落ちる衝撃で、思わず日本人女性の時のような口調でポツリと呟いたヴィットーリアの脳内でキャラクターの情報が次々に展開しては、ああそうかと納得して目を瞑った。
そんな中で、ロベルタは包帯を手渡すと苦笑しつつも受け取った青年は代わりに5本の薔薇の花束を手渡した。
「気障な野郎だぁねぇ、薔薇の花束を彼女でもない女の子に渡すなんて」
「そっかぁ……、素朴な子が好きだったんだっけ……」
ゲーム知識に基づいた物だったのだが、エレウノーラはその言葉に元から知り合いだったのかと勘違いをした。
「大公令嬢は彼を御存知ですか」
「え!?あ、その商品を考えた時に卸先の選定で少し」
身分の高い姫君でも自由に使える金は少ないのだろうか、等と失礼な事を考えたが無理に聞き出して勘気を受けたくもなくそうですかと流すとヴィットーリアはあからさまな冷や汗を拭い呼吸を整えた。
「それで、あの男はどんな奴なので?」
「ヨアシュ・グッチーニ、グッチーニ商会の後継ぎですわね」
ヴィットーリアが青年の名を告げると、連れ立ってロベルタと共に歩き出す2人に見失ってはならぬとエレウノーラ達も後をつけていく。
小さな飲食店へと入ると、店外から2人の様子を見やるとロベルタがペコペコと頭を下げてはヨアシュが困ったように笑いながら手を振っていた。
「何を謝っているのかしら」
「この前足挫いた時の治療と包帯の礼でしょう、ロベルタはそこら辺生真面目なので」
果実水を頼んでいたようで、木製のコップが2人の前に店員が差し出して、慌てている様子なのがロベルタだ。
それを遠巻きに眺めているエレウノーラがポツリと言った。
「湯冷ましで十分です、ってところか。こういう時は飲んじまえば良いのに」
「謙虚な娘ですね」
「貧乏症なだけです」
主人に謗られていることも知らずにロベルタは勧められた果実水を飲んでは目を丸くし、ヨアシュはそれを見て微笑んだ。
傍から見れば初々しいカップルのそれであり、背中が毛虫でも這ったかのようなむず痒さを覚えさせるものであった。
「見た目は軽薄だが、結構扱いが丁寧だな……」
「そりゃそうですわよ、彼は一途な性格で紳士的で見た目で損するタイプなのですから」
「お詳しいですな」
「え!?あ、し、仕入れの時にちょっと……」
(あっぶな〜、推しの1人だからつい口走っちゃった)
左様で、とエレウノーラが言うと再度ロベルタ達に目を向ける。
魚料理がともされ、穏やかな雰囲気で食事がなされて打ち解けたのかロベルタも笑顔を浮かべていた。
「まあ、悪い奴じゃないのが分かって安心しましたよ」
「ええ、女性を幸せにしてくれる方ですわ」
「前にロベルタに勉強を教えた時に、読み書き計算の出来る女は商家に嫁げると言いましたが、大公家と取引するような
「……カミタフィーラ卿は、ロベルタさんと彼が結婚すれば良いと思われますか?」
不意にヴィットーリアから問われたエレウノーラは、渋面を浮かべる。
「そりゃあ、平民の女が結婚できる相手としては最上級でしょう。しかし、向こうは農民娘を嫁に迎える理由なんて欠片もないじゃ御座いませんか」
「私が協力すると言ったら?」
「は?」
エレウノーラの顔を見上げたヴィットーリアは微笑みを携えていたが、エレウノーラにはそれが悪魔の微笑のように感じ取れた。
「ロベルタさんとヨアシュ、結婚させましょう」
「何故そこまで」
「だって、私はカミタフィーラ卿を買っていますもの。投資ですわ、いつか貴女が返して下さるでしょう?」
クスクスと笑うその姿は詐欺師のようだ、実際転生者であることを隠していずれ来る戦争への手駒にエレウノーラを加えようとしているので間違いではない。
「当家の利益は?」
「グッチーニ商会が領内に進出すれば、経済が潤うでしょう。いつまでも自給自足では周りに取り残されますわよ」
地方へのモノ・カネの流通は行商人がメインで、大抵は個人事業主だ。
どうしても取引に限りがあるが、腰を据えた商家であれば最近生産を始めた蜂蜜酒などを出して金を稼ぎたい。
上げた利益で領内の整備をしていきたいが、まるでロベルタを金で売るようで気が咎めた。
「……本人達の気持ちを優先して頂きたい」
「お優しいのね」
ヴィットーリアのその言葉に、曖昧にエレウノーラは言葉を濁す。
「まさか、必要になるまではですよ」
ヴィットーリアはただ己の生命が繋がるのであればと提案したことが、予想外にエレウノーラを縛りそうな事に高揚を覚える。
本来なら、ヨアシュの個別ルートでは来年入学するヒロインと共に献金により爵位を賜ったグッチーニ家として入学しヒロインと恋に落ちた彼はナーロッパ亜大陸最大の商圏を築き、逆ハーレムルートならば王国の財政を切り盛りする官僚となる人物だ。
ここで、田舎娘と結婚して王都商人に留まってくれるのならば、それに越したことは無い。
「何時でもお待ちしておりますわ、カミタフィーラ卿」
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