第31話 TS女騎士、にやける

「へえ、そんで手当てして貰って好きになったって訳だ」


「そ、そんな簡単な女じゃありません!」


 エレウノーラのからかいにロベルタは顔を真っ赤にしながら叫んだが、それをヘラヘラと笑いながら受け流して更に続けた。


「そういったって、礼をするのにまた会いに行くだろ?向こうも態々名乗って手当てしたるんだ、しかも素手で足に触っている」


 中世において素足を見せる、或いは触れると言う行為は家族でも無ければ破廉恥な事であり公衆の面前で行われたならば侮辱として取られていた経緯がある。


「それは……」


「良いじゃないか、縁かもしれないぞ?学があれば商家の嫁もいけるって」


 エレウノーラはカチカチと叩けば音のするような硬いパンを千切ると塩のスープへと浸して言ったが、ロベルタは納得しきれない表情でサラダを突いていた。


「いきなり結婚するのが確定みたいな事を言われても」


「まあ、そこは俺の気の逸りたな。すまんすまん」


 そんなエレウノーラの謝罪にロベルタは溜め息を吐くと、水を飲み干した。


「大体御相手を探すならお嬢様だって」


「ロベルタ」


 水を向けられた形のエレウノーラは優しげな声で、それでいて冷たい声で言った。


「カミタフィーラの家の事だ、領民のお前が嘴を突っ込むな」


「出過ぎた真似をしました、お赦しを……」


「ああ、正統後継者はアメリーゴ。これは当主代理としての決定事項だ、揺るがせん」


 兄達、或いは父や叔父、祖父らが常々言っている意味がロベルタはこの時に理解した。

【エレウノーラ様とアメリーゴ様が逆だったなら】、きっと自分達はなんの不安もなく日々を暮らせただろう。

 強者に庇護される安寧は、どんな金銀を差し出しても手に入るかは平民にとって賭けだ。

 領主がそうであったなら、領民は義務を果たし続ければそれだけで身の安全が確保される。

 エレウノーラは問題無い、既に実績があるからだ。アメリーゴは幼く実績が無い、不安になる。

 後見人として10年エレウノーラが居るだろうが、どのように成長するか……。


「不安ならロベルタはこの縁をもとに王都へ逃げれる」


「そんな言い方」


「ムカつくか?だが事実として隣は攻めてきた過去がある、太平に見えるかもしれんが地方には戦乱の風が残っている」


 それならば、太平楽を決め込む王都での暮らしが良いはずだ。

 暮らしに困りそうには無い程度には稼いでそうな家に嫁げるならそれが良い、少なくとも今の時代の女にとって最良の選択とはそういう物だ。


「その内、国が荒れるかもしれん。逃げれる金を持つ家に入ったほうが良い」


「あの、それはどういう?」


「なんだ、その、次代のアシリチ王国がどうなるか俺も分からん。隣のロリアンギタへ移住しても良いだろう」


 暗に今の王太子では国が割れると表現するが、ロベルタには伝わらなかったらしい。

 訝しげに見ているのを笑い飛ばした。


「そんなことより金をやるから新しい服でも買っておけ、イヤリングかネックレスでも買うか?」


「お祭りでもないのにそんな贅沢出来ません!」


 そういう所が商人にモテるぞとまたエレウノーラは笑った。

 なんだかんだで彼女はこの素朴な村娘のことを気に入っていたからこそ、色々と買い与えては休みも自由に過ごさせていた。

 そんな子が恋を自分でも自覚すること無くしているのであれば、退屈な日常も慰められると少しばかり下衆い思いを抱いてまた笑った。


「もう!そんな意地悪するならもう食事作りませんよ!」


「参ったなあ、ロベルタの作る飯が俺は好きなんだが。ここらへんで止めておくとしようか」


 仲の良い主従と言えただろう、だからこそこの後でエレウノーラは奔走し、ロベルタは苦悩することとなったのだが。

 そんな事はこの時の笑う2人には知る由もないことであり、回り回って大公令嬢ヴィットーリアの利となることも本人達は知らぬままであった。

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