第30話 平民侍女、出会う
「お嬢様、雲の上の方ばかりとお話されてるけど大丈夫かな……」
私、ロベルタはこの御貴族様が通われる学園という学び舎の中を自分に課せられた仕事をしながら考え続けていた。
お嬢様は一体何処で学んだのかは知らないけれど幼い頃から文字も数字も書けたらしい、私は良く覚えていないけれどお兄が言うには隣の騎士が攻めてきた時に真っ先に剣を取ると誰よりも早く戦ったらしいのです。
それからお兄はずっとお嬢様について回って山賊退治やら獣狩やらでお金を稼いでいて、猟師の仕事をやってるようなやってないような……。
まあ、私もその繋がりでお仕事を貰えて文字の勉強もさせてもらえたから文句は言えません。
ここでのお仕事は大別して、私達平民の侍女がやる裏方仕事と御貴族様出身の侍女がする表仕事に別れています。
私なんかはいつも洗濯や掃除、食材の買い出しなんかをしていて仲良くなった学園の料理人さんからお裾分けなんかを貰ったりしています、役得ですね。
でも、表仕事の侍女さん達は主人のお茶の準備とかそんな軽そうな仕事ばかりしているのを見かけます。
お嬢様は私達が見れない所の大事な仕事をしていると言っていましたが、周りの仲良くなった子達は絶対楽してると言っています。
どちらが正しいのかは私には分かりませんけれど、分かる事は愚痴を言ってるよりも仕事している方がお嬢様からご褒美で御菓子も貰えるし、先輩の侍女さんから一緒に休日に買い物にも誘われるという事だけです。
普段、男口調なお嬢様が畏まった喋りをしているのを見れるというのも村の皆が知らないお嬢様を知れる特権だと思っています。
お嬢様は真面目に勉強をして仕事をしていたら良い縁談が来ると言っていたのを思い出します、私のような農民の娘が出来る事なんて家事と畑仕事位だって言うのに読み書き計算が出来れば商家とも嫁入りできると。
都会で暮らすというのは確かに憧れが有ります、両親もお兄がお嫁さんを迎えてくれれば安心できるんですけど……。
田舎の猟師の長男に嫁入りかぁ……、隣の領の人になるのかなぁ……、優しい人よりもしっかりした人がお兄には合ってるかもお尻に敷いてもらった方が妹としては安心って感じです。
そんな事を考えていたからか、いつもはこんな事にはならなかったのに人とぶつかってしまったのです。
「痛っ!」
「あっと、ごめんごめん、よそ見してたからぶつかっちゃって……大丈夫?」
「わ、私こそ考え事しててすみません……」
手を差し伸べてくれたのは頼りなさそうな雰囲気の男の子でした、彼の手を取って立ち上げて貰うと足に痛みが走ります。
「いったぁ……」
「挫いたのかい?俺のせいだね……、ちょっと近くまで肩を貸すよ」
そう言うと彼は私の肩を抱いて、近くにあった商店へと連れ立ったのです。
「あれ、若。女の子なんか連れ込んじゃって、やるじゃないっすか」
「馬鹿、俺がぶつかって怪我させちゃったんだよ、良いから包帯持ってこい」
「へーい」
軽い様子で奥へと引っ込んだのは丁稚さんでしょうか、気軽にやり取りをしているから多分ここの店主の子供でもそれほど上の子では無いのでしょうね。
「すみません、お世話になります」
「良いの良いの!俺のせいで怪我しちゃったんだからこれくらいはしないと、親父にも怒られるよ」
そういうと彼は水を汲みに外へと出かけ、戻ってきたときには布と瓶を持ってきました。
水を含ませた布で私の足を拭うと、別の布に店員が持ってきたヨモギの葉を被せると患部に当てて更に包帯を巻き付けてきつく縛り上げたのです。
「ちょっと痛いかもだけど、暫くこのままで過ごせば痛みも遠のく」
「あ、有難うございます……」
でも、お礼は言えたのですが恥ずかしくて仕方ありません。
治療のためにとは言えども素足を晒すだなんて、お兄が知ったらこの人の事を殺しに来るのではないでしょうか……
「俺は……、ヨアシュ。この店の長男、君は?」
「あ、私はロベルタと言います。今はお嬢様の侍女をしていて……」
「侍女?ってことは、何処かの貴族に仕えてるんだ」
「カミタフィーラ騎士爵です、マチキ村とドマロ村の2つの村を治めててお嬢様が凄いんです」
たまに、同じ人かな?って思う時は有るんですけど、なんて事は言えません。
「へえ、そうなんだ。悪いけど、どの辺りかな?」
「南です、船でもそこそこ日数がかかるくらいの所で……」
「販路になるかと思ったけど、遠いのかあ」
人好きのする笑顔で私の顔が赤くなっていくのが自分でも分かりました、きっと恋というのはこういうものなのでしょう。
この時の私は、呑気にそんな事を思っていたのです。
お嬢様にどれ程の迷惑をかけてしまうのかも知らずに……。
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