第24話 TS女騎士、盾を取りに来ただけなのに戦わされる

「そのような事があったのですか」


 王宮にほど近い場所に有るヴィディルヴァ男爵家の屋敷の中で、エレウノーラとイターリアは先日のカスーナト大公家での茶会の話をしていた。


「それで、その豹は?」


「無事に献上出来たよ、珍しい動物があれば社交界での話題の種にもなるだろうし」


 何故か顔が引き攣っていたが、と言うとイターリアはふふっと、笑った。


「その時のヴィットーリア様の顔が見とう御座いました」


「美人はどんな顔をしても美人だったよ」


 連れ立って歩いていた2人は、重厚な扉の前へと辿り着いた。


「こちらに父上が」


「ありがとう、失礼が無ければ良いのだが」


 コンコンコンコン、とノック4回


「入り給え」


 低い男の声がドア越しに響き、一声掛けてからドアを開く。

 静謐とした空気を醸し出す書斎では、1人の男が武芸指南書を読みながら座っていた。


「娘が世話になったようだな、話は大凡おおよそ聞いているよ。カミタフィーラ卿」


「父のヴィディルヴァ男爵エヌマエーレです」


 イターリアの紹介にエレウノーラは頭を下げた。


「改めまして、カミタフィーラ騎士爵代理エレウノーラで御座います」


「そう畏まらないでくれ、卿は当家の恩人だ」


 男爵は立ち上がると手を上げて、これ以上の礼は良いと示した。


「あの鼻持ちならないカッル家の小僧めを大人しくさせれたのはヴィットーリア様と卿のおかげと聞いている」


「私なぞどの位お役に立てたことか」


「いやいや、娘の成績が良くなっているだけでも親としては嬉しい」


 世の中には尚武の気風強さの余り、文盲を誇る者とて居る。

 今の御時世でも、学園が出来たことで純粋な文盲・文弱は消えたが進んで読書など軟弱者と思う武家がいる。


「一生槍働きの武人ならそれで良いが、王国王家の守りたらん騎士は軍学兵法を納めねばならん」


「閣下の仰る通りで」


 うむ、と髭を撫でると男爵はところでと声に出す。


「娘が、我が家の盾を卿に譲渡したいと」


「卑賤の田舎者が欲を出しました」


「いやいや、人は報酬がなければ働かん。逆に安堵したよ」


 こちらへ、と再度案内された先にある修練場を兼ねた囲いがある庭だった。


「閣下」


 先に待機していた男爵の部下であろう男達数名が傅く。


「カミタフィーラ卿、お約束の盾だ」


 台座に鎮座するように立て掛けられていたそれは、縁の鋼が良く磨かれ中央の木製部分にはヴィディルヴァ男爵家の家紋である威嚇する青獅子が描かれていて芸術品として見ても逸品であると見て取れた。


「だが、カミタフィーラ卿。お譲りするにしても私としてもそれなりの武芸有る武人に渡したい。聞けば武門の名家名高いレトント伯子を赤子のように捻ったと」


「グスターヴォ伯子は腕が上がりました、私も青痣を作ること数え切れません」


「勝っているのならば問題ないでは無いか、そなたの剣技が見たい」


 御付きの従者の1人がエレウノーラに木剣と盾を渡すと、すっと前に出たのは年の頃は20と少しか。

 木綿の服しか着ていないが恐らくは従士と見える。


「ヴィディルヴァ男爵家にて禄を喰ませて頂いている、ニコデモだ」


「宜しく、エレウノーラだ」


 短い自己紹介を終えると2人は早速構えを取る。

 ニコデモは盾を掲げ、体を隠すと剣を持つ右手が隠れるように位置をずらし、エレウノーラは逆に剣を前に突き出し盾は脇に固めた。


 初手はエレウノーラからで、突きを放ち体勢を崩そうとするもニコデモは踏みしめた足が少し下がった程度であり3連突きをいなすと右斜め下からすくい上げるように斬りつける。

 エレウノーラはそれを盾を使うこと無く後ろへ飛ぶとニコデモがその分前へと出る。


「父上はどちらが勝つと思われますか」


「難しい質問だ、両者同じ位の実戦経験と見たがカミタフィーラ卿は攻めの姿勢が強く、ニコデモは守りを固めて相手の隙を狙っている」


 2人の模擬戦を眺めながらヴィディルヴァ親子の会話が始まった、自家の剣客と恩有る騎士爵の戦いは観物でありここ最近の安穏とした日々の中で感じる暴力への渇望が少しばかり癒やされるようであった。


(剣の扱いが上手い、だが盾の方はあまり扱ったことが無いな)


 ニコデモはエレウノーラの動きから本業は剣一本でやってきたなと看破する。


(両手剣を使い合ってたら負けていたな、実質左手を潰したようなもんだ)


 それで傭兵時代から盾で身を固め一瞬の隙を狙って相手を倒してきた自分に食い下がるのだから大したものだ。


(けんど、あっしも男爵様とお嬢様の前で負けるわけにはいかんめえ!)


 勝負を決めるために盾を前にした状態で突撃する。

 上背もあって体重も有りそうだが、勢いに乗った男が突っ込めばよろめきの1つも起きよう。

 その時、エレウノーラは盾を構え自ら不安定になるように腰を落とした。

 何をするのかと思った瞬間、盾の縁取りから反射された太陽光に目を当てられ、思わずニコデモは目を閉じてしまった。


(やられた!)


 そう思ったと同時に自分の盾に衝撃を感じ吹き飛ばされ、地面に背中をしたたかに打ち付けると腹に足が乗って喉元に木剣が突きつけられた。


「騎士様がそんな手を使うとは思いませんでさ」


「戦場じゃ何でもありだろ?」


「仰る通りで、あっしに無いと思っていた油断や侮りを付かれましたわ」


 差し伸べられた手を掴み、一気に引き上げられるとニコデモは笑った。


「傭兵の時に会わなくて助かりましたわ、会っとったら死んどる」


 ニヤリと笑ってそう称えると、エレウノーラは複雑に頭を掻いた。


「1度切りだからな、こういう搦手は。失敗したらどうしようかと思った。崩し方が思いつかなかったよ」


 男爵が拍手を送ると娘のイターリアもそれに続き、残った従卒達も拍手をし始めた。


「見事だったよカミタフィーラ卿」


「このような喧嘩剣術を見せてしまいお恥ずかしい」


「いやいや、強さこそが称えられる。綺麗事を抜かして死んだらそこまでだ」


 約束通りに持って帰りなさいと、盾を渡されたエレウノーラは改めて頭を下げるとヴィディルヴァ男爵家から去っていく。

 その背中を眺めながら、男爵はポツリと呟く。


「惜しいな、男に生まれてさえいれば」


「父上?」


「カミタフィーラ卿には、確か弟が居たそうだな。もし、彼女が男に生まれていれば私はカッルとの縁を切って婿養子に迎えていたやもしれん」


「私も……、そうであったらお受けしていたでしょう」


 イターリアがエレウノーラを見送る瞳は少し潤んでいた。

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