第23話 TS女騎士、上位貴族の茶会に出る
「本日は御招き頂き、誠に感謝致します」
「そう硬くならずに、カミタフィーラ卿。今日は身内の軽い物ですの」
エレウノーラは頭を下げると、ヴィットーリアが片手を挙げて制する。
今日は、王都にあるカスーナト大公別宅にて行われる茶会へ招待に応じて、ドレスなど持っていないので一応公的な場所での学生身分者の着用が認められている制服姿でエレウノーラは訪れていた。
「ええっと、ところでその籠は……?」
「少々事情がありまして、持参した次第」
エレウノーラが手にした籠には編み込まれて作られた蓋がされており、時折勝手に揺れているのがなんとも怖い。
「悪いものではないでしょうね……?」
「まあ、懐きはするそうなので」
懐く!?と思わず声に出そうになったヴィットーリアだが、ぐっと堪えてエレウノーラを庭園へと案内し始める。本来はこのようなことは使用人が行うことなのだが、ヴィットーリアが如何にエレウノーラの懐柔に心を砕いているかという証明でもあった。
「おお」
案内された庭園は庭師の手が良く入っており、爽やかな風が吹く中で色とりどりの花々を眺めながら茶が飲めるようにテーブルと椅子が据え置かれていた。
「カミタフィーラ卿」
鈴が転がるような声を掛けられ、エレウノーラが視線を向けた先にはクラリッサ嬢が他の御令嬢と共に椅子に座っていた。
「クラリッサ嬢、御久しゅうございます」
「カミタフィーラ卿も御代わり無く」
少しばかり躊躇していたクラリッサだが、重い口をおずおずと開いた。
「グスターヴォ様をお諫めするのに決闘までしていただいたのに、あのように非難してしまい申し訳有りません」
「御気になさらず、あのように暴力に曝される婚約者を見れば致し方ありません」
エレウノーラがにこやかに謝罪を受け入れると、ヴィットーリアが席に勧めた。
「さあ、御座りを。これから御茶と菓子を運ばせますわ」
「失敬、何分野山から降りてきた猿故に御寛恕を」
するりと椅子に座ったエレウノーラに茶と菓子が運ばれる短いさなかに出席している令嬢の紹介が行われた。
「ノラミ伯爵が娘、オルテンシアです」
「シカルコ辺境伯家のエウフェミアで御座います」
「サラクシ候爵家次女のアガーテと申します」
見覚えのある赤いポニーテールの少女、オルテンシアを見つめてエレウノーラはああ、と思い出した。
「学園入学前に御声掛けを頂きましたね」
「その節は……」
気不味そうに言葉を濁し、伯爵令嬢オルテンシアは顔を扇子で隠す。
「さあ、皆様。御茶と茶菓子をどうぞ」
ホストであるヴィットーリアの声に振り向くと、白い陶器のカップと皿に載せられた菓子を使用人が運んでくるところであった。
「流石はカスーナト大公家、立派な陶磁器ですな」
「あら?解りますの、カミタフィーラ卿」
「貧乏故、所持はしておりませんが」
生前の日本でネットで見た程度では有るが、目の前のそれが中々の値打ち物だということは理解できた。
普段、自分が使っている村の細工師が作った木製のカップとは天と地ほどの差がある。
「カミタフィーラ卿は普段どのような生活を?」
本当に何故そんな髪色なのか問いただしたくなるくらいに鮮やかな青色の髪を掻き上げながら、エウフェミアが問うた。
「日が登る前に素振りと鍛錬を行ったあとは、母が温めた昨晩のスープとガチガチに焼き締めたライ麦パンを食べ、自警団員を引き連れて巡回ですな。よく、賊が現れますので」
「賊?そんなに現れるのですか?」
「食うに困って人を殺してでも生きたい奴が多いんですよ。領主として領民に被害を与えるわけにはいかんので見つけ次第狩っとります」
「その、どれくらい?」
「覚えやすくなりましたよ、丁度60人切り捨てました」
60!と令嬢達が声を上げる。
「カミタフィーラ卿は手に掛けた事を思い悩んだりしませんの?賊とはいえ、同じ聖十字教徒ではありませんか」
取り巻きの中で1番背の低いアガーテが非難を込めた口調で問いただし、ヴィットーリアの眉根が寄せられた。
「1度慈悲を掛けた奴が、村に来ていた行商人を襲って殺した後、荷馬車を奪いましてね。それ以来、
シン、と場が凍るのが手にとって分かるようであった。
「そ、そう言えば!カミタフィーラ卿の籠は何故お持ちになられたのかしら!」
空気を変えねばと思ったのだろう、ヴィットーリアが本来は土産を催促するようなはしたない真似はしないのだが、これは言わねばと声に出した。
「ああ、ちょいとうちのスーノ人戦士がルベルべ人商人を助けまして。その礼に貰ったんですが、学園に置いとくわけにもいかなくて」
籠に手を突っ込んだエレウノーラは「おら、来い!」だの「暴れんな……暴れんなよ!」「いってぇ!噛みやがったこいつ!」と1人で大騒ぎし、それを見て更に令嬢達は引いていた。
そして漸く目当ての物を掴み、籠から引きずり出した。
「可愛い!」
「子猫ですわぁ!」
先程までのこいつ何してんだという目付きは何処へやら、取り出された赤ん坊の
「赤ん坊の頃から可愛がれば人に懐くと商人は言うとりまして。イカロでは実際にペットとして飼育された記録がアリドンサクレア図書館にあるそうです」
ヴィットーリア様に、と差し出すとおずおずと受け取り仔豹は両手の中でゴロゴロと唸りながら身悶えた。
「あ、ありがとうございますわ、騎士爵……」
思わぬ贈り物に、ヴィットーリアはそういうのが精一杯であり、そんな彼女を不思議そうに仔豹は見つめていた。
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