第22話 TS女騎士、夏休みに入る

「カミタフィーラ卿は夏休みはどう過ごされるので?」


 突然、ヴィットーリアにそう問われてエレウノーラはどう答えようかと迷った。

 何の意味もなく聞くわけが無い、であれば何かしらの誘いと分かるが何故大公令嬢たる彼女が木っ端騎士にして田舎領主の自分を誘うのだろうか。


「そうですね、領地に戻って色々と不在中に溜まった仕事や嘆願を片付けるつもりですが」


「けれど、領主代理が送られているのでしょう?なら、無理して領地に戻る必要は無いのでは?」


「ええ、まあ、そうなのですがね。スーノ人が居なければ心穏やかに過ごせるのですが」


 領内にスーノ人居住地を認め、今も戦士が100近く稽古をしているとくれば、重石となる自分の姿を定期的に見せておきたいと考えていた。


「ああ、成る程。御気持ちは察しますわ」


 ヴィットーリアは残念そうに眉を下げた、それがまたなんとも憂いを秘めたように見えるから美少女とは得をしているものだ。


「宜しければ、クラリッサ様も謝罪したいと仰っているので御茶会をと思ったのですが」


「クラリッサ嬢が?」


 エレウノーラ憎しの余り、構われなくなったご令嬢、クラリッサの名が出たことにエレウノーラは驚いた。

 しかし、謝罪とはなんのことか。


「貴女が彼女の為に戦ったのに、最後は文句を言ったでしょう?筋が違うから謝罪したいと頼まれたの」


「ああ……、気になされなくて良かったのですが。私が実際にグスターヴォ殿を打擲ちょうちゃくしたのは事実ですので」


「彼女、生真面目だから」


 ふふっと、笑うとヴィットーリアは話を打ち切る。無理。させる気は無さそうで、日程が合うならば程度の話だったのだろう。


「ヴィディルヴァ家の盾を受け取る必要もあるので、少しばかり余裕は御座います。されど、私のような軽輩の徒が大公令嬢主催の茶会に出るなどと」


「良いではありませんか、他でもない私が招待しているのに拒否するような令嬢など居ませんし、仮に居たところで次の茶会には席は有りませんわ」


 正直な所、エレウノーラは何故この王国随一の姫と呼んでも差し支えのない身分のご令嬢が自分を買っているのか分からなかった。

 派閥作りと考えても吹けば飛ぶ騎士爵のそのまた代理に好意的に接するのか。

 だがここで断らばまたぞろ面倒であると考える。


「されば、御邪魔させて頂きたく」


 下級も下級たる騎士爵ならば最初から否は無かった、それをヴィットーリアも知っているからか頷くだけでそれ以上の言葉は無かった。




「ロベルタ、暫くいとまを出す」


「へあっ!?」


 突然の主人の言葉に村娘侍女ロベルタは驚嘆の声を上げた。

 暇を出すとは即ち、解雇宣告だからだ。


「誤解するな、王都に放り捨てる訳じゃない。暫く大公令嬢のお誘いに付き合わねばならんが、断り無く平民を連れていけば先方にも迷惑がかかる」


「御尤もで……、それで私はその間どうすれば?」


「いくらか金子を残すから、この後迎えに来るロングシップに乗るか、王都に残るかだな」


 事情説明の為に港へ向かいつつそんな話をしているとザワザワと人の集まりが騒いでおり、一体何を見物しているのかと思うと其処には見慣れたスーノのロングシップの他に大きな櫂船が停泊していた。


「どこの船だ?」


「南方大陸からだそうだぞ」


 集まったギャラリーの声を聞きながら前へ出ると、其処にはスーノ人族長エイリークの姿があった。


「ああ、彼女だ」


 エイリークがそう言った人物は、黒光りする身体、チリチリとした毛髪、背は高くがっしりとした首に付けられた金のネックレスと真っ白い歯と耳飾りが太陽の光を反射させていた。


「おおー!エイリークの言っていた最も強き方!貴方の戦士達に私助けられました感謝感謝を捧げたい!」


 ペラペラと息をつかせぬままに素早く喋ると、その黒人の男はエレウノーラの手を取ってぶんぶんと振った。


「……エイリーク、こちらの御仁は?」


「ルベルベ人商人のグマアジだ、南に商売に行った時に襲われていたのを助けた」


「あの海賊騎士!呪われて地獄に落ちれば良い!エイリークが来なければ私達皆殺されていました!お礼にプレゼント!」


 グマアジは人好きのする笑顔を浮かべてニコニコと笑い、エレウノーラはエイリークを見た。

 すると、彼は片手に銀の腕飾りを見せた。どうやら既に彼はお礼を受け取ったらしい。


「私の商品で一番高い!」


 グマアジはそう言うと、籠から黄の毛皮に黒いぶちが点々とある猫を取りだした。


「狩猟豹ね!」


「可愛いー!」


 隣に居たロベルタが歓声を上げ、エレウノーラは天を仰いだ。


「チーターペットにするとかどこの独裁者だよ」

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