第21話 TS女騎士、静観する

「まあまあかな」


 案の定、魔法関係が足を引っ張っているが中々悪くない順位に落ち着いている自分の成績を見てエレウノーラは安堵した。

 1位は王太子殿下とヴィットーリア大公令嬢が同列で3位にエレウノーラの名前があり、4位はイターリアで5位がその婚約者であるテオドージオが連なり、他の知り合いとして10番手辺りにクラリッサ嬢とグスターヴォの名前が見えた。


「賭けはイターリアが勝ったか、これで俺も報酬取りっぱぐれは無いな」


 見栄えの良い盾なら嬉しいな、等と考えていると癇に障るような高い男の声が響いた。


「何故だ!何故お前が僕より上なんだ!」


「弁明はそれだけですか、テオドージオ」


 背の高いイターリアに見下されながらテオドージオは吠える。


「今まで馬鹿だったお前が急にこんな好成績を取れるはずがないだろう!何かイカサマをしたな!」


「今までどうでも良かったのですが……、火が付きましたので」


 イターリアの瞳にユラリと怒りが揺れたように感じた。

 空気が変わったのもテオドージオも理解はしたのだろう、だが今までの態度というのはすぐには変わらない。


「火?馬鹿にされて悔しかったっていうのか?女の癖に?」


「人は、誰しも生まれ持って人である」


 イターリアの凛とした声が廊下に響く。

 その時点で、エレウノーラは己の失態を悟った。


 ―――入れ知恵し過ぎたな、口が滑りすぎた。


 本来ならばあと500年は先の思想だ。

 それを、その場のノリと勢いで良く考えもせずに喋ってしまった己の不明を恥じる。

 自分の蒔いた種を狩ると言う選択が生まれた中、2人の言い争いは続いていく。


「私は勝つための努力をして、貴方を下したいとひたすらに打ち込みました。貴方も男ならば、自分の墓は自分で作りなさい」


「イターリア……、言わせておけば!」


 普段口数も少ない彼女が饒舌に婚約者を煽り出し、普段はその英知を鼻にかけていた彼はその頭脳を良く使いもせずに右腕を伸ばした。

 よくよく考えれば直ぐに分かったはずなのだ、自分よりも身長が高く筋力もある人間に不用意に暴力を振るおうとすればどうなるか等答えが出せたはずなのに。

 伸ばされた腕をイターリアは掴むとそのまま壁へとテオドージオを突き飛ばし、自身の右手に魔力を込めて平手を彼の顔面スレスレに叩きつけた。

 パラパラと破片が零れ落ち、壁には見事にイターリアの手形がくっきりと残ったのだがテオドージオにはそれを感じる余裕などは残っていなかった。

 初めて婚約者の少女が振るった暴力の質に、自身が今までしてきた暴言ややろうとしていた打擲がお遊びにしか思えなかった。


「イターリア……、何を……」


「そもそも入り婿風情が調子に乗るな、家も継げない次男如きが」


 そう言うとイターリアはまだ魔力を纏ったままの右手を壁からテオドージオの顎へと移した。


「うちに必要なのは次代のヴィディルヴァ家を継ぐ男子だ、それを得るための子種以外は必要ない。例えば……、煩いばかりの口なんかは無くても誰も気にしない」


 そのまま力を入れた為、テオドージオの柔い顎の骨がミシミシと音を立てて悲鳴を上げる。

 くぐもったうめき声を上げるテオドージオをしばらく眺めていると、イターリアは手を離した。


「これからは立場を弁えて私に従え」


 そう吐き捨てるとエレウノーラの元へと歩き始めたイターリアは、頭を下げた。


「御見苦しい所を御見せしました」


「いや、構わない」


「少し、歩きませんか?」


 連れ立って歩く2人に、先ほどの喧嘩を遠巻きで見ていた学生達が距離を取る中でイターリアはエレウノーラに語り始める。


「あれからずっと考えていたんです、カミタフィーラ卿が語った人権と言う考えが何故世に広まらないのかを」


「答えは出たのか?」


「先ほどの事で分かりました、人は人を見下し、蔑み、嘲笑う、力で支配し、差別する。それが堪らなく楽しい」


 ニィっとイターリアの口が真っ赤な三日月を作り出し、歩き始めてから初めてエレウノーラの顔を見た。


「感謝します、カミタフィーラ卿。このような楽しみを教えて頂けて」


 そんなイターリアへエレウノーラはただ一言で答えた。


「そうか」

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