第25話 TS女騎士、帰郷する

「お頭ー!そろそろ村が見えますぜー!」


「だぁから頭って言うんじゃねえって言ってんだろ、殺すぞ」


「すんません!」


 スーノ人水夫を叱ると、首を引っ込めながら接舷準備のために行動を始めた乗組員達を眺めながらエレウノーラは海を眺めた。

 日は徐々に落ちつつあり、美しい夕日がこのまま眺めていれば見えるだろう。

 だが、まずは彼女には片付けるべき仕事というのが存在した。


「プカア男爵に会わねばな……」





「カミタフィーラ卿はよく連中を纏めれますな」


 ゲッソリとやつれたプカア男爵はエレウノーラを見るなりそう愚痴を零した。

 たった数ヶ月程度だというのに恰幅の良かった彼の姿は、スリムになっていて一瞬褒めそうになったが嫌味にしかならないと思い辞めた。


「纏める、と言うよりも慕われているですね。自分で言うのもなんですが、強さを見せつけてやれば従います」


「はぁ……、野蛮人への対応は難しいな」


 頭を振った男爵は椅子へと座り込む、エレウノーラは水差しに入ったワインを注ぐと自分と彼へとカップを置いた。


「彼らは戦士です、強き者に従うのはそうすることで生き残り、利益を得れるからです。そのうち戦になったら連れて行って略奪の1つでもやらせねばなりません」


「……それは、どうしてもか?」


「兵士は非生産層です、存在するだけで金と食料を消費します。兵士が稼ぐのは戦争で相手から奪わねばなりません」


 プカア男爵はため息をつくと頷いた。


「卿の部下だから私がとやかく言う権利はない、だが敬虔な聖十字教徒として言わせて貰うがそれでは天の国へはいけないぞ」


「【剣に生きる者、剣によって死す】と言います、それに……彼らは聖十字教徒ではありません」


「君の事を言っているのだよ、カミタフィーラ卿」


 ワインを一口飲むと、エレウノーラは微笑んだ。


「私にとって天の国はこの村です」






 プカア男爵とのこれから先の村運営に関しての話し合いが終わり、エレウノーラはマチキ村にある母の生家へと向かっていた。

 代官が来ている間はカミタフィーラ館は貸し出しているので、豪農である実家に身を寄せて貰っている。


「カッチャマー、帰ってきたぞー」


 大声を出して帰りを知らせるとドタバタと足音が近づいて来るのが分かり、ドアが勢いよく開かれると小さな少年がキラキラと目を光らせながら息を上げていた。


「ねーさま!」


「おー、俺の天使よ!元気にしてたか?」


「うん!げんきだよ!」


 弟、アメリーゴ・ディ・カミタフィーラが腕を伸ばすとエレウノーラは脇に手を入れて持ち上げ肩車をした。


「たかーい!」


「お前もいつかはこれくらいの身長になるさ、そしたら良い嫁さん貰うんだぞ」


「エレウノーラ様」


 頭の上にいる弟から意識を移すと、いつの間にか厳めしい顔つきの50過ぎの老人が立ってこちらを見つめていた。


「無事に御戻りになられて幸いです。このアダルベルト、出迎えにも行けず―――」


「爺様よ、家族なんだからそんな他人行儀な言葉遣いは止めてくれよ」


 カミタフィーラ騎士爵郎党筆頭にしてエレウノーラの母方の祖父、アダルベルトは皺だらけの顔を更に歪めた。


「主家の当主様と代理様の前ですので」


「あんたが本当にそれで良いなら、もう何も言わんよ。アメリーゴが世話になった」


 肩車をしていた弟を再度抱き上げると、祖父の腕の中へと渡したエレウノーラは肩をポンと叩くと家の中へと入る。

 痛々し気にその背中を見つめていたアダルベルトだが、目を閉じて息を吐くとそのまま後ろを追従し始めた。


「カッチャマはどうだ?」


「娘は昔を思い出して色々と働いております、ランベルト様と結婚する前に戻ったようで……」


「そうか、元気ならそれで良いんだ」


 ギィと、建付けが少し悪くなったドアを開けるとそこには一門の皆が集まっていた。


「エレウノーラ様!お帰りになられたのですね!」


「伯父上、戻ったよ。ジョン達は悪さをしていないかな?」


「この間、大物の猪を仕留めて持って来ましたよ。村の皆にもスープに入る位が渡るように分配しました」


 母の兄、エレウノーラにとっての伯父であるベニートが立ち上がり己が座っていた椅子を差し出した。

 カミタフィーラ家における家令のような立場の伯父であり文字と数字を読める教育を受けており、日々の細々とした仕事は彼の受け持ちである。

 彼の息子と娘、即ちエレウノーラの従兄弟にあたるアントーニオとブリジッタがエレウノーラを囲んだ。

 何かあった時に自分の身を盾にするためである。


「ありがとう、他に何か変わった事はあるかな?」


「スーノ人達が山に入って花を集め、花畑を作りました。そこでミツバチを誘って巣まで作りやすいように小箱を作りまして、蜜の採集が少しですが出来ております」


「ほお、蜂蜜か」


 蜂蜜と言えば高級品である、というか甘味全体がそうだ。

 砂糖などは遠く異教の地で栽培されておりそこの商人らが輸送費と人件費を上乗せするので高い。

 なんとか手に入るのが蜂から奪う形での養蜂による蜂蜜なのだ。


「良い商品が出来たな、領外に売り出そう」


「それですが、蜂蜜そのものでなく蜂蜜酒を作ると言っておりまして」


「蜂蜜酒か」


 蜂蜜酒の作り方は簡単だ、蜂蜜と水を混ぜて1週間程放置するだけ。

 滅菌処理していない蜂蜜には酵母が含まれているので、パン種を混ぜずとも発酵して酒になる。

 この段階では蜂蜜の甘みが飛んで、ビールのような苦みが増しているので別途蜂蜜を足して甘みを増やす。

 幾らか銀貨に化けてくれれば経営も助かる、エレウノーラは加工販売を決意した。


「エレウノーラ!」


「お、カッチャマ。戻ったぞ」


 母がやってきたのを見て、右手を上げると変わらぬその姿にため息をつかれた。


「少しは御上品になってるかと期待した私が悪かったわ」


 ハハハと笑ってやると、それにつられて家族一門衆も笑う。


「まあ、向こうでの話もしてやるさ。まずは食わせてくれ」


 祈りの言葉を捧げ、夕飯が始まると王都での話を色々と話してやる。

 特に従兄弟達が食いついてきた。


「伯爵様の御子息ぶん殴った!?」


「大公令嬢様の御茶会に出た!?」


「まあ、そんなこんなでヴィディルヴァ男爵家から感謝されて盾を貰ったわけよ」


 これ土産とでも言いたげに持って帰ってきた盾を机に置くとエレウノーラは言った。


「学園の壁に打ち付けるわけにもいかんし、ここで管理してくれや」


 その言葉にまたアダルベルトの眉間の皺が増えることとなる。

 破天荒さはどこへいっても変わらず、残る2週間を領地で過ごすとまた、エレウノーラはメイドのロベルタを連れて学園へと帰ることとなるが領地で溜まっていた請願や書類仕事は綺麗に片付けられていた。

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