第26話 TS女騎士、目を付けられる

「秋の大演習祭ねえ」


 学園へと戻り、暑い風から徐々に熱がなくなり出した頃にその行事はあった。

 各学年毎に別れて行われるトーナメントのような物だ。

 女子が多い学部は主に独唱や知恵比べ、男子は決闘や集団戦、そして何と言っても花形のジョストである。

 ジョストというのは騎士同士による騎乗槍試合の事であり、どちらが先に槍を当てて相手を馬から突き落とすかを競い合う。


「まあ、俺はやったこと無いけど」


 馬といえば農耕馬である、荷車代わりに鋤を取り付けて農民に引かれては土を掘り返す。

 当然、性格はおっとりというかのんびりというか、多少お馬鹿さんであったらそっちの方が有り難い。

 翻って軍用馬となると勇敢だ、少なくとも元来臆病な動物なのに騒音や追いかけて来る別の馬に怯えたりしない、そういう馬を選び怖がらないように訓練しているのでとかく金が掛かる。

 なんなら人間10人と比べてもまだ高い値段になるだろう、人間は安く使えるしなんなら使い捨てにもできる。


「カミタフィーラは何に出るんだ?」


 かつて殴り合った相手にしては仲良くなったグスターヴォが席に付きながらエレウノーラにそう聞いた。


「あんま興味無いんだよな、こういうの」


「エレウノーラさんは目立つからやっぱりジョストが良いんじゃないですか?」


 別の男子生徒が話に入ってきて進めたのは、馬上槍で騎士ならば名を上げるならばこれ以上無い舞台だと進めた。


「俺の名前を売ったところでな」


「それに、女子がジョストに出る事そのものが嫌がる偉いさんとか居るんじゃないか」


 あー、と聞いていた生徒数名が声を上げる。

 アシリチ王国はそこそこ開明的だと思っているが、やはり男子優先の風が吹いているのは事実であった。


「これ昼寝してたら駄目か?」


「駄目だろ」


「でも、エレウノーラさん出たら決闘とか優勝だろ」


 あーだこーだと色々好きな事を言い出すその有り様は、まさに学生時代の楽しい時間そのもので懐かしさを覚えたエレウノーラだが教室の外がざわざわと煩くなったのを視線を向けて何があったのかと確認しようとした。


「レトント伯子は居るか」


 金髪の長い髪をウェーブさせた貴公子然とした少年がそう声を掛けた。


「ファビアーノ王太子殿下!」


 グスターヴォが驚きの声を上げると共に、エレウノーラも含めた周囲の生徒は立ち上がり臣下の礼を捧げる。


「学園にいる間は同じ学友だ、そういった格式張ったことはしないでくれ」


「はっ……」


(なぁんで王太子が来るんよ)


 顔を下げていた為、歪んだ唇を見られはしなかったが許しを得て面を上げると無表情となり1歩下がりグスターヴォを前にした形となる。


「大演習祭なのだが、私が指揮する軍に入ってはくれないか?」


「お……、私がですか!?」


「武勇の誉れ高いレトント家に来てもらえればこれほど心強いことはない」


「光栄です、殿下!」


 感極まり、再度頭を下げたグスターヴォにある種の爆弾が投げ込まれるとはこの時誰も想像していなかった。


「しかし、そんな卿を打ち倒した剛の者が居ると聞いた。其の者にも入って欲しいのだがどこに居る?」


「その、殿下。御身の目の前に」


 横目でエレウノーラを見たグスターヴォと、それに釣られてファビアーノ王太子の視線が集まる。


(素直に答えてんじゃねえぞ)


 恨みを込めた目でグスターヴォを見るが、目を逸らされてしまった。


「この女が?そもそも何故女が第1に居る、普通は第2だろう」


「御言葉ながら、カミタフィーラ騎士爵代理は既に実戦も経験しており私如きでは歯が立たぬ程の武芸者で」


「カミタフィーラ騎士爵?聞いたことが無い、何処にある?答えよ」


 直答が許された事で、エレウノーラも1歩前へと進み膝を折ると腕を胸へと当てる忠誠を誓うポーズを取った。


「南部タイリア半島、南方大陸に近い海岸に3ヶ村で御座います殿下」


「先祖代々か?」


「我が父ランベルトが先の戦乱にて陛下より賜りました」


「ハッ、成り上がりか。道理で知らぬわ」


 ジロジロと頭から爪先まで眺めるとファビアーノは嗤う。


「まぁ、良い。レトント伯子に勝ったとなれば使い道もあろう。貴様も出仕せよ」


 そう言い残すと用は済んだとばかりに去っていき、その後姿をひたすら見つめるしか無かった一同はほうっと息を吐きだした。


「殿下はその、俺に隔意があるのか?」


「あの様子だと嫌ってはいるだろうな」


 エレウノーラの問いにグスターヴォは顔を顰めながらそう答えて、首を振ったのでどういうことかと他の生徒も苦々し気な顔つきをしては首を振っている。


「あの様子だと俺が女だって事と、成り上がりの貴族擬きって事に嫌悪感があるようだな」


「多分、ヴィットーリア様と上手く行っていないんだろうな……」


「顔がどれだけ良くてもああもキツかったらそりゃ上手く行かねえよ」


「おい、流石に不敬だぞ」


 肩を竦めるとあくびを1つしたエレウノーラは乾いた笑いを上げて、グスターヴォの瞳を見た。


「だろうな」

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