第92話 掌返し
不可侵条約がシャルル王の狂乱により無効と宣言したテアヌーキ貴族らの主張にフランヌーセ王国首脳部は頭を痛めた、なにせようやく安全が確保されたと胸を撫で下ろした矢先にこれである。特にエレウノーラの落胆は大きかった、落ち着いたらこっそりと抜け出して旅に出ようかと思っていたのを潰されたからだ。
「それで不可侵破り捨てた連中は?」
「今は動員し始めている様だな、高い金出して傭兵も集めている」
「自分の財布じゃなくて国庫から出すならそら、思い切って集めれるな」
エーリカが集めた情報をエレウノーラは精査し、大凡の侵攻時期を予想した。
「まあ、3か月以内か。態々待つ必要あるまい、手勢連れて俺が行く」
「手勢……、あのチンピラと乞食共か?」
「それがなあ、ナローの奴が使えるように仕上げたんだよ。俺も驚いたけどさ」
招集されたスラム住民兵達は訓練を積み、金の為とは言え互いに協力し合う事を覚えた。訓練で何処かが突出したら話し合って均等になるように訓練順位を談合する程度には。隊内での不協和と金銭欲の天秤を妥協したとも言えるが。
「流石に300は無理だろう、向こうは最低でも4000は居る」
「同じ場所に今は居ない、フランソワ!俺は先行してテアヌーキ地方に入る。お前はロプセイン軍を再編しヴィルヘルムと共に本隊として行動しろ」
「任されよ」
優雅に一礼したフランソワは踵を返し、会議室から出る。名目上の主であるエロディの許可を取ってから出ろとエレウノーラは思ったがそれは勝手に進めている自分も似たようなものかと苦笑する。
「合議制と言うことは突出した権力者は存在しない、各個撃破による戦力漸減作戦だ。数人程度の貴族軍を撃破すれば及び腰になる」
「目標は?」
「第一にドルボーだ、象徴たる王都を抑え心理的圧迫をかける。第二目標として南下しボーを制圧、ズートゥールの喉元にナイフを突きつける形にする」
手書きの地図を羽根ペンで指し示しながらエレウノーラは地図の北を指した。
「ハーラル公王にも出陣依頼を出せ、暫く戦に飽きる事は無さそうだと」
「またスーノか?」
「外部戦力で失っても惜しくなく、軍として信用出来るのは彼等だけだ」
「私らダークエルフは信用出来んと」
エーリカの問い掛けにエレウノーラは鼻で笑って答えた。
「用途が違う、お前達が調べ上げた情報で戦の勝ちが8割方決まる。人員は諜報に振り分ける、戦に出して無駄に死んで良い奴等じゃない」
「なのに信用していない」
意地悪く追加で質問したエーリカの顔を射抜くように見つめ、エレウノーラは言葉を紡ぐ。
「戦場で身軽な魔法が使える軽歩兵は信用しないが、国を勝利に導く間諜として俺はお前達を信頼している。スーノ人は信じて用いるが、ダークエルフは信じて頼る」
その言葉にエーリカは天を仰ぐとくつくつと忍び笑いを漏らした。
「お前は
「本心では有る」
「そう言う所だよ」
エーリカは犬歯を見せる笑顔を浮かべると音も無く部屋を去る、再び地図に視線を向け戦略を考えるエレウノーラにエロディが話し掛けた。
「皆、貴女を頼ります」
「迷惑な話ですな」
一言で会話を終わらせようとするエレウノーラにエロディは更に続ける。
「私よりも貴女が王として相応しかったのでは」
「そうやって人に責任を押し付けて陛下はどうなさるので?ジョルジュと幸せに暮らされますか」
押し黙ったエロディを尻目に地図を片付けるとエレウノーラは一礼する、ただ目は合わせなかった。
「私は、兄様達のように国を背負う事を求められる事は無かった……」
握りしめた拳を見つめ、大きく息を吐いたエロディは先程までと眼光の鋭さが異なっていた。
「私はもう、王なのだから。王とは国という船を導かなければならない」
「よもやシャルル様が押し込めにあうとはな」
「馬鹿しか居ないのさ、みぃんな目先の土地と金しか見てやしない」
座禅を組んだ老婆に巨体の老人、残された十二宝剣の残党【鉄壁】ベルトラン・ド・エワティポと【破岩】ドロテア・ド・ワフォが最近の騒動について話していた。
「それで貴様はどうする?」
「どうもこうも無いさ、3代御仕えしてきたんだ。もう義理は果たしたんじゃないかい?」
ドロテアがそう言うとベルトランも首肯する。
「然り、故に次に考えるのはどう振る舞うかだ」
「大人しく隠居しな、お互い50越えてんだ。神の御下に行く準備でもしてりゃあ良い」
ドロテアが修行の体勢を崩さぬままそう言うが、ベルトランはそれを否定した。
「何を言うか、乱世において力有るものが隠居などせぬわ」
「じゃあどうすんだい?」
「セナバロルを取る」
テアヌーキ王国の南、レネピー山脈を越えた先にあるタニャルーカ地方の都でありクランフ系が多い街である。ただ、すぐ南には緑三日月教国家が有りそれが不安要素として語られてもいた。
「そうかい、それでアンタは王を名乗ると?」
「戦乱とは素晴らしい物だな、10代続く名門王家が没し乞食が王となる」
ベルトランは嘲笑うと旧主たるロリカング家が既に落ち目と言い切った、騎士にあるまじき暴言である。
「なら好きなだけ王のように振る舞えば良いさ、だが僭主は長続きしないよ」
ベルトランはそれに答える事無く立ち去る、優に30年の付き合いも余りにもあっさりと分かたれてしまった。
(馬鹿しか居ないね、この世は。若い頃にプレステ・ジョアン王国を探したアタシが言えやしないけどさ)
ドロテアは大きく溜息を吐くと、大きく息を吸い込む。若い頃旅路の果てに東の大国・
「師父の思惑と違う使い方をしている不肖の弟子かね」
天と地の和、そこに人を入れ込むのが氣の目的と教えられた。極めた者は仙として人を超越すると、師はそうなったら千年は詩の朗読に費やすと笑っていた。自分は千年生きるつもりも無い、神に与えられた命は神に返さねばならない。
「まあ、最後の御奉公だけはしようかね。赤子に玉座は早すぎるよ」
すくっと立ち上がったドロテアは座っていた岩にこつん、と爪先を当てて飛び降りた。着地と同時に岩に
「王太后陛下におかれましては、心安らかに御過ごし頂き臣に御任せをば」
巨躯を折り曲げた壮年の男に、腕に赤子を抱いた美女は冷たい視線を向けた。
「良しなに……、父上様」
「父と御呼び頂けるとは歓喜の極み」
巨躯の男、グランクッド公は娘であり王太后のアメリと孫アルセーヌ王を見やる。シャルルを押し込め、孫であるアルセーヌを王位に付けたは良いが当然政務等出来る訳が無い。祖父であり有力者である自分が代理となるのは自然の事と主張し、大半の諸侯は受け入れた物の頑固な幾らかの貴族は今回の押し込め自体を非難している。
傭兵を集めてそれら反対諸侯を討伐し、余勢をかってパリスエスへと進むつもりだがそれにはまだ幾ばくかの時間が掛かりそうだ。
「夫は……」
「シャルル様は悪魔に憑かれております、腕の良い悪魔祓いを用意しておりますので」
少なくとも今直ぐ殺す気は無いとアメリは見当をつけた、禅譲してすぐに死ねば流石に味方となった諸侯からも離反者が出ると踏んだのだろう。独立独歩の気風が強い南部に強力な上下関係を構築する良い機会となったとグランクッド公は喜んでいた。
そのグランクッド公が立ち去ると、アルセーヌがグズり始めて女官達がアメリの下へと群がる。
「太后様、乳母が参りますので……」
「貴女達は私から夫だけでなく息子まで取り上げるの?」
その言葉に女官達はさめざめと声を押し殺して涙を流した、もう長く仕えてきた主の孤独をどうする事も出来ない無力さに打ちひしがれていた。
「これまで多々、恩は有れどこの様な仕打ち……。赦しませぬぞ、父上様……」
息子に乳を与えるために女官等に服をはだけさせられながら、アメリは父が去った扉を憎々しげに何時までも睨みつけていた。
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