第93話 三文芝居
テアヌーキ領内へと侵入したエレウノーラ以下中隊300名は休憩がてら今後の方針を伝達していた。
「ケツの重い連中を立たせるには領地を脅かせば良い」
「焼き討ちでもしますか」
ナローの提案にエレウノーラは首を振って却下した、代わりに提案したのは村民を追いやって城下へと避難させるという案だ。
「食料の負担問題で打って出ざるをえん」
「大貴族の下に集まる前に小貴族の部隊を潰すと」
「数的優位を確保しつつ敵戦力を減らすならこれくらいしかやれる事が無いとも言うが」
エレウノーラは顎を擦るとそのまま考えを纏める、周辺の村々を追い立て城に詰めさせる。その後は兵糧が尽きる前に行動しようとした零細貴族を幾らか攻め立てる……、しかしその次は?本隊到着を待つか?戦力に関してはその方が良いに決まっている、この所寡兵で大敵を討ってばかりだったが兵法としてはこれは下の下も良いところ……。本来なら最低でも同数であり理想は相手の3倍の兵力を持って戦う。大軍に策など必要無い、ひたすら進めば相手は滅ぶ。
だがそれも下策ではある、時間を掛ければ未だ臣従した訳では無い東クランフ辺境諸侯がどう動くか分かったものでは無い。
「やはりこの中隊が頼りだ、皆には無理をさせる事になる」
「どうかお命じ下さいませ」
ナローが頭を下げると、それを見ていた兵等も下げる。
「結論だけ言うならだ、内に潜り込むぞ」
その日、カナラ村と呼ばれる農村はいつも通りの朝を迎えた。鶏の声で起こされ農具を持って畑へ出る、仕事を熟して飯を食う……。何も変わらない、1年経とうが10年経とうがこれの繰り返しだと村人達は思っていた。その認識が崩れたのは体中泥に塗れ、息も絶え絶えな兵士達が助けを求めて来たからだ。
「スーノ人を手下に引き連れた大女の軍勢に領主様の弟御が討たれた!」
「お付きの従騎士の皆様も生きたまま皮を剥がされて悶え苦しんだ挙句に焼き殺された……」
「助けてくれて有り難いが、村は捨てて領主様の御城に向かった方がええ。こんな壁も無い村じゃひとたまりも無いぞ」
訓練を積んだであろう兵士にそんな事を言われると村人達にも不安が広がる、家や畑を捨てるのは嫌だが命あっての物種だし戦乱の世で荒らされるのは最早災害と同様で自分達でどうこう出来るものでは無い。兵士が言うように嵐が過ぎ去るまでは安全な城下に逃げるのが得策だろう……、とそんな光景が幾つもの村々で行われた。死んだ領主の弟とやらは両手の指では足りないだろう、最もそもそも居ないというのは御愛嬌だが。
100を超える村人が1つの村から出るだけでも食料生産ラインにダメージを受ける事となる、それが周辺の10を超えた村が捨てられたならどれだけの被害だろうか。
少なくとも、経済的体力の無い泡沫諸侯は耐えられない。城下の避難民らが身を寄せ合う姿を城主は忌々しげに眺めていた。
「あの土塗れの農奴共をさっさと帰らせろ!」
「お怒りはご尤も……、なれど流言飛語を流している賊の居場所を掴めておりません。これで被害が出れば更に領民の流出は収まりません、まだ城下に集まっただけ有り難い状況で御座います」
「グランクッド公が兵をお集めなのだ、要らぬ疑いも買いたくない。早う参陣せねばならん」
こういった状況での遅参はそれだけで御取り潰しの理由となると考えられていた、特に主君に嫁を入れたにも関わらず押し込めをするような人物には弱みを見せられないと必要以上に忠誠を示そうとしていた。
そうなると原因である賊は手早く始末し、村民を家へと返してドルボーへと向かわねばならない。
「斥候を出して物見を行わせます、見つけ次第閣下の主力にて粉砕頂ければ……」
「ならば直接率いて見つけよ」
城主の言葉に家老は頭を下げて下がった、あまりあれこれ言えば機嫌が悪くなる性分を知っているからである。多くを語らず実務を熟すべく総兵力120から斥候として20を率いた、街道を馬で移動していると300程の避難民とすれ違う。
その中にやけに背の高い女が居たのを目にして農村の出にしては珍しいと家老は思ったが、すぐに荒らし回っている敵を見つける為に馬を駆けさせた。
「行ったか」
「全て軽騎兵、斥候ですな」
「幾らか戦力が削れただけでも有り難いが、本丸の城がな」
平服に着替え、鎧は荷物に押し込んだエレウノーラと部隊は城を眺める。そう壁の高さも無いので登ること自体は苦労しない、門の前では番兵が2人交代制で朝昼夜と見張っている。
「弓は?」
「ここに」
「夜目は?」
「闇に紛れた蝿でも見えますよ」
「素晴らしい、夜半に城壁の見張りを射ろ。それまでに梯子を作るぞ、少人数に分かれて森に入れ」
森の中で静かに少しずつ伐採し、手持ちのロープで繋ぎ合わせた即席の梯子は3つ。選抜されたエルフ射手は長弓に矢を番えると胸元まで力強く引き絞る、既に標的は割り振ってありエレウノーラには見えないがそれぞれの射手は城門と城壁を警備している兵に狙いを定めると矢を放った。
「命中」
ボソリとエルフの中でも年嵩の兵が報告するとエレウノーラは頷く。
「よし、梯子掛けろ」
二人一組となって梯子を壁に寄りかかるように設置していく兵士達は素早く作業を終えると、殺された見張り兵の装備を剥ぎ取った。
その装備を4人が着用すると、部隊が分けられる。城門前に隠れて待機する隊と、城壁を登り城の内部へと入る隊だ。
「ナロー、待機部隊の指揮を取れ。もし、見張りの交代や偵察隊の先遣が帰ってきたら着替えさせた兵に対応させて油断した所を仕留めろ」
「お任せを」
「よし、潜入隊は俺の指揮下に入れ。城内に入ったらまず真っ先に門の解放だ、これは10人居れば出来るだろ。残りで兵舎の扉を開けられないように細工する」
指示を受けた兵達が行動に移る中、エレウノーラはナローの肩に手を置いた。
「城主は生け捕る、コイツを利用するが兵は要らん。対処はお前に一任する」
「畏まりました、私の手際の試験ですね?」
その言葉にエレウノーラは苦笑を浮かべる、頭も良いし察しも良い。病の後遺症が無ければナローはきっとロリアンギタ帝国に仕え、手強い敵となっていただろう。
「お前は本当に良い拾い物だよ」
「大将、兵舎の扉前に箱積み上げて塞ぎ終わりやした」
「良し、門は?」
「ちょいと手間取ってますが……、それでも開き始めてやす」
元々チンピラの元締めだったという、隊内では兄ィで通っている兵が副官代わりに報告する。
兵舎はワインの入った樽や、食料を入れた箱で塞がれており開けようにも時間が掛かるようにされていた。
「小細工はこんなもんで良い、3人残れ。門が開いたら案内、残りは組毎に行動しろ」
5人1組を基本の分隊とし、伍長の統制の下に行動する原始的な部隊行動が取れる程度には軍に慣れた志願兵達は城の内部へと突入する。
エレウノーラは兄ィの隊を指揮下に置き、城の上部へと階段を登っていく。大抵の場合、城主は異変を素早く見て把握するために上部に部屋を持つからだ。
途中に扉があれば音を立てないようにゆっくりと開き、内部の様子を探る。これまでに見つけたのは資産の保管庫や弓矢の置き場だった。
「もうすぐテッペンにつくんじゃねぇですかね」
「相当用心深いか、他人を見下したい造りだな」
最後の部屋が当たりであった、開いた部屋の中は蝋燭に火が灯されて椅子に座った男がワインの入った素焼きを傾けている。
「大将、俺らがやります」
兄ィがそう言うとスラム暮らしの頃から付き従っていた弟分達に目配せする、頷く4人はロープと布を用意して息を整えてから一気に扉にぶち当たり、その勢いのまま突進する。
「は!?何が!」
混乱して大声を出した城主の腹目掛けて蹴りが見舞われた、勢いに乗ったキックは椅子毎城主を倒すと痛みで飲んでいたワインを吐き出した。
「縛るぞ!」
「あにすうぅ!?」
「黙れ殺すぞ!」
藻掻く城主が起き上がらないように胸に膝を乗せて体重をかけると同時に猿轡を噛ませ、ロープで縛り上げていく様子は手慣れたものだった。
「何度かやってるな?」
「借金返さねえ馬鹿を掻っ攫った事が何度か」
兄ィはそう答えると、未だに暴れ続ける城主の鳩尾に拳を叩き込み気絶させた。
「ようやく静かになりやした、運びやしょう」
エレウノーラ達が城主を下へ運び終わると、城内に突入した中隊もそれぞれ寝込みを襲って捕虜にした家臣団や城主の妻子を中庭に集めているところだった。
「城内に誰か残っているか?」
「鼠だけです、使用人含め人間は全部ここに」
その報告を聞いたあたりで兵舎から騒ぐ声が聞こえた、確認の為に移動すると2つある兵舎の細工が破られたが既に布陣を終えていたナロー隊によって鎮圧され、武装解除されていた。
「無駄に血を流すのはお嫌いだと思いましたので」
事も無げにナローは言うと、兵士達に集めさせた鎧を着用させていく。
「帰って来る騎兵の対処も私がやります」
偵察に出ていた家老が率いる20騎はようやく帰ってきた城の姿に安堵した。
どれだけ探しても影も形もない敵に捜索を打ち切り、戻ってきたのだ。
「開門せよー!」
がなるような声で家老が叫ぶと、ギィと重い音を立てながら城門が開く。
馬を進めると歩兵が集まり正面・左右に分かれた、そして城門が閉まると門兵は外では無く内に留まったままだった。
「城主様に御報告がある!道をあけるの」
その言葉を言い終わる前に2人の歩兵が手にした槍の石突によって胸甲を押された家老は鐙に足を掛けたまま、落馬する。
「だぁ!?」
変な体勢のまま落ちた事で両足を捻挫し、背中から落ちたので一瞬息が出来ずに咽た家老は微かに反乱、謀叛等といった単語が聞こえたが起き上がろうとした瞬間に上から叩きつけられた何かに痛みの声を上げる。
何度も何度も槍の柄の部分が振り下ろされ、家老だけでなく同じように落馬させられた騎兵らは頭を守る為に赤子の様に体を丸めて手で防御する。
暫く痛めつけられて身動きも出来無い位にされた偵察隊の前にドサリと、城主が縛られたまま捨てられる。
「よく聞け、言う通りにすれば命も財も助けてやる」
背の高い女の低い声が響き、太陽の日を隠すように立った。
言うまでもなく指揮官であるエレウノーラだ、彼女は獰猛な笑みを浮かべると条件を出した。
「軍は解散、ドルボーには俺達が同行する」
城主と家老を馬に乗せ、部隊の中央に配置させ奪った馬に兵士を乗せて逃げてもすぐに追えるよう取り囲んだエレウノーラ隊はついに王都ドルボーに辿り着いた。
「さあてさて……、お分かりと思うが男爵。余計なことを一言でも喋れば首から上はこの世から無くなると思えよ」
「わ、分かってお……いや、います。余計なことは何も……」
「宜しい、では行こう」
リンカーはパリスエスに置いてきた為に徴発した馬に乗ったエレウノーラは、城主……爵位は男爵だったがこれ以降も城主と呼ぶ。
城主の肩を力強く掴むと青かった顔が白み始めた、暇つぶしに握力だけでクルミの殻を割ったのを見て以来とても協力的になった。
「止まれい!何者か!」
「クスネン城城主のオーギュスト・ド・クスネンである!グランクッド公の御加勢に兵300を連れて参った!」
すぐ横に馬を付けたエレウノーラがドルボー守備兵に見えないようにナイフを城主の脇腹に添える、つう……と城主と家老の背筋に冷や汗が流れた。
「ち、遅参せぬようにと強行で来たゆえ兵を休ませたい!許可を!」
「……クスネン卿!よく参られた!都へようこそ!」
城主は役目をやり遂げて思わず馬の鞍の上で粗相する、恥ずかしさもあるが生き残れた感動の方が大きかった。
「良くやった、まあ騒がれたら不味いんで縛らせて貰うがな。明日になれば宿屋の主人が気付くさ、そん時は俺等はもう居ないが」
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