第91話 西クランフ王シャルルの憂鬱

 テアヌーキ王都ドルボーでは商人らが常に忙しく商品を並べたり、品物の真贋目利きをしようと眺めている。

 その港街を見下ろすような小高い丘に王城たるドルボー城があり、その主であるシャルル・ド・ロリカングは鬱屈な思いを吐き出した。


「傭兵の賃金が高いねん」


 南部訛りのキツい喋り方は彼の母がこの街出身であり、自身も幼少より南部出身貴族らに囲まれていたので自然とこうなった。


「阿呆のシミオンめ、いらん事して兵力減らしたせいで俺がせっつかれるやないかい。要らんねん、パリスエスもクランフフルトも……」


 商業が盛んなドルボー・ズートゥールを擁するテアヌーキ王国では現状で上手く行っている、下手に領土拡大して統治に金を持っていかれたくなかった。彼の願いはただ1つ、大好きな金貨と銀貨に銅貨が国の経済で回り続ける事だけだ。

 領土拡大して配下貴族の発言力が高まるのも嫌っている、現状維持。それこそが大国ロリアンギタの王太子だった青年の本質。


「アカン、国庫が死ぬぅ!」


 その青年は現状維持とは真反対のダイナミックな資産変動にのたうち回っていた、東クランフ王国との小競り合いに使う傭兵の雇用費が高まり続けていたからだ。


「いや死なへん!俺が死なさへん!ああ〜、なんでこんなめんどいんよも〜!ラナバに嫁いだメリュジーヌは金の無心してくるし〜」


 上げられた決裁を処理していく中でシャルルの愚痴は止まらない、問題となっている傭兵雇用費高騰は南部のベイアリ半島で行われている宗教戦争で聖十字教国家側がどんどん傭兵を募っているからだ。

 ベイアリ半島北部山岳地帯にあるラナバ王国では戦争していないが、それでも緑三日月教国家に対して防備を固める為に壁が築かれており、嫁にやった妹のたかりはこれが原因だ。


「あ〜、金が逃げてくぅ……」


 長年蓄えた国庫が寂しくなるのを己の血肉が減るが如く悔しがるシャルルだが、数日後に驚愕の知らせが届いた。

 末の妹エロディが率いる国がシミオンの軍を破り降伏させた。異母弟妹への関心の薄いシャルルではあるがこれには驚いた、女がこんな事を出来るとは思いもしなかったが故である。

 兎も角、これで軍事的に圧力が減ったのをこれ幸いとばかりに傭兵の解雇を進める。

 国防の為に必要な人数を残し、多少なり色付けした契約期間満了分の金を渡して穏便に去って貰う。平時の傭兵とは少しばかりお行儀の良い山賊みたいな物だ、出来る限り激高させない様になだめすかして追いやるのが一番である。

 それから数日して、くだんの傭兵共がテアヌーキ領内へと数を減らし手傷を負って戻って来た。曰く、統制の取れたエルフと人間の混同軍に蹴散らされたらしい。パリスエス方面で略奪に勤しもうとした所を強襲され過半数が討ち取られた、と。

 情報を聞き出した傭兵達は保護と称して郊外の兵舎に寝かせ、夜半に殺す様に命じたシャルルは情報を集める様に自身の諜報組織である【諸国御伽収集衆】へと伝えた。

 それから更に1週間、近場のパリスエスであるならばある程度の報告が出るだろうと待っていてもなんの音沙汰も無い。

 マスターたる語り部と呼ばれる老年の男を呼び出すも、返ってきた答えは。


「差し向けた収集衆の塩漬けの首が今朝方届き申しました」


 その答えに暫しシャルルは瞑目した、別にスパイ達の死を悼んだ訳では無い。これまで掛けてきたコストに見合わない組織をどう扱うかを決め悩んでいた。


「これ以上は送んな、向こうが上手や。損切りせな」


「畏まりました」


 小娘相手だからと実地研修気分で若手を送ったのがいけないのか、それとも本当に相手が上手なのか。情報が得られない以上はどうする事も出来ない、現実として知れているのは武力を高めていた東クランフを降した事くらいだ。それを思えば確実に相手は自分達よりも強い。


「なんや爪でも隠しとったんか、エロディ……。なんやかんや言うて親父の血を引いとるこっちゃな」


 実際にはエレウノーラが総指揮、現場指揮はジョルジュとフランソワなのだがシャルルは勘違いを起こした、ゼロから想像しろと言うのは無茶なので致し方ない部分はあるが物語の英雄譚の様に亡国の姫君が眠っていた才覚で国を起こしたと思うと笑いが込み上げてくる。


「今更欲でも出たんか?まあ、好きにしたらええわな。テアヌーキにちょっかい出さんかったらどうでもええ」


 暫し思考の海に溺れたシャルルは右筆ゆうひつを呼び出した。


「エロディに文を出す、会談要請だ」






 準備期間に2週間程の時間が流れ、かつて十二宝剣に姉妹を輩出した旧ジューアン公領へとシャルルとエロディは向かった。ジューアン公はパリスエス陥落後の内戦とスーノ人による襲撃にて族滅しており誰も手を出していない空白地帯となっていた、廃城と化したジューアン城を会場とし兄妹は話し合いの場を整える。


「フランヌーセ女王エロディ1世、か。随分と出世をしたな、妹よ」


「御兄様、私もなろうと思っていた訳では……」


「意思等関係無いよ、特に王族の血に連なる人間にはね」


 言葉を交わしても違和感が有る、【これ】が纏められる訳が無い。乱世とは女の細腕で渡れる程柔ではないのだから、そう思いチラリと護衛の騎士を見る。旧十二宝剣のジョルジュ・ド・ロンクリン、成る程軍はコイツが指揮していたか。その名を使えばある程度兵は纏まろう、だがしかしエルフやドワーフまで兵として居るのはおかしい。

 直接的な交友等無かった人種を傘下に収めるのは至難の業だ、そんな器をこの騎士は持っていない。

 もう1人の背の高い女騎士はつまらなそうにボンヤリと窓の外を眺めていた、如何にも女騎士らしいその場の賑やかし程度でしか無いかと思っていたシャルルはその女騎士の晴れた海のような青い目と視線が合った。

 瞬間、シャルルの背筋に稲妻が落ちたような衝撃が走る。

 コイツだ、全ての下手人はこの女だ。シャルルが普段商品の良し悪しを見極めてきた審美眼は人間の質もある程度見分ける事が出来るようになっており、その経験が過程をすっ飛ばし結論づけていた。


「……何か?」


 一国の王に対するには余りにも不躾な一言、事実シャルルが連れてきた護衛の騎士は剣に手が掛かっている。


「止めろ!……いや、何でもない」


 シャルルがそう言うと女騎士はまたつまらなそうに窓の外を眺め始めた。


(これはどうにもならん……、手勢も殺られるな)


 たった1人が恐ろしい、そんな初体験をシャルルは誰に言うとも無く味わうとエロディに話を切り出した。


「不可侵条約だ、互いに槍を交えぬと誓い合おう」


「よ、宜しいのですか……?」


「シミオンに勝った者らと争いたくない、生き残りの十二宝剣同士を戦わせるのも無駄であろう」


「私以外に生き残りが?」


 思わず聞いてしまったジョルジュに、シャルルは肯定する。


「うむ、【破岩】と【鉄壁】の2人だ」


「ベルトラン卿は兎も角、ドロテアの婆さんも生き残ったのか……」


 ジョルジュは思わずと呟き、エレウノーラが尋ねた。


「そいつらは?」


「鉄壁ベルトラン、破岩のドロテア……。席次としては中位だが両名とも首席のギヨーム卿と同期でな、ベルトラン卿はこと防衛戦においては無類の強さを誇っていた。まあ、あの時は戦線が多すぎてどうしようも無かったが……。ドロテア卿は格闘の達人だ、指一本で岩をも砕く」


 ふーん、とエレウノーラは聞いておきながら興味なさそうに首を上に向ける。事実として関わることが無いであろう人間の話を聞かされて何か感情移入しろというのも無理もないことではある。


「それで、答えは?」


「勿論です、不可侵条約を締結致しましょう」





 会談を終え、ドルボーへと戻ったシャルルにはさらなる厄介事が舞い込んで来た。パリスエス方面への領地拡大を画策し獲ってもいない狸の皮算用をしていた諸侯らからの突き上げである。


「なんで不可侵なんぞ結んだんですか陛下!こっちより兵数少ないんなら攻め込んでしまえばええやないですか!」


「せや!なんなら会談で取っ捕まえれば楽に終わったんとちゃいます!?」


 好き勝手に言い募る配下諸侯にシャルルも青筋を立てて言い返す。


「阿呆お前、そないな野蛮な事してみい!誰も国外貴族は俺ら信じへんくなるわ!ほんで東クランフを圧倒した言う事実から目ぇ背けんなや!」


「そうやって消極的やからタイリア方面の諸侯も見限ったんとちゃいます!?銭の勘定だけしとっても土地は増えへんのですよ!」


「なんやワレ、俺のやり方に文句有るんかい!」


「土地増やせれへん王に価値無いんじゃ!」


 この様な罵り合いは王権が低い事の現れである、絶対王政でない国家において王とは諸侯の代表でありなんとなれば、離反独立が行われる。

 軍事力で纏め上げていたロリアンギタや東クランフはなんとかなっていたが、商業が強い西クランフ王国ではそれぞれの諸侯の力が強く旧主の顔を立てる程度の認識でシャルルの戴冠を認めていた。

 そのシャルルが利益を出すような事をしないのであれば、諸侯らにとってももう敬う必要等無くなった。



 西クランフ王国シャルル王、家臣等の謀叛により主君押込により強制退位。玉座には産まれたばかりである息子、アルセーヌが即位し赤子である事から有力貴族の合議による政治が行われる事となりその最初の決議はフランヌーセ王国と交わされた不可侵条約の無効宣言であった。

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