第44話 TS女騎士、騎士団長と戦う
「いよいよ決勝か」
控室で休息を取りながら落ち始めていく太陽を眺めていたエレウノーラは独り言た。
これを勝てば賞金が貰えるのだ、それを元手に隣接する領地へ続く道路を整備する計画が頭の中で蓄積され始める。
税を上げること無く公共事業がやれるなら、冬場の領民達の稼ぎとなり春には貯めた金を放出するだろう。
経済の流動性を高めるためにも己は勝たねばならないとより一層決意する。
「準備お願いします!」
係の人間が声を張り上げるとゆっくりと立ち上がった、栄光など興味もない栄達も求めていない。
ただ一族郎党領民の暮らしが楽にしたいだけだ、其の為なら近衛騎士団長を泥に塗れさせる事など良心の欠片も痛むことなど無かった。
所詮、ここでしか会わない他人がどれだけ傷付き名誉が落ちようともエレウノーラにとっては知ったことでは無かったからだ。
夕暮れの中、相対した長躯に金髪が輝いて見える男がオルランドなる騎士の長。
ふっと笑うとエレウノーラに話しかけてきた。
「決勝まで勝ち上がるとは素晴らしい腕前だ、どうだ近衛に来ないか?」
「弟が成人して領を継いだら貴族籍外れるので」
「帝国騎士とトーナメント荒しを降せる腕前を腐らせると?」
「俺位の騎士なんざ履いて捨てるほど居るでしょう」
その言葉を聞くと、オルランドは堪えきれずといった風に笑った。
「自己評価が低いなあ!もっと自分を誇り給えよ!」
「はあ」
気の無い声を出し、困惑するエレウノーラに更に話しかけようとするオルランドに審判が咳払いして注意する。
「もっと話していたかったが時間も押しているらしい、今年一番強いのがどちらか決めようじゃないか」
双方とも長剣を構えて相手を睨みつけた、エレウノーラは上段の構えをオルランドは正眼の構えで相対する。
暗くなる前に決着をつけたいという両者の思惑は、言葉を交わしていないにも関わらず一致しており防御を捨てて攻撃的なスタイルを選択させていた。
「ゼェア!」
「ハァ!」
足を止めての剣戟戦、刃引きされているとは言え重量のある剣同士が激しくぶつかり火花を散らし合う。
「ハハハ!!良いぞ!闘争こそが最高のコミュニケーションだ!剣が衝撃を受けるたびに相手の事が分かっていくようだ!」
「俺はアンタの事何一つ伝わって来ねえよ!」
一歩力強く踏込み剣を縦に振りぬいたエレウノーラだが、その一撃はバックステップで避けられる。
激しく息を整えながらオルランドはギラつき、血走った目でエレウノーラを見つめてエレウノーラもまたカミソリの如く鋭い目で睨み返した。
「これほどの原石が学園にあったか!素晴らしい、是非に近衛に欲しい!」
「だぁから貴族籍抜くから無理つってんでしょうが」
「勿体なさすぎる、何故自ら宝を捨てるような事をする?」
これが息を整えるための時間稼ぎに過ぎないと分かってはいた、だがそれでも問われたからには答えを返さなければならないとエレウノーラは感じていた。
「俺は自分の器が大きくないと知っている、器を超える水を入れた所で意味が無い」
「器の大きさは器自身には見えぬものだ、卿は己をコップと見てるやもしれぬが外から見たら湖だったらどうする?」
剣を握りしめ直し、エレウノーラは真っ直ぐに構えた。
「その時は、川へと水を流し村に届けるさ」
再度双方が踏み込み剣戟が再開され、夕暮れの中影が伸びていく。
散らばる火花、汗……。
一際大きく振りかぶった剣が鍔迫り合いへと移り変わり、エレウノーラとオルランドは魔力を用いて筋力を強化して押し込みあった。
「本当に素敵だ、私が押し負けるなど初めてだ」
「戦ってる最中に気色の悪い!」
頭を後ろへ振りかぶり勢いを付けてエレウノーラは頭突きを見舞うが、オルランドはそれを額で受け止める。
衝撃でオルランドの踏みしめた両足が同時に後ろへと滑り、額からは鮮血が散った。
「強き者は名を上げるのが義務だ!名を上げるならば近衛が1番では無いか!」
「弟が継ぐまでの中継ぎが名を上げたところで意味が無いだろうが!」
最早煩わしさをも感じ始めてきたやり取りを打ち切ると圧力を強めたエレウノーラは一気に片をつけようとしたその瞬間、ふわりと浮遊感が彼女を襲った。
(こいつ!この場で身を引きやがった!)
理解した瞬間、不安定な状態でも地面を蹴ってローリングのように回避した頭部目掛けて剣が振り下ろされた。
ガツンと瞼の裏で星が飛び交う、しかし気配を頼りに足払いを掛け見事にオルランドを転けさせると頭を殴りつけて無理矢理覚醒させる。
「ひっさびさに痛いって思ったわ!」
「さあ!まだやれるよなあ!?」
「もうやりたくねえわ!」
飛び込み、乱打戦へと移りその中で剣だけでなくお得意の膝打ちがオルランドの土手っ腹に打ち込まれたかと思うとオルランドもまた剣の柄でエレウノーラの側頭部を穿ち抜く。
そこには騎士としてよりも、生と死の狭間で狂う獣の如き有り様であり日が完全に落ちたその瞬間双方の一撃が首へと叩き込まれて崩れ落ちた。
「素晴らしい……、夢のような一時だ……」
「頭可笑しいんじゃねぇの……」
「戦場で遊べばこうもなるさ……、だが流石に歳を食ったのが分かる。足が痺れてきた」
「そうかい……、そんじゃあ……勝ち星拾わせてもらうぜ」
剣を杖代わりに地面に差し込みながら、足に力を込めて一気に立ち上がり血が引いてフラリとしながらもエレウノーラは拳を天へと突き上げた。
エレウノーラ・ディ・カミタフィーラ、トーナメント優勝の瞬間は歓声も拍手も無い静謐とした物であった。
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