第43話 TS女騎士、遍歴騎士と戦う
「スゲエな、カミタフィーラ」
「あのフランソワという騎士、かなりの腕前だったのでは?」
グスターヴォとクラリッサのカップルがエレウノーラに尋ねると肩を回しながら答えた。
「今までで戦ったやつで1番強かった、受けに回ったやつは今まででふっ飛ばしてたんだがあいつは力を流水のように往なす」
「下級貴族の出と侮らない方が良さそうだな」
「でも、そんな強い相手を下したんだから後は大丈夫なのでは?」
クラリッサの問いに答えたのはグスターヴォだった。
「そうもいかん、順当に行けば次にカミタフィーラが当たるのはアルブレヒト・ツー・レイオンブルク。コイツは各地のトーナメントを総嘗めしている猛者だ」
「そいつを倒したら最後に当たるのは近衛騎士団長殿ですな」
その答えにクラリッサは口元を手で覆った。
「勝てますか?」
控室入口からヴィットーリアが声を掛ける、その隣にはイターリアとテオドージオが居た。
「優勝賞金が欲しいので全員土に付けます」
「そこは名誉とか言えよ、カミタフィーラ」
「金貨300枚だぞ!うちの税収50年分だ!領民のために俺は勝たなければならないんだよ!」
「あの、軍馬も有ると聞いているのですが」
「うちじゃ飼えないので売る」
イターリアの遠慮しがちな質問にバッサリと答えると気合を入れ直したエレウノーラは水を含んだ。
「それじゃあ、そろそろ時間だから行ってくる」
のしのしと歩いて行くエレウノーラを5人は見送ると誰共なしに呟いた。
「本当に騎士なんだろうか」
「皆様!お待たせしました、準決勝はトーナメント荒しことアルブレヒト・ツー・レイオンブルクと、大会の暴風雨となるか推薦者エレウノーラ・ディ・カミタフィーラ!」
歓声が上がり、賭けを行っている者達が野次を飛ばす。
(軽装だな、鎖帷子に鎧下。武器は短剣2本……)
アルブレヒトを観察すると随分と身軽なのが見て取れた。
獲物は標準的なダガーと突きを主軸とするスティレット、両方とも刃引きされスティレットに至っては尖っておらず唯の鉄の棒だ。
(内に飛び込まれると厄介だな)
長剣を握りしめるとどうするかを考える。
まず、大前提としてリーチはこちらが有利でありそれを活かす間合いを心掛けねばなるまい。
懐に入りこまれたら実戦なら、剣を捨てて拳で対応するが大会のルールで武器から手を離せば失格負け。
とはいえ、短剣2本で己の長剣を止めれる訳もなし。
普通に戦い、普通に勝つ……出来れば誰も苦労はしないしこいつも各地でトーナメント荒しと呼ばれはすまい。
(メインは突きだな、振り込んだら回避して突っ込んでくる)
戦法は決まった、後は戦いの中で修正するしか無い。
試合開始の鐘がなった瞬間、アルブレヒトは俊足でもってエレウノーラの内に飛び込もうとするが連続した突きにより寄せ付けない。
足を止めて戦うのは悪手だが、足の早い相手を追いかけるよりも迎撃するほうがまだマシと判断した。
(やっぱり早いな、普段はスピードで撹乱して短剣に毒でも仕込んでるか?)
実戦でどのように動くかを考え、相手の思考を読んでいくが自分のような耐久のある相手にどうするかというと薬に落ち着いた。
だが、トーナメントで主催者が渡すのは模造品なのでそこは心配する必要は無いだろうし、となるとエレウノーラがやるべきことは1つ。
(こいつの足を止める)
戦法を定めたエレウノーラはまずは接近するために、ここで初めて自分から動いた。
瞬発力は負けてはいるがスタミナは勝っている、となればやるべきことは1つ。
ひたすらに追い続けてアルブレヒトが疲労した所を討つ。
そもそもシンプルな決闘方式で策を練ろというのが無理な話である、油断を誘って近づいてきた所をと思っても油断させるまでの段階で一本負け判定を取られたら元も子もない。
「───追ってくるか」
ボソリとアルブレヒトが呟くと更に速度を速め、エレウノーラを突き放しにかかる。
だがそれでも別に構いはしなかった、結局の所体力を使い切らせたいのでありこれで疲れてくれるのならば距離を今より離されてもなんということもない。
ひたすらに追い、逃げるを繰り返す事どれ程経っただろうか。
少なくとも観客からブーイングが聞こえだした頃、事態が動いた。
逃げるアルブレヒトの足が遅くなったのを見逃さず、エレウノーラは力強く地面を蹴った。
水平に振られた長剣を頭を下げて回避したアルブレヒトは回し蹴りを見舞う。
革鎧と腹筋を固めたエレウノーラの腹に蹴りが入ると、土の地面の比ではない硬さに困惑しながらもアルブレヒトは反動を利用して距離を取ろうとしたが伸びた足へとエレウノーラの膝が叩き込まれた。
当たった場所は左の踵で、ミシリと嫌な音がアルブレヒトのブーツの中から響いた。
「グッ!」
「ようやく足殺せたみたいだな、今までお前のスタイルに付き合ったんだ。これからは俺のスタイルに付き合ってもらうぞ」
クルリと長剣を回転させ、顔の真横へ垂直に構えたエレウノーラにアルブレヒトは無言でスティレットを突きつける。
片手で素早い突きを連発するが、全てエレウノーラに届く前に迎撃されついには手元から弾かれ地面へと落としてしまう。
もう片手にダガーを握りしめているため失格にはならないが、元より防御用の性格が強い持ち方だ。
実質戦闘力喪失ととっても良かった。
故に、アルブレヒトは再度懐に入り込むことを選択した。
負傷した左を庇いつつ、右足で踏み込み一飛びで接近するもそこへ合わせたカウンターの斬りつけを無理な角度で転びながらも避ける。
しかし、完全に機動力が死んだ状態のアルブレヒトへエレウノーラのスタンプが飛ぶ。
狙いは左足、先ほどの回避で一瞬の隙を晒したアルブレヒトの足は完全に踏み砕かれた。
「───!!」
叫び声を噛み殺しながらも右足でエレウノーラの足を払おうとしたアルブレヒトだが、ガッチリとキャッチされ足首が握りしめられた。
「ギブアップするなら、右は勘弁してやる」
「……」
少しずつ力を籠められるエレウノーラの左手をじっと見ながら、アルブレヒトはか細い声を出した。
「……棄権する、司祭を呼んでくれ」
「降参だとさ!」
その言葉でエレウノーラの決勝進出が確定し、アルブレヒトは司祭と助祭から治癒の奇跡を受けることとなった。
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