第52話 TS女騎士、決闘裁判に出る

「双方準備は宜しいか」


「応ともさ」


「ここで否という馬鹿は居らんだろう」


 エレウノーラはそう言いながらもこの舞台上に上がるまでのことを思い出す。



「実際どうなんですか、勝てるので?」


「教会が俗世の事を気にすることは無いだろう」


 エレウノーラの言葉にエミリオが顔を顰めたが、気にすること無く彼女はブーツの紐を固く引き締める。試合会場である学園の稽古場へと向かう途中で話しかけられたが顔を合わせるのも嫌だったので準備と称して足元を弄っていた。


「貴女に勝って貰わねば聖女様が王子と婚姻関係となります、それだけは避けたいのです」


「お前が四六時中見てりゃ問題無かったのにな」


 チッと舌打ちが響き、そこでようやくエレウノーラはエミリオと顔を合わせた。


「いつも通りスカして見てな、どうせそれしか出来ない身分なんだからな。俺は恩有る大公令嬢の為に戦うだけだ」


 そうして道を歩いていくと、クラスメイト達が迎えてくれた。


「カミタフィーラ」


「グスターヴォ、クラリッサ嬢、イターリアとテオドージオ」


 婚約者同士で固まりながらも二組のカップルの空気は違った、グスターヴォとクラリッサは手を握りながら寄り添い心配しているがテオドージオとイターリアは距離を取りイターリアの後ろにテオドージオが下がり興味なさげだ。


「私はカミタフィーラ卿が勝つと信じておりますよ」


「有り難う、イターリア」


「確かに去年のトーナメントでは勝っているが……」


「何、本気の騎士団長がどの程度か見てくるよ。グスターヴォ」


 肩を手で叩かれたり、背中を押されたりとする中で視線を感じた先には聖女シルヴィアが居た。

 何か言いに来たのだろうか、それにしては距離が遠い。

 頭痛でも感じているのか、厳しい顔つきで頭を抑えて声を発さずに口を開いた。


 ───お願い、勝って


 それだけ口を動かすとシルヴィアは走り去った、エレウノーラはそれをじっと見つめながらも不思議に思う。


「あの子も何がしたいのやら」


 そうしてやって来た試合会場、そこでは顛末を知ろうと多くの生徒らが見物に集まっていた。


「試合の審判はパペリーノ先生にお願いしてある」


「……審判役のカッリスト・ディ・パペリーノだ」


 俯きながらそう言うと、互いの装備を確認する作業へと入った。

 得物は双方長剣を使い、オルランドは総金属鎧に対しエレウノーラは革鎧であった。


「双方準備は宜しいか」


「応ともさ」


「ここで否という馬鹿は居らんだろう」


 互いに剣を握り合い、睨み合いながらその時を待つ。


「では決闘裁判、始め!」


 開始の合図とともに激突する両者は鍔迫り合いとなり、押し合いを続ける。


「正直な所殿下の裁判なぞどうでも良いのだ、卿とこうやって戦えるのだから」


「そうかい、俺はあんまりだ!」


 力いっぱいに振り込んだ剣をオルランドは引く事で回避すると、突きを放ちエレウノーラの眼前へと迫るが左に半身となることで避けるとそのまま突っ込むと剣に己の顔が反射していた。

 逆袈裟で斬りつけるがそれをオルランドは素早く手元に引き戻した長剣で弾き返す。

 それだけに留まらず、オルランドは腹部目掛けて鋭い蹴りを放つとエレウノーラは革鎧が受け止めたとはいえ無理矢理に息を吐き出させられ体勢が崩れるがそれでも顔を跳ね上げた。

 その瞬間、オルランドの剣が鼻先を掠めて薄く斬られた傷口から血が滲む。


「鼻を削ぎ落としておきたかったんだがなあ」


「その程度で萎えるとでも?」


 血を親指で拭いながらエレウノーラは笑うと、上段の構えで長剣を構える。

 オルランドは正中に構えて迎撃の用意を行った。

 打ち下ろし、斬り上げ、突き、横胴薙払いを防御されても果敢に攻め続ける。

 オルランドの側も防御しきれない分は金属鎧にぶつける事で火花を散らすも目立った傷は無かった。


(チッ、やっぱ剣で金属鎧は分が悪い)


 幾度か叩いた感触に鎧部分では意味が無いと判断し、狙いを別の場所へと変える。


 顔面目掛けて打ち下ろした長剣を安々とオルランドは防いでみせた。


「まだ装甲の薄い兜を狙うか、それしか無いだろうな」


「さあて、やりようは幾らでも有るんでね」


 攻守入れ替えを何度も繰り返し、エレウノーラに生傷が増え始めだしても彼女は頭狙いを止めず弾かれては反撃を躱しそこね浅い手傷を負っていた。


(彼女程の腕の持ち主がこんな馬鹿正直に一箇所のみを狙うか?それとも金属鎧相手では太刀打ち出来んか?)


 オルランドは長剣を横に構えて、頭部への攻撃は兜に委ねて衝撃を受けるとエレウノーラの胴へと薙ぎを打った。

 バサリと革鎧が落ちて、確かに当たった感覚はその鎧の物でエレウノーラ本人は布服のみとなった体を半身にして剣を真っ直ぐにオルランドの右肘の内側の鎧の関節部へと突き立てた。


(しま───)


 ズブリ、と肉に沈んだ鋼がクルリと手首の動きで回転し筋が絶たれた事でそれ以上物を持つことが出来なくなり剣を落とした。


「これで終わりだ、そうだろ先生」


「いや、本人がまだ降伏していないので続行だ」


「右が潰れてもまだ左が残っている……、そうだろう?この程度で戦いを止める理由になどはならない」


 左手一本で構えるとオルランドは不敵に笑った。


「そうかい」


 そうして再度剣戟が繰り返されたが、両手で互角の両者で片腕しか使えなくなったオルランドの戦力は落ちていることは明白だった。

 握りの甘さはどうしても片手で利き手では無いとなれば出てしまい、三度の激突を経て弾き飛ばされた。


「これで───」


「後ろ!」


 シルヴィアの叫び声に反応したエレウノーラが振り返ると剣を振りかぶったファビアーノが居り、咄嗟に飛び去った。


「審判!今の反則でしょう!?ファビアーノの反則負けで良いじゃない!」


「ヴィットーリア嬢、ルールでは代理人が戦えなくなったなら本人が出ても構わないので……」


「構いませんよ!御令嬢!不意打ち影打ち騎士の習いだ!そうでしょう、殿下」


「……」


 何も言わずに構え直すファビアーノにエレウノーラは笑いかけた、しかしそれを無視してファビアーノは斬りかかる。


「ただ、不意打ちやっておきながら仕留められなかった時点で三流な訳だがね」


「貴様!」


 エレウノーラの嘲りの言葉にファビアーノが激昂する、その姿に更にエレウノーラは挑発する。


「そんな殿下にハンデだ、俺はこのまま剣を納めよう」


 パチリ、と長剣を腰の鞘へと納刀するとヘラヘラと笑い出す姿にギャラリーですら顔を白くした。


「減らず口を!」


 上段からの振り下ろし、それをエレウノーラは両手を構える。


 パァァン、と軽快な音が鳴り響き合わさったエレウノーラの手の中には剣が有る。

 真剣白刃取り等漫画でしか見たことがなく、ぶっつけ本番ではあったが見事に成し遂げてみせた。


「何!?」


 ガチャガチャと抜け出せないかと押したり引いたりしている中、エレウノーラはまた笑った。


「試すのは宜しいですが、足元がお留守ですぞ、殿下」


 言うや否やエレウノーラの蹴りがファビアーノの股間へと突き刺さり、うめき声を上げてくの字に折れた所へ顎目掛けて右フックが叩き込まれファビアーノの意識は刈り取られた。


「二人共倒したけど、俺の勝ちだよな」


「あちゃあ、殿下がやられたか。これ以上は付き合う義理も無いねぇ」


 筋を断たれた右腕を庇いながら苦笑したオルランドは降参を宣言し、決闘裁判は被告ヴィットーリア側の勝利となった。

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