第53話 TS女騎士、戦争準備をする

「それで、あの後は?」


「無事に治療されましたわ、特に殿下は」


 年が明けて決闘裁判のその後を聞いていると、二人共治療を受けて無事に暮らしているとの事だ。

 少なくとも王太子は肉体的には、という意味でだが。

 現在、勝手に婚約を破棄しようとしたことが露呈しその責任と処罰を受けるために部屋に閉じ込められている。


「それよりも、カミタフィーラ卿。隣国のロリアンギタ帝国が動員を始めています」


「帝国が?あと数ヶ月もすれば麦の種蒔きが始まるというのに……」


 基本的に戦争とは夏か冬に行われる物だ、春と秋は田畑の世話に人手が取られるのと収入に直結するために避けられる。

 例外として刈り入れ直前に嫌がらせとして行われる苅田等だ。

 そうでも無ければ基本的に動員は行われない、軍を組織するだけでカネモノヒトが消費され平時経済にとって悪影響に他ならない。

 それでもこうして話に出るということはロリアンギタは本気なのだろう。


「理由は……?」


「タイリア半島の統一と、アシリチ王国の玉座を第三皇子ルイ・ド・ロリカングへ明け渡すようにと、教皇領からも追認が」


 教皇領が何故王位に口を出すか、というのもこの時代の考えでは王位は神より授けられし物であり王とはそれを受け取った貴族の代表であるので神の地上の代弁者たる教会に王を決める権利があるという考えである。


「だから宗教が力を持つのは嫌いなんだ、自分達に都合の良いように国を変えていく」


「それでカミタフィーラ卿も従軍を?」


「無論、王家より要請が来たならば参陣する次第。貴族・騎士の義務なれば」


 この二人の茶会での会話の翌日、アシリチ王国全貴族へと動員令が発令されることとなりエレウノーラは休学し領地へと戻ることとなった。

 久方ぶりの故郷を満喫する暇もなく、三村の有力者等を集めてカミタフィーラ軍を編成する。


「まず宣告しておく、マチキ・ドマロ両村は動員しない」


 その言葉に、領主の手前露骨ではないがそれでもほっとした空気が流れた。


「エイリーク、お前含めてハスカールを動員する。他のスーノ兵は村の防衛に当たれ」


「おう!」


「以上、解散せよ」


「お待ちを!我ら郎党衆は───」


 アダルベルトが頭を上げて見ると、エレウノーラは渋い顔を浮かべていた。


「爺様、相手は山賊だの攻め込んできた不良騎士だのじゃないんだ。本物の軍隊だ、死ぬぞ」


「後は老いさらばえるだけの身、最後のご奉公にあれば討ち死にも御任せを」


 エレウノーラも理屈は分かっていた、戦いに出るなら新入りで元は襲おうとしていたスーノ兵か、一門でも高齢なアダルベルトだ。

 領民らは口には出さずとも本気で土着化するかスーノ人に血を求め、領主血縁として普段の食事の質の割り当てを高められている実家にも武を要求する。


「ならば良し、スーノ兵は今日はこのまま戦支度を、それ以外のものは食事を用意しろ」


 エレウノーラの指示通りに村人達は三々五々散らばっていく中、エイリークが近寄ってくる。


「それで相手方の戦力は?」


「さて……、帝国軍もどれだけやる気かによるが多く見て7000か」


「こちらは?」


「かき集めて3500」


 ふぅ、とエイリークは溜息を吐く。


「指揮官次第になるが、厳しいな」


「俺等下っ端はやれることやるしか無いのさ」


 その日の晩は兵士達へと御馳走が振る舞われた、戦争へ赴く兵士への別れと代わりに戦わせる後ろめたさの入り混じった味がした。

 エレウノーラはスーノ人兵士らと共に肉を噛り、水を飲み干したがそこへ従兄弟のアントーニオが近付いて来た。


「エレウノーラ様、俺も従軍させて貰えませんか?」


「アントーニオ、既にアダルベルトが従軍している。郎党衆からはそれで十分だ」


「けど、爺さんは歳だ。戦場で動けるとは思えない、けど俺なら若くて機敏だ!絶対に役に立つ!」


「戦争に憧れてるな」


 エレウノーラのその言葉にアントーニオは閉口する、事実彼は戦争とは英雄譚のような物だと認識していたからだ。


「確かに……、この時代の戦争は華やかさが有る。有り難いことに、まだな。だが本質は変わらない、人が死ぬ」


 そう言うと、首だけを回してアントーニオを見た。


「お前は自分が英雄だと本気で思っているのか?」


「……」


「それが答えだ」


 翌日、カミタフィーラ軍総数23名が出陣。

 スーノ人の船に乗って一路、王都へと向かう。


「カミタフィーラ卿!」


「イターリア!」


 平服姿のイターリアが手を振り、軍装のニコデモを連れ出した。


「王軍の集合場所まではニコデモが案内致します、どうぞお使いください」


かたじけない、ニコデモ殿お願いする」


「御任せをば」


 ニコデモを先頭にして到着したのは王都近くの平原で多数の貴族の旗がたなびいていた、その中のヴィディルヴァ男爵家の隣へと辿り着く。


「カミタフィーラ卿」


「男爵閣下、お久しぶりです」


 頭を下げたエレウノーラに対して男爵は手を上げて不要とした。


「此度は第二王子殿下が王軍を率いる……、となっているが実際には近衛第一騎士団長のレオナルド卿だ」


「まだ未成年の殿下に指揮官は無理でしょう、それより陛下は?」


「うむ……、未明に体調を崩された、とても戦場には立てまい」


 天を仰いだエレウノーラはポツリ、と呟いた。


「一波乱有るな」

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