第68話 TS女騎士、感謝される

「此度の戦勝、カミタフィーラ騎士爵代理の指揮の下良くぞかの大国を攻め落としてくれた」


「はっ、臣の務めとあらば」


 エレウノーラはそう言うとアシリチ国王へと跪くと頭を垂れた。

 その心中では面倒臭いのでさっさと終われとずっと文句を垂れていたのだが。


(そもそもこんな式典に出る身分じゃないと言うのに)


 遡る事一週間前、ロリアンギタを攻め滅ぼし新たに領土を拡張したアシリチ王国はタイリア半島を統一し山岳地帯やタイリア半島対岸のヴィラスア人居住地帯も国土に含んだ。

 となるとやるべき事は戦勝式典である、軍を率いた元帥を王が労う。

 問題の王は病に伏せていたのだが……。


「例の聖女殿が癒やしてくれましたので問題は無いかと」


「単純な疑問なのですが、もっと早くに使えばよかったのでは?」


「兄との関係や取り調べが有りましたので……」


「優先順位」


 たはは、と力無く笑うアルレッキーノ王子はそれはそれとして話を続ける。


「それで多大な戦果を上げた元帥への褒賞なのですが、王家としては全金属鎧フルプレートアーマー一式と考えています」


 王家から鎧を下賜される、言うまでもなく多大な名誉であるし子々孫々に引き継がれる財産だ。

 通常の武家なら泣いて喜ぶであろうが、エレウノーラは渋い顔をしていた。


(維持の金がなぁ……、錆びないように油塗りたくらなきゃいけないんだよなぁ)


 血や汗で塩分に晒される金属鎧は整備も手間だ、金のある武家ならば専門の人手を育成して毎日磨かせていざという時に使えるようにしているが田舎の騎士爵家にそんな余力など無い。

 エレウノーラの脳内では屋敷にでん!と置かれて徐々に酸化していく様子がありありと浮かんでいた。


「それから褒賞金として金貨を」


「領地経営の為に使わせていただきます」


 こちらの実弾カネの方が余程有難かった、幾らあっても金の輝きは足りないのだ。


「つきましては、元帥にも表彰の時にスピーチを」


 渋面を作るエレウノーラを扱いに慣れ始めてきたアルレッキーノ王子は丁寧に無視すると、式典の順序の説明に入る。

 一通りの説明を頭に入れた頃、エレウノーラからの疑問が呈された。


「それで、聖女さんの処分は」


「まぁ、暫くは式典で忙しいし戦勝祝いとして時期を見て恩赦になると思います」


「で、王太子殿下は」


「兄上は……、問題を起こしましたが命を取るまでの事では無いので王太子の地位剥奪の上、何処かの領地に押し込められるかと」


「臣籍降下ですか、妾にしたいだけなら何も問題は無かったでしょうに」


「とは言え、大公に恥を掻かせましたし嫁入りする貴族は居ないでしょう。血目当ての金を持った平民が相手となれば孫の代で漸く受け入れられるかどうか」


「……社交界には出れないのは、もしかしたら幸福なのかもしれませんな」


 エレウノーラの呟きにコクリ、とアルレッキーノ王子も肯定した。


「話を戻して元帥のスピーチの後は、晩餐会となっております。料理人も評判の良い者を集めておりますので」


「はは、私なぞ黒パンと塩のスープで十分ですよ」


 エレウノーラがそう言うと流石にアルレッキーノ王子も眉根を寄せた。


「元帥、好むと好まざると貴女は立場が出来ました。私も、昔のように教典の書き取りをしてばかり居られなくなったように」


 真面目な話だと居住まいを正してエレウノーラも答える。


「理解はしております、されど継承などに逆らわないと見せねばなりません。あくまで【代理】、それで矛を納めるのならばそれで良いでは有りませんか」


 要するに、優秀ならば女性でも次男以下でも良いと言う前例が作られるのがエレウノーラとしては好ましく無かった。

 この長子相続を変えてしまえば、命を狙う者が多々出て来るであろうと予想するのは簡単に出来た。


「弟の成人までは力を尽くします」


「……よしなに」





 そうして迎えたのがこの式典の日である、これにて元帥位から解き放たれて騎士爵代理へと正式に戻った。

 受け取った褒賞金は金貨千枚、カミタフィーラ領の税金百と凡そ三十年分である。

 加えて金属鎧一式を下賜されたので額面で言えば更に増える。

 とは言え、タイリア半島を統一し領土が増えた事を考えると十分にお釣りが来る。

 新領土には有力貴族の次男以下が封じられ、新たに分家を立てる事と相成った。

 となると、その親や兄らは本家の土地を分割せずに済んだ原因となる人物、つまりはエレウノーラへと群がった。


「カミタフィーラ騎士爵は卒業もされていないのに一軍を率いて、勝利を飾るとは」


「倅にも見習わせたいものですなぁ」


「……代理です、爵位は弟が成人後に正式に継ぎます」


 今まで主張してきた事を何度も何度も繰り返すが、これで警戒心が解かれたかと言うとそれも簡単な話では無い。

 受け入れられはしたが、そうなると次の話題が浮上する。

 即ち、【ならばエレウノーラはどうなるか】だ。


「市井に溶けるだけです、どうかお気になされることは御座いません」


「平民落ちなど!これほどの貢献を王国にされた方に与えられる物ではありますまい!」


「然り然り、どうかな?息子はこの度分家として男爵となったのだが───」


 簡単に言うと取り込みである、軍事的な才能が孫に宿るやもしれぬと少しばかりの期待を胸にそう勝手に婚活を繰り広げようとする。

 そんな問答ばかりでエレウノーラは疲弊し、パーティ会場の隅に椅子を置くとドカリと座り込んだ。


「楽しんでるかね?元帥」


「もう辞めましたよ、男爵」


 そうか、と言うとポニエット男爵は小脇に抱えていたカンバスを見せた。


「先程の陛下とのやり取りを見ながら描いたよ」


「怒られないので?」


「さあ、陛下を描いていると言えば誰も止めろとは言わなかったよ」


 見せられた絵は中心に跪くエレウノーラ、その右に国王が描かれており周囲にはその光景を拍手する貴族らが描かれている。


「中心が陛下の方が宜しいでしょう」


「私は君しか真ん中にせんよ」


 つまり、主役はエレウノーラだと言外に言い含めていた。


「ずっとねぇ、つまらなかったんだよ。絵や詩歌、文筆は好きだが内容がつまらなかった」


 ポニエット男爵はそう言うと爪を見る。


「楽しかったよ、純粋にね。英雄譚と言うのはこんなにも心躍るのかと」


「買いかぶり過ぎです」


「君は自分の価値を分かっていない」


 ふぅ、と溜息を吐いた男爵は出口へと足を向けた。


「だが何れ世界は君を求めるはずだ、そうでなければならないのだ」


 立ち去るその背中に、エレウノーラはポツリと呟く。


「そういう期待を向けられるのが一番しんどいんだよ」



 その日の深夜、とある酒場にある男がたどり着いた。

 かつてのマーロ教皇領大司教のサイモンだ、安酒場は普段は油が勿体無いので閉まっている時間なのだがこの日だけは記念日と言うことで誰もが夜を徹して楽しんでいた。



「我らが英雄に!」


「帝国殺しに!」


 木製のカップを乱暴に叩き合わせると、破落戸達は酒を飲み干した。


「あー!こんな事なら俺も行ってりゃ良かったな!見たかよ!?乞食の爺が沢山の金貨を持って帰って来てたぜ!」


「しかもあれを元手に昔やってた店をやるってんだろ?老い先短かろうに」


 愚痴愚痴と不平不満を垂れるが、なんということはない。

 その時怖かったに過ぎない、死ぬ恐怖に逃げてその時の安堵を得たが出征して略奪する機会を逃しただけの話。

 人生を変える金が欲しいのであれば人生そのものを賭けねばならず、そこを違えた二人は一生を底辺のまま過ごす……。


「酒だけでは悪酔いするだろう」


 サイモンはそう言うと肉を持ってくるように頼み、二人の傍に座った。


「んだよ、オッサン」


「負けっぱなしは悔しかろう、儂も負けていて悔しいのだ」


「おい、乞食するんなら俺等じゃなくて───」


 ジャラリ、と革袋をひっくり返すと金貨が零れ落ちる。


「儂と名を挙げてみんか」

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