第67話 TS女騎士、第一次教皇領包囲を命じる

「それで届いた書簡の内容は?」


「西クランフ王国国王からは白紙和平、東クランフ王国国王からはマダルアツィ返還であれば和平に応じると」


「東クランフにはエルンバイに攻め込んでやっても良いぞと伝えろ、そうすれば折れる」


「本気ですか?」


「まさか、だが姿勢を見せるのが大事だ。パリスエスを落とした軍に近寄られたくは無いだろう」


 パリスエスをこの世の地獄に落としてから一週間、橋頭堡を置いていたセルユイマに腰を落ち着けると早馬からもたらされた情報と亡きライムント帝の息子ら東西クランフ国王とのやり取りが始まっていた。

 最初は軍事には責任を持つが政治は無理と拒絶していたのだが、アルレッキーノ王子からせめて連名でと言われて引き受ければ部下らは何故か王子に報告するよりも先にエレウノーラに持って来てはそれで決裁終了とでも言わんばかりに動いている。

 王子も考えて、これはどうだろうかと案を出してはくれているのだがエレウノーラが修正案を出すとそれに盲判めくらはんを押す始末。

 アシリチ王国の先行きに暗雲低迷を感じる中、エレウノーラは最後の仕事を勘案する。


「元凶の一つである教皇領を包囲し、話し合いの場に引きずり出す」


「しかし、教皇台下に刃向かう事に……」


「教皇領がアシリチ王国への統治者変更に同意したのが決定打だったのだからその分のケジメをつけてもらうのは当然のことだ、既にルイ皇子は死にライムント皇帝も自決、ロリアンギタ帝国は実質崩壊し骨肉相喰む兄弟喧嘩に突入してそんな余裕は無い」


 ピシャリと打ち切るように言うと、命令を発した。


「これよりマーロ教皇領を包囲する、復唱!」


「はっ!アシリチ王国軍、マーロ教皇領を包囲致します!」


 騎士を伝令として使うとエレウノーラは風を浴びながら歩き、どうするかを考える。

 大前提、今回の戦争で焦点となるルイ皇子の継承が無効であると言質を取る事。

 次いで、その件に関しての賠償を認めさせる事。

 賠償に関しては少額でも構わない、【教皇が過ちを認めた】と言う証拠になればそれで良いのだ。

 カミタフィーラ家の旗がはためくキャンプには、祖父アダルベルトが一つのネックレスを両手で持ち眺めていた。

 地金は金で大粒のダイヤモンドがあしらわれており、ダイヤの両隣にはルビーとサファイアが小粒なのが偶数嵌め込まれていた。


「爺様、戻ったぞ」


「エレウノーラ様」


「戦利品か?爺様がアクセサリー好きとは知らなかったよ」


「いえ……、ブリジッタの嫁入りに持たせようかと」


 エレウノーラの従妹であるブリジッタは近く隣の領の農村へと嫁ぐ、農民には過剰なまでの装飾品だ。

 売ればそれこそ三代楽に暮らせるだろう。


「俺も何か持ってくりゃ良かったな、この短剣でも渡すか」


「自決しろと?」


「いや、盗もうとした奴の喉掻っ捌いてやれって伝える」


 エレウノーラは短剣を玩具のように弄り回すと、すっと懐に仕舞い込んだ。

 そして、自陣の兵士……ハスカールと村の若者数人を見ると互いに宝物庫から奪った宝飾品や鎖帷子や兜を笑顔で見せ合い、気に入った物が有れば交換していた。

 兵士の貴重な収入源だ、街に帰れば商人らが群がって宝飾品を買おうとするだろうし、懐の温かい騎士が鎧兜を買おうとするだろう。

 略奪品であっても経済は回るのである、奪われた側以外は。


「次は舐めた事してくれたマーロ教皇領だ、流石に武力行使はしないが囲んで威圧する」


「宜しいので?」


「今回の事を有耶無耶にした方が不味い」


 エレウノーラは宗教に対して無頓着ではあったが無知では無かった、この時代権威と言えば王権と教会だ。

 それこそ、教会から嫌われれば何もかも上手くいかない程度には権威がある。

 だからこそ、教会が誤っていたと認めさせなければ似たような事はこれからも起きると判断した。

 例えば分裂した帝国の残滓である東クランフ王国を焚き付ける可能性もある。

 今なら帝国を崩した軍というブランドがある、目に見える武力こそが何事も手っ取り早いのは世界が違えど共通していた。



「なんだ?あれ」


「兵隊だ、何処の軍だ」


 聖都を取り囲むように布陣するアシリチ軍に対して出入りの商人らが門前で不安がりながらそれを見ていた、衛兵らは完全に数で劣っている状況に萎縮していたがそれでも攻撃されることは無いだろうとは高を括っている。


「我らはアシリチ王国軍である!この度卑劣にも王権を要求したロリアンギタ帝国を誅伐せしめ、瓦解させた所である!」


 魔法で増強され真鍮の錫のように響く声が広まり、誰もがこれから何が起きるかを知ろうとする中知った声だとサイモン大司教は顔を青褪めさせた。


(まさか!本当に帝国を滅ぼしたのか!)


「亡き第三皇子曰く!教会よりアシリチ王国の王権を許可されたと!此は如何なる事か!神が定め給うた王権を教会が勝手に売り渡したのである!」


「あ、あの女を黙らせろ!今すぐだ!」


「む、無理です閣下!あのような大軍の中に居ては……」


「貴様らスイーツァラント傭兵に高い金を払って雇っているのは何のためだと!」


 女、エレウノーラは更に断罪するかの如く話を続ける。


「昨今教会はこう言う!金を払えば汝の罪は許されん!教会は言う!神の代弁者たる我らと!……真か?」


 何を、と言うよりも先にエレウノーラが言葉を続けていく。


「聖書には天の国には財を持ち込めず、清き心のみを財とするとある!であれば、地の国に残す家族へ全ての財は残されるべきだ」


 これは堪らん、とサイモンもまた魔法を使い声を張り上げる。


「否!聖書には農作物の一割は神のものとある!」


「十分の一税!そう、これこそ問題だ。教会の運営に使われるが、何故作物でなく金品から取るようになった?」


「それは、最終的に運営費とするには売却せねばならず余計な手続きが発生するのであれば最初から金納とした方が双方負担がないからだ」


「農民はその為に自分等が食う分を削り、飢えている。飢餓を悪とする教会が自ら飢餓を作ってどうするのか」


 アシリチ軍の農民兵が同意の声を口々に叫び、その勢いに見ていた商人らもどよめく。

 彼らもまた十分の一税を払う立場であり、なんともなれば農民らよりも負担額は大きい。


「神が定め給うた法を批判するか!」


「神が定め給うた法を歪曲させる方が罪深い!」


 別にエレウノーラは税を廃止しようとしたわけではない、この神の法に対する言及が欲しかっただけだ。

 こうして批判を咎められたなら、それを意図的に歪めた教会もまた咎められるべきであると主張する為に。


「時に、大司教閣下。我らは聖十字教徒、こうしてお話をする為に集まったのだが新しく友人をご紹介したい」


「友人?」


 前に出て来たのはハーラル率いるスーノ兵士ら二千人。

 残る兵士は占領地に戻したが、それでも十分な数は居た。


「彼らは別の宗教だ」


 要するに、こいつ等を聖都に解き放つぞと言いたい。


「ま、待て!」


「何を焦っている、ただ友人に聖十字教の素晴らしさを知って欲しいだけだが?もしかしたら、新たに信徒になるかもしれんぞ?」


 野蛮人を入れれるか!と叫びたかったが、それを言うと取り返しが付かない事になるのは目に見えていた。


「……枢機卿猊下にお伺いを立てる」


「なるべく早くにな、俺は我慢が出来ない女だ」




「それで、これからどうするのか?」


 枢機卿会談が設けられ、議題に上がるのは勿論エレウノーラ率いるアシリチ軍だ。

 どうもこうも無いといえばそうなのだが、だからといってすぐに要求を丸呑みすることなど出来ない。


「あの野蛮人を聖都へと入れるなど容認出来ん」


「だが、ロリアンギタを切り捨てることになるぞ」


「構わないのでは無いか?実質滅んだ国だ、そうだろう」


「いや、兄弟同士で継承を争っているだけでどちらかが勝てば再び問い詰められるのは目に見えている」


「……再統一の可能性はあるか?」


「いや、どちらも国力は同程度と見て良い。西クランフはドルボーを有するテアヌーキ領により金銭的に裕福で傭兵も雇えようが、東クランフの兵士は精強だ」


「長くなるならば、アシリチの要求に従うしか無さそうか……」


「台下からの謝罪は不味い、贄を立てねば」


 全員がそれぞれの顔を見た、こんなババなど引かされたくもない。


「丁度良いのが居るではないか、ほれ、あの女大将との舌戦で押されていた……」


「サイモン大司教か?確かに切るには丁度良いか」


「では、ロリアンギタへのアシリチ統治権取り止めとサイモン大司教解任を提案する」


「「「「異議無し」」」」





「トカゲの尻尾で我慢しろ、か」


「元帥、どうしますか?」


 アルレッキーノ王子の問いにエレウノーラは首を振った。


「ま、こんな所ですか。流石に教皇に頭を下げろ等通る訳も無いので」


「では」


「全軍!陣払いだ!国に帰るぞ!」


 ワァ、と誰もが鬨の声を上ぐり喜ぶ。

 そんな中で一人だけが、忸怩とした涙を流し恨んだ。

 解任されたサイモン元大司教である。


「おのれ……、おのれアシリチ!儂の二十余年を無駄にしたな!おのれルイ!貴様が負けねばこのような事には!」


 恨み辛みを吐露しながらサイモンは聖都を去る、その心には大きな怨恨を宿しながら。


「今に見ておれ、必ず復讐してやるぞ!」



 後の歴史家曰く、女大帝エレウノーラとマーロ教皇領との長く深い確執はこの時に始まり【二人の教皇事件】を境に対立が決まったのだと言う。


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