第64話 TS女騎士、西へ征く
「見ろ、ロリアンギタの地だ」
タイリア半島に属するロリアンギタ領を硬軟合わせた交渉で占領し、満を持してアシリチ軍は山越えの先についにロリアンギタ帝国本土へと足を踏み入れた。
「元を正せば古代マーロ帝国の植民地、アリガの所有権はタイリアのひいてはアシリチの物だと思わないか?」
「千年近い昔の話をされても……」
エレウノーラの笑いを伴った暴論にチェーザレ公子は困惑する、それを言い出したら東のツビンザ帝国……すなわち東マーロ帝国もアシリチの物となる。
「冗談はこのあたりにしておこう、まずは付近の都市と村落を接収する」
「となると……、湾港都市のセルユイマですか」
「港が使えるのは大きい、本国から物資を輸送するのにスアプル山脈を一々越えさせては時間も人も死ぬ」
「元帥、失礼だがこの兵力で攻略出来るのだろうか?」
ヴィディルヴァ男爵が疑問を呈すとエレウノーラは肩を竦めた。
「本質は商人だ、やりようは幾らでもある」
「と言うと……」
「関税撤廃、アシリチ領海での航海において臨検免除」
「流石に譲歩し過ぎでは」
「期限を設ける、目処として十年。利益が出るなら主替えなんて屁とも思わんだろう」
譲歩するにも理由はあった、単純に三千の軍を維持する為には早急に補給線を整えねばならない。
セルユイマに橋頭堡を構築しここを拠点に近隣のエペリンモ、ヨンリを攻略する。
「ヨンリを攻略すれば、ジョディンまで一直線。パリスエスへと王手をかけれる」
「スーノ人はどうするのです、元帥?」
「殿下、恐らくは彼らは略奪と強姦に勤しんでいるでしょう。まだ三地方の県境で足踏みしてると見たほうが宜しいかと」
「単独で動くのですか?」
「まさか、パリスエスそのものが呼び込む餌になります。放っておいても攻略戦は始まる、少し遅れるくらいが丁度良い塩梅です」
地面にパリスエスと書いて丸を描き、スーノの文字を三つ囲むように書き示した。
「ロリアンギタの将軍が凡人ならパリスエスに籠城する」
「凡人でなければ?」
オルランドの言葉にエレウノーラは少し考え込む。
「俺なら野戦を仕掛ける」
「九千の兵だ、ロリアンギタが無理して一万を越したとして被害が大きいだろう」
「違う、一万と二千を二回。減って八千と五千を一回だ」
「各個撃破か」
「ロリアンギタから見て幸いなことに足踏み揃えず野放図に暴れまわっている、合算する前に潰すのが常道だ」
ガリガリとまた線を引き、仮想の戦況図を作り上げたエレウノーラは顔を上げた。
「ロリアンギタは運を試される事になる、初撃に数の少ない軍と当たれるか。近くに別の軍が居ないか。兵を温存しつつ勝てるか。素直にスーノ人が引くか。そう言う低い賽の出目を引き当てる運がいる」
「卿はどう思うのだ?」
「今までのロリアンギタならやれてた、だが、今は落ち目だ。こう言う時は何やっても駄目になる、戦に不思議の勝ち有り不思議の負け無しってな」
現在のロリアンギタ兵士の心情を考えると、楽勝だと思っていたアシリチに碌に抵抗する事も出来ずに追い返され恐怖の対象でもある野蛮なスーノ人が土地を荒らし回っている時点で戦意と言うのが落ちているのは明白だ。
これがアシリチを打ち破って散々に楽しんだ後なら話は違っただろう、祖国を守れ!と言うのはその場でカリスマチックな指揮官が演説するか、【国民と国家】の概念が平民にも行き渡っている時だけだ。
「懸念点はそう言う負けムードを吹き飛ばす英傑の存在、つまりは十二宝剣」
「既に四人死んでいる、それでもか?」
「四人死んだから、だ。これから先慢心は無いだろう、だからこそ少しでもスーノ人と戦って数を減らして欲しい、出来ればスーノ人が半包囲して我々が後詰めで包囲完成が望ましい」
「勝てそうで何よりだ」
その言葉を聞いたエレウノーラは口角を上げた、その様子は邪悪な笑みに見える。
「戦は水物だ、勝てる勝てないは誰もが全力を出した結果どちらに天秤が傾くかに過ぎない」
果たして、ギリギリ天秤が傾いたのはロリアンギタ側であった。
ただし、五千のスーノ軍と戦い兵も二割が失われ最悪なのは十二宝剣からも戦死者が出たことだ。
それでも撤退させて一先ずは安全を確保した、残り四千の軍がいるが分かれているため合流するのは時間がかかるだろう。
取り敢えずの小康状態にはロリアンギタは辿り着けた。
既に第三皇子ルイの戦死から四ヶ月、楽に始まり楽に終わるはずの戦争は帝国領内で展開しカネ・モノ・ヒトを際限無く溶かす泥沼へとどっぷり首まで浸かっていた。
「失った固有三地方は奪還出来そうか?」
「いや……、ギヨーム卿。スーノめは戦力を結集し始めている、何処かを攻めれば代わりにパリスエスが攻撃を受けるだろう」
「東はどうか?」
「アシリチがロルチ、アヴォイサを占領。セルユイマに迫りつつ有る」
「兵を分けて阻止するか?」
「馬鹿者、戦力を集中している今ですら数的優位があるにも関わらずギリギリなのだぞ。戦力分散等する愚を犯せるか」
ロリアンギタ軍の軍議は最早喧々諤々と言った状況であり、現状が良くはないと皆が理解しつつも打開策は見出だせていなかった。
「各個撃破が出来れば良かったのだが……」
「ハスカールと言ったか、あのように苛烈に戦い、道中に残虐な骸を晒しおって……。兵も怯えているわ」
ネトリアウス周辺では守備隊の兵士と思われる屍が腐敗し、動物に漁られるまま放置されて蝿と蛆が集っていた。
敬虔な聖十字教徒らはその取り扱いに怒りと恐怖を覚えている、何故ならば正しく埋められ聖水と聖言によって清められねば天の国へと迎えられないからである。
「……パリスエスへ戻る」
「ギヨーム卿、しかし……」
「スーノ人に痛手は与えた、一時三地方は預ける。それよりアシリチ軍だ、こちらともう一戦交えて和平交渉に持ち込む」
「和平!?殿下の仇も取れていない内にか!?」
「現実を見ろ……、二正面作戦をするには数が減ってしもうた。それに士気も下がり始めている、潮時だ。国力が回復してから仇討ちはやる」
「皇帝陛下がお認めになるだろうか……」
「ライラック卿とリシア伯が討ち死したのだ、十二宝剣も半分になってしまった以上攻勢は無理だ」
スーノ人の激しい攻撃に優れた槍の使い手も、指揮官として信頼していた者も戦死したがそれでなお戦争は止まらない。
手足に泥濘む沼のように悪い流れが絡みついている事をギヨームは感じ取っていた。
「引くぞ、ベルトラン卿に殿軍につくよう伝えろ。ジョルジュ卿には先行してアシリチ軍の牽制を」
ギヨーム率いるロリアンギタ軍はさしたる追手も、先触れとしてアシリチ軍と戦うこともなく無事にパリスエスへと撤退し籠城戦の準備をする事は出来た。
しかし、その代償として完全にネトリアウス・ケンランフ・ニュブタール地方は放棄、セルユイマが無血開城されそこを足掛かりに瞬く間にエペリンモとヨンリが攻め落とされたと伝令がパリスエスへと報告をもたらした。
パリスエスを頭とするのであれば各公爵に任せられている地方は手足。
その手足が一本また一本と落とされ、抵抗する力が確実に無くなっているロリアンギタ帝国は沿岸部で極々僅かながら食べられている蛸のようであった。
ついにジョディンも落ちたと知らされたライムント帝はパリスエス失陥が現実に迫っている事を悟り、覚悟を決めた。
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