第65話 「パリスエスは沈んでいるか?」

「ヌーセ川の水を引き入れる」


「正気か?」


 エレウノーラの発言に流石にオルランドが苦言を呈した、しかしそれでもと理由をエレウノーラは述べ続ける。


「攻城兵器の威力が弱い、城壁を壊すのは無理だし城門前は殺し間だ。兵の被害が大きすぎる」


「だが、時間が掛かるぞ?」


「結構都市を攻略出来た、パリスエスを落とせんでも講和要請が来たら有利に持っていけるしこれで落とせたらそれで良し、やり得」


「……元帥、国の財政が何時まで持つか分からないのですが」


「今まで手に入れた領地からペイ出来るし、帝宮の宝物庫開ければ一発サヨナラホームランですよ殿下」


「偶に元帥が何を言っているのか分からなくなる……」


 弱々しく呟くアルレッキーノ王子にオルランドも同調する。


「脱走兵居るとして、それでも兵力は七千はあると見た。チマチマやってらんねぇよ、スーノ人が来たら話は違うんだろうが」


 その際にはアシリチの取り分が減るので、出来るならば単独攻略が理想であるが流石に厳しい。

 故に、足りない分は大自然で補う事を決める。

 パリスエス市内を通る大河川であるヌーセの流れを堰き止めて、一気に開放する。

 その際の運動エネルギーにより現在封鎖されている市街へと流れて侵入経路が開かれる。

 そういう計画であるが……。


「言うように時間が掛かるな、木材は周辺エリアの製材所を徴収するとして。開かれるのは水路の鉄格子」


 兵士とは基本的に泳げない物だ、単純に装備が重いし脱走防止に水泳のやり方を教えない。

 なので海戦や渡河ではよく溺死する兵士が出る、なんということはない安い戦力等その程度で駄目になるのも織り込まれている。


「さっさと音を上げてくれよなぁ」






「アシリチがヌーセ川を工事しているだと?」


「水攻めか……」


「不味いぞ、ヌーセ川が決壊すれば市内に濁流が入り込む。これからの季節に放置すれば疫病の温床だ」


 ロリアンギタ軍の指揮官らはそう言うとこれ見よがしに作業を行うアシリチ軍を苦々し気に見やる。

 ここ最近の戦いは何かが可怪しかった、何故大国たるロリアンギタがこのように苦戦するのか?ましてや北の海の野蛮人の襲来が重なるなど皇帝に徳が尽きた事への神の懲罰かとまことしやかに囁かれる始末。


「自分が阻止します」


「ジョルジュ卿、出来るのか?」


「三倍とは言え歩兵ばかり、重装騎兵の破壊力ならば粉砕出来ます」


 ロリアンギタ帝国の重装騎兵は大型の馬を選別し、年少の頃から訓練を積んだベテラン兵士集団だ。


「やってくれるか」


「やります」


 ギヨームの言葉にジョルジュは力強く肯定すると、ギヨームが肩を叩いた。


「大ロリアンギタの命運、託した」


 準備を整えたジョルジュ以下重装騎兵千騎は夜陰に紛れて城門を抜けると一度、郊外へと脱出。

 朝に始まるアシリチ軍の工事を待った。

 夜襲を行うにしても基本的に馬への負担が大きいし、工事の為に身軽にしている方が被害を与えやすいと判断しての事だった。


「朝餉か」


 日が昇り煙が立ち上りだしたアシリチ軍陣地を眺めながらジョルジュは干し肉を噛り、革水筒から水を飲んだ。

 こちらの位置をバレさせない為に火の気は厳禁と部下らには言い渡してある。


「作業に入ったのを確認次第、突撃する」


 その鋭い目は遠い本陣を射抜くように細められる、タイリア再編戦争におけるロリアンギタ最後の攻勢【ジョルジュの最終奉公】まであと二時間を切った。




「両岸から少しづつで良いから進めろ、焦った所で銅貨一枚にもならん」


 ヌーセ川に堤を構築し、貯水する為の作業は朝餉が終わり準備が整い次第に開始された。

 既に材木は徴発されており、工事経験がある者を序列関係無く指揮者に据えて兵卒がそれに従う。

 少数が物見の為に離れており、それ以外は交互に休息を取りつつ警戒に当たっていた。

 そんな折に本陣へ通達が騎兵から伝えられる。


「緊急!重武装の騎兵部隊が接近中!」


「そりゃ指咥えて見てるだけとか有り得んわな」


 エレウノーラはトットノックを抜き放つと大声を張り出した。


「円陣を組め!槍兵は対騎兵用に構えろ!」


 指示を受けた兵卒らが丸く密度を高めながら集合し、槍を斜めに構え石突をしっかりと地面に突き入れる。

 後は度胸と幸運が試されるだけだ、重装騎兵の突撃は何もかも放り出して逃げたくなるほどに恐ろしい。

 それでもなお、戦意を喪失しないのはこれまで勝ってきた信頼の証であろう。

 全部の戦いで勝ってきた人間の指示は不思議と恐怖を和らげる。


「突撃、突撃!」


「槍を固定しろ!」


 千の騎馬が突撃し、その首元に突き入れられた槍が半ばで折れては馬が倒れる。

 倒れた馬の下敷きとなった騎兵の喉へ短剣が突き立てられ、勢いに乗った後続の騎兵の槍が軽装の歩兵の腹を突き破る。

 脚を止めてしまった馬に群がり、四方から槍で鎧の隙間を突き抜かれた騎兵がどうっ、と地面へと吸い込まれたその時エレウノーラ目掛けてジョルジュが突撃した。


「殿下の仇、頂戴する!」


 馬上からのバスタードソードを軽くいなすとエレウノーラは魔剣で馬の後ろ脚を斬りつける。

 激痛により体勢を崩した馬からひらりと飛び降りたジョルジュは上段から斬りかかり、エレウノーラは飛び退いた。


「最近やけに仇討ちが多いな」


「ほざくな!」


 再度斬り掛かるジョルジュにエレウノーラは合わせて魔剣を振り抜く。

 甲高い金属音が戦場に鳴り響くと、馬廻の役目を務めているアダルベルトが加勢しようと槍を振り下ろした。

 だが、ジョルジュのバスタードソードはかちあがるように振り上げられると槍の穂先を切り落としてしまう。


「村長危ねえ!」


 村の若衆の一人が手近の石をむんずと掴むと力一杯に投げる、石は鎧に当たっただけだがそれで一瞬の気は引けた。

 その隙を逃さず、エレウノーラが懐に入り込むと強烈な肘鉄を胸に食らわせる。

 強烈なその一撃は鎧をへこませると共にジョルジュは呼吸が止まる程のものであった。

 だが、腰から短剣を抜き取るとエレウノーラの胸目掛けて突き入れる。

 躱せる距離では無かった為にエレウノーラは左腕を犠牲にする事を選んだ、肉に鉄が入り込む感触と同時に痛みが熱を持って体を走り抜けた。

 ジョルジュの短剣を握った右腕にエレウノーラは掴みかかると渾身の力を込めた、めきりと骨が折れる音と感触がもたらされる。

 互いの顔を見たのはほんの一瞬だったが、双方相手を認識するにはそれで十分だった。

 次の一手を何にするか、それを選ぶ時間は二人に与えられる事は無かった。

 ヌーセ川から矢の雨が重装騎兵隊に向けて射掛けられ、射抜かれた馬が倒れる。

 両軍が視線を向けるとそこには海にも川にも使えるように設計されたスーノ人のロングシップ。

 数は減ったもののそれでも六千近くのスーノ軍が到着したのである。


「ジョルジュ卿!」


 駆け抜ける騎馬に乗った騎士がジョルジュに声を掛けると一瞬の交差にも関わらず身軽にジョルジュは飛び乗り、戦場を離脱していく。

 ロリアンギタ重装騎兵隊の突撃はアシリチ軍に工事を遅らせる事は出来たが、スーノ人が横槍を入れた事で有耶無耶となってしまった。




「邪魔をしたかな?」


「いや、そういう訳でもない」


「そうか、紹介しよう。こちらが今回援軍として力を貸してくれたハーラル大族長だ」


 エイリークがそう言うと前に出てきたのは二人よりも更に身長の高い大男である。

 ずいっとエレウノーラに顔を寄せたハーラルはにぃっと乱杭歯を見せるように笑った。


「あんた、土地、くれる、言った?」


「大族長は余りこちらの言葉が堪能では無い」


 エイリークの言葉に納得したエレウノーラは簡素な受け答えを心掛ける、なにせアシリチの三倍の兵を連れてきた男だ。


「その通り、今までで手に入れた土地、金、女、全てスーノの物」


 それを聞くとハーラルは満足そうに大笑いする。


「良い!気前、大事。族長、やる、大切」


「あー……、そう言う風に大盤振る舞いするのは上に立つ者として必須の振る舞いだと言いたがっている」


「……まあ、な」


「お前、族長?」


 ハーラルのその言葉に、エレウノーラは首を振り黙ってアルレッキーノ王子を見やった。

 釣られて王子を見たハーラルは顔を顰める。


「弱そう」


 良くも悪くもスーノ人の判断材料は強いか否か、政治的判断が出来ずとも決闘や戦争に強ければそれで良しとしていた。


「大族長、彼、私の、大族長。侮るな」


 事前にエイリークが自分を負かして配下として迎え入れたという話を聞いていたハーラルはエレウノーラのその言葉で納得した。

 理由は分からないが、強者が従うのであればそれなりの理由があると判断したからだ。

 それに自分達に暮らしやすい土地を与えると言った相手を不機嫌にさせるのは不味いと言う程度の政治はハーラルでも理解は出来た。


「それで、これからどうする気だったんだ?」


「ヌーセ川を堰き止めて氾濫させるつもりだったんだが、ロングシップがあるなら話は別だ」


 エレウノーラはそう言うとロングシップの船先を指さした。


衝角ラムをつけて、少し堰き止めた川の流れに任せて突破させる」


「あの侵入防止の鉄格子か……」


「元はスーノ人が略奪に訪れるのを阻止する為の鉄格子だ、あそこさえ突破出来れば残る船で入れる」


 どうせ戦後はロリアンギタ西部沿岸地帯に居を構えるのだからとエレウノーラはロングシップを使い捨てる気でいた、だが流石にそれはハーラルも難色を示す。

 暫くの間争議を交えると、突入用に無人船二隻を用いて、残る船で市内に揚陸する事となった。

 一昼夜の時間を置いて、水が貯められた堤を切ると一気に溢れ出た濁流がロングシップを乗せて膨大な質量と速度の暴力を鉄格子へと浴びせ掛け、市内へと水が流れ込んでいく。


「さあ、詰み宣言を出しに行くぞ」

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