第63話 悪役令嬢、戦争に思いを馳せる

 ヴィットーリアは暗い地下牢へと続く階段を一段ずつ降りていく。

 そこに監禁されているのは聖女シルヴィアだ。

 ヴィットーリアとしては彼女がただ単にそう言う【運命シナリオの被害者】なのかそれとも自らの【意思転生者】なのかをはっきりとさせたかった。

 軋む金属音が耳に苛立つ中、ヴィットーリアは目当ての囚人の前に格子越しに立つ。

 そこには頭を抑えてうずくまるシルヴィアが居た。


「貴女に聞きたいことが有るわ」


「ずっと頭が痛くて……、ごめんなさい……ごめんなさい……許して……」


「許すかどうかは貴女の返答次第よ」


「違うの……貴女じゃなくて……!うぅ……」


 涙を流しながら謝り続けるシルヴィアを冷たく見下ろしながらヴィットーリアは考える。

 果たしてこれは演技なのか?

 見た感じはそうでは無さそうだが、案外狸なのやもしれない。


「地球、日本、アメリカ、ヨーロッパ、アジアにアフリカ……何か聞き覚えはある?」






 ───こいつ!転生者か!


【悪霊】は怒髪天を衝く思いであったが、自由に使える身体のない彼女はひたすらシルヴィアへと攻勢を強めた。

 いっそ死んでしまいたい程の痛みの中、シルヴィアはひたすら声を抑えつける。

 それと同時に、今まで上手く行かなかった理由も察した。

 この女が裏で手を回して邪魔をしていたのだ、と。


 ───死ぬ人間なら死んで私を気持ちよくさせろよ!


 罵倒したいのに罵倒できないフラストレーションは更にシルヴィアを苦しめ続ける。

 痛みはシルヴィアの魂を徐々に削り、心を殺し始めていく。


 ───おい、役立たず。このクソ女に伝えなさい、そしたら罰の頭痛を止めてあげる





「わ、私は、知らないけど、あ、あ、頭の中のもう一人、が、知ってるって……」


「頭の中の?……まさか」


 ヴィットーリアもオタク趣味の一環としてネット小説は嗜んでいた、その経験から察するにヒロインであるシルヴィアの状態は。


「……憑依失敗、って所かしら。【小説家になれる】読んでて良かったとか今初めて思ったわ」


 ヴィットーリアはそう言うと腕を組み、視線を細めた。

 彼女の中で、シルヴィアと言う少女は最早蚊帳の外である。

 頭の中の転生者をどうするか、だ。

 一番簡単な方法はシルヴィア毎処刑だが、心象的には無罪のシルヴィアを巻き込みたくは無かった。

 確かに彼女のせいでヴィットーリアは追放なり処刑なりされるのだが、その運命は変わり逆転している時点で精神的に余裕があったのだ。


「その子、どうするつもり?」


「や、やだ……!やだ!」


「シルヴィアちゃん、なんて言われたの?」


「わ、わ、私が死ねばリ、リ、リ、リトライ?コンティニュー?出来るかもだから死んでもらうって!」


「チッ、本当にそう言うチート貰ってるのかただのゲーム脳か分からないのが苛つくわね」


 考え込むヴィットーリアに束の間頭痛から解放されたシルヴィアは格子に飛びついた。


「御令嬢様!死にたく有りません!今までの事はごめんなさい!許して下さい!助けて下さい!」


「今は貴女の事構ってられないの、中の人の話だけ伝えて」


 泣き崩れるシルヴィアにヴィットーリアは言い放った、助けるにせよまずは【中身】をどうにかするのが先決だ。


「……あの、ゴリラ?はなんだって言ってます」


「カミタフィーラ卿の事?貴女は知らないの?私はてっきり、私が死んだ後にDLCで追加されたキャラクターだと思っていたんだけど」


「し、知らない。御令嬢様の仲間でテンセイ?した人かって……」


「……追加キャラクターではない?じゃあ、彼女はなんなの?」


 謎が深まる女、エレウノーラを考えるがそれは優先度が低い。


「貴女自身の望みは?」


「じ、自由に動かせる身体が欲しいって……」


「でしょうね」


 そしてその対象はシルヴィアだろう。

 主人公としての能力があって女性体、乙女ゲームプレイヤーなら欲しいに決まっている。


「暫く放置ね、手持ちの情報では手も足も出ないわ」


「やだ……、やだ!見捨てないで!」


 格子の隙間から必死で手を伸ばすシルヴィアに背を向けるとヴィットーリアは階段に向かい歩み始める。


「戦争、始まるわよ。聖女と攻略対象居ないから負けるかもしれない、そこで火が回って死ぬかもね。そしたら念願のリトライかもよ」


 最後にそんな皮肉を残して、地下牢から光が消えた。



「アシリチ軍は勝つかしら」


「大丈夫です、御嬢様。御当主様に公子様も参陣されて居られます」


 使用人はそう言うが、数は2倍。

 そして真の力に目覚める聖女とヒーローも居ない。

 覚悟は決めた方が良いだろうと拳を握る。


 その日の昼に、敵将を討ち取れども敗北し少し数が減ったアシリチ軍は王都へと立て籠もった。

 日が落ちる前に大公家の女達は大公婦人、大公姉妹、そして使用人関係無く一部屋へと集められ短剣を手渡された。


「ロリアンギタ兵士に辱められる前に互いの胸を突け」


 教義において自殺を禁じられている為に【婦人の自尊を守る殺人】が大公から奨励される。

 まだ城壁は傷を負っていないが、明日以降の攻城戦次第では殺らねばならない。


「お姉様……」


「大丈夫よ、ベアトリーチェ。怖い事なんか何も無いから……」


 安心させる為にそう言ったヴィットーリアの声も震えていた、可愛がって来た妹の喉が胸を刺せるか?

 我が身を儚み、部屋では啜り泣きの声で溢れかえる。

 一縷の望みなど、何処にも無かったのだ。

 ぎゅっとベアトリーチェを抱きしめたその時、王都中に聞こえるほどの絶叫が目抜き通りから聞こえた。


 ───アシリチ王国万歳!


 ───エレウノーラ万歳!


 ───我らが英雄に喝采を!


「まさか……、まさか!カミタフィーラ卿!やったのね!」


 勢い良く立ち上がったヴィットーリアは妹を抱いたまま窓へと近寄ると閉じていた雨戸を壊す勢いで開け放つ。


「ロリアンギタ帝国皇子と名高き勇者、十二宝剣討ち取ったり!」


「最強の騎士、エレウノーラ!」


「王国は救われた!」


 凱旋に沸き立つ兵士と、真夜中にも関わらず飛び起きて喜びを溢れ出させる市民達で通りはごった返していた。

 出迎えられる兵士達の先頭には、一目で分かる女騎士。

 エレウノーラは威風堂々と兵士達を引き連れ、戦塵を落とすこと無く王宮へと歩み続けていた。


「ああ……、貴女はどんな約束でも守ってくれるのね」


 厳密には交わした事など無い、決闘裁判で約束を果たして貰い戦争に関してはヴィットーリアが誰ともなく願っただけの話。

 エレウノーラは己の領地を領民を守る為に、封建に従い出兵したまでの事。

 それでもなお、ヴィットーリアは感謝した。

 負ける寸前のボードをひっくり返してプレイヤーを直接殴りつけたとて勝利は勝利。

 幼い妹を手に掛けて母に殺される等、二度目の死であっても経験したくは無かった。


 翌日に父と兄が帰宅し、誰も碌に食べる事も眠る事も出来なかった昨夜の勝利を語りながら朝食を待った。


「彼女は誰にも出来ない事をやってのけた、女だから何だというのか。騎士爵等余りにも低すぎる」


 興奮気味にチェーザレが語ると水を飲んだ、話している内に温くなった水でも美味く感じられた。


「代理というのがまたな……、家を継ぐのがカミタフィーラ卿のみであれば当家の縁者から誰ぞ見繕ったと言うのに。此度の戦功で男爵にはなるだろう」


 大公もそう言うとともされたパンを千切る。

 ヴィットーリアもスープを一口飲み込んだ。


「それで、これからはどうなるのです?」


「陛下が御倒れになられ、正式な元帥を指定していないとなると我らの指名、第二王子殿下の認可が居るが……カミタフィーラ卿に任せたい」


「既に帝国軍に勝利しているし、兵士らも熱狂している。あのように戦いを恐れさせなくする指揮官は強い」


「……勝てるので?」


「それは分からん、しかし儂が指揮を取るよりも可能性が高い」


 大公は目を瞑ると溜め息を吐いた。


「あまり寝られんかったな、お前達も食事が済んだら寝るように。これから長くなるぞ」


 大公が言った通り、軍の指揮権を掌握したエレウノーラは防衛に有利な地を選び皇帝直率の軍すら跳ね除けてみせるばかりか、領地を拡大する動きを見せて更にはロリアンギタ帝国本土へと踏み込んだ。


「……え、そこまでする?」


 戦争に対する感性が未だに令和日本人なヴィットーリアは少し引いた。

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