第49話 TS女騎士、虐めを見る

「貴女自分がしている事の意味を理解してますの!?」


「私、正直に申し上げまして命が要らないとしか見えませんわ」


「あの、私……こんな事ホントは……」


 シルヴィアは銀の髪を押さえながら、自分に【忠告】しに来た上級生らを不安げに目を何度も迷わせながらも言う。

 正直な所、彼女も怖かったがそうしなければ手酷い頭痛に襲われるのでやるしか無く、やればやったで同級生の男女からもはしたないだの、教育がなっていないだのと言われて遠巻きにされる針の筵な日々を送ってきた。

 特に、王太子殿下との会話は彼女に凄まじいストレスを与えており枕には抜け落ちた長い銀髪がシルク生地でも出来そうな程に集まっている。


「よりによって大公令嬢ですわよ?王家に連なる名家に喧嘩を売れば貴女の生家もどうなるか」


「ヴィットーリア様が何も言わない内にお辞めなさいな」


 それが出来れば苦労してない、そんな言葉が喉まで出かかるが言った所で無駄にしかならないと分かっている。

 そんな時だった、シルヴィアの後ろから低めの女の声が掛けられた。


「淑女方、その辺りで宜しいでしょう」


「カミタフィーラ卿……」


「大公令嬢もあまり大事にはしたくないと仰せでした、皆様方もお引きを」


「ヴィットーリア様がそう言うのでしたら……」


 大公令嬢の取り巻きが立ち去り、シルヴィアは大柄な女生徒へと頭を下げた。


「あの、有り難う───」


「君を助けたんじゃない」


「え?」


「彼女らの言っていることは正論だし、客観的に見て間違っているのは君の方だ。だが、もう諌めるという段階は過ぎつつある」


 はっきりと顔を見てきた女生徒は、貴公子のようであり肉体もまた男性のように鍛え上げられていた。


「俺自身、あまり関わるなと言われている。彼女らもそうするべきだから止めた、ただそれだけだ。君を哀れに思ったり助けたいと思ったからじゃない。だから、礼は必要無い」


 バッサリと切り捨てた女生徒の言葉にシルヴィアは血の気が引いた。

 自分はもう、見捨てられているのだと理解し父に認知されるまでの日々で見てきた冷たい視線が背筋を貫くようだ。


「私だって───」


 こんな事はしたくない、そう言おうとした瞬間。

 あの頭痛がシルヴィアを立てないほどの痛みが訪れた。


 ───ムカつくなぁこいつ、顔が良いからアタシの知らない追加キャラ?男だったら媚売らせてたけど女じゃねぇ……


(またこの悪霊が……!)


「おい、どうした?なんか持病でもあんのか?」


 女生徒がシルヴィアの肩を掴み、膝に手を入れると一気に持ち上げた。

 いわゆる、お姫様抱っこである。


「取り敢えず、ベッドで横になれ。頭が痛いんだろう?」


「す、すみま───」


「おい!君、なにをしている!」


 突然声を掛けられた先は、若い青年が居た。

 怪訝そうな表情でシルヴィア達を見ている。


「何故泣いている子を抱えている」


「突然蹲って頭痛そうにしてたんで、送ってやろうかと」


「本当か?君が何かしたんじゃないだろうな?」


「ハッ、下級生殴る位なら金になるトーナメントに出てらぁ」


 その言い方にカチンと来たのか青年は眉を皺が出来る程に歪める。


「君、大丈夫か?彼女の言うことは真実か?」


「あの、本当です……」


 シルヴィアの言葉に青年はグッと渋面を作り、唾を呑み込むとエレウノーラに言った。


「疑って済まない、だが教師への言葉遣いは改めるように」


「これは申し訳ありません、先生。時に、赴任されたばかりで?」


「今日から出勤だ」


「自己紹介も互いに無かったので目溢し願いたいですな、先生」


 エレウノーラの先生の部分を殊更主張するアクセントに青年の怒りのボルテージが上がるも言い分としては確かにその通りだし自分が無実の者に疑いを持った手前、怒るに怒れなかった。


「カッリスト・ディ・パペリーノだ、パペリーノ先生とこれからは呼ぶように」


「承知しました、パペリーノ先生」


 そう言うと、エレウノーラはシルヴィアをパペリーノへと差し出し彼が代わりに受け止めると立ち去った。


「後はお任せしました、生徒がやるより教員がやったほうが宜しいでしょう」


 この様な寸劇にはなるだけ関わりたくない、そう思って立ち去ったのだがシルヴィアはカッリストではなくエレウノーラを見つめていた。


(結局、お礼も言えずに……。いらないと言われたからって、それが赦しの言葉ではないと知っているのに……)





「昨日、聖女様と話されていたのは貴女でしょうか?」


「そうだが、先ずは名を名乗るのが礼儀だろう1年生」


 翌日の昼休みにエレウノーラに話しかけてきたのは男子生徒だったのだが、見た目はまるで少女のようでありその口から紡がれる言葉は天使の歌声のように澄んでいた。


「僕は神学科のエミリオと申します」


「騎士科のエレウノーラ・ディ・カミタフィーラだ、爵位は騎士爵代理」


「カミタフィーラ卿、何卒聖女様とは距離を置いて頂きたく」


「大公令嬢からも言われているから否は無い、だが理由は?」


 エレウノーラの言葉に、目を瞑りながらエミリオは答えた。


「聖女様は10年後の聖界を率いられる御方です、俗世との関わりはなるべく断つようにと大司教猊下より御言葉を賜っております」


「要はうちが客寄せの看板にするから変な色を付けるなって話だろう?あの子の意思を無視してだ、それが神の御意向と言うのか?」


「高位聖職者の御方々の御言葉に異を唱えると?」


「神ならばまだしも、弁と学が立つ人間だろう?ならば間違えるときもある」


 暫くの間両者睨み合いが続き、エミリオから視線を外した。


「兎角、教会からの要請です。従って貰わねば困ります」


「そうか、まあ、俺も少し話しただけの下級生にそこまで肩入れはせんよ。俺の領民でも無いしな」


 では、と退室するエミリオの背を眺めながらエレウノーラはやはり宗教は好かんと思いながらもそれを言葉に発することは無かった。

 教会の力はともするとアシリチ王国が10個あったとしても叶わぬほどの力を有している。

 そんな所と喧嘩をするわけにはいかぬ、とこの時はそう考えていた。


 後に、2度(1度目は規模が小さかったが)マーロ教皇領を包囲した女帝エレウノーラと教会の確執はこの時に始まったのであると言う後世の歴史家は多いのであった。

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