第19話 コンプレックス魔術師、宣戦布告を受ける

「お前は魔力も少なく、兄よりも魔道への理解が低い。入り婿に出す故、せめて両家の橋渡し位はして見せろ」


 テオドージオ・ディ・カッルへ父が掛けた言葉は、そんな風に蔑みと同情が入り混じった声色で話された。

 成人した兄は目を合わすことも無く、母は露骨に目を反らした。

 カッル子爵家に、テオドージオの居場所など無かった。


「この度婚約者となりました、イターリアと申します」


 初めて婚約者となった少女に出会った時、自分よりも頭1つ分高い所からの視線と声音は本人にその気など無くとも己を見下されているようで腸が煮えくり返る思いであった。

 少女がツリ目で一見、性格がきつそうに見えるのも良くなかったのかもしれないしお互い元々仲の良くない家同士の政略結婚と言う事で歩み寄る事も無かったのも原因だろう。

 ヴィディルヴァ男爵家に、テオドージオは居場所を作ろうとはしなかった。


「ねえ、カッル家の……」


「やっぱり宮廷魔術師の家は違うな……」


 学園での魔法科の生活は最初から勉学を積んできた分楽な物であった、他の生徒が知らないことを前もって知っているので成績も反映される。

 今までミソカス扱いを受けていただけに、テオドージオにとって一目置かれる環境は心地よく、同時に毒でもあった。


 ―――僕は落ち零れなんかじゃない


 今まで押さえつけられていた自己顕示欲と自己肯定感が高まるにつれ、テオドージオの言動は雑になっていった。


 ―――僕は優秀なんだから、居丈高に接しても許される


 徐々に婚約者への当たりも強くなり始めてきた理由も、自分より知性が劣る女と言うのが自分を見捨てた母に重なり見えたからだ。

 自分よりも愚かなくせに見下ろしてくる目が嫌いだった。


 ―――僕より頭が悪いんなら頭を下げろよ!


 徐々に彼が陰口を叩かれ、嫌われ始めるのは自然の事であった。

 肥大化した自尊心は嫌われているという現状を、嫉妬によるものと認識し優秀な自分に面と向かって文句を言う事も出来ない小物の戯言と切り捨てた。


「テオドージオ様」


「チッ、なんだよ」


「貴方に勉学での決闘を申し込みます」


 故に、婚約者からそんなことを言われた瞬間彼の世界は止まってしまった。

 彼にとって勉学とは積み上げてきた努力の確認作業に過ぎず、結果が悪い人間は努力の足りない自己研鑽をしない人間と見ていた。

 イターリアはその典型と言って良い、親の言いなりでただ家の存続のために自分と子を作るだけしか期待されていない凡人。


「お前が?僕に?ハハハ!まさかお前のような頭の悪い女が勝てるとでも?」


「勝てないと分かってて勝負を挑む馬鹿が居ますか?」


 その挑発的な物言いにカチンと頭に来たテオドージオはイターリアを睨みつけた。


「へえ、ならやろうじゃないか。けど、そんな事言うからには負けたらどうなるか分かってるんだろうな?」


「従え、と」


 イターリアのその言葉にニヤリと口を歪める。


「ですが、それは貴方にも当てはまる条件ですよね?」


 だが、イターリアも又薄く笑みを浮かべた。


「貴方から言い出したのだから、貴方にも同じ条件を背負って貰わねばこちらとしても遣り甲斐が無いという物……、それとも」


 怖いですか?と、口の動きだけで示すとそれがトドメとなった。


「良いだろう、受けてやるよ!」


 そう言うとテオドージオは背を向けて去っていくが、その背を見送るイターリアは未だに笑みを浮かべたままであった。

 だが、その笑みはどことなくだが獲物が掛かった罠を見る猟師のようであり、もしもテオドージオがその笑みを見ていたならば背中に冷たい汗がきっと流れていたと思わせるほど何処か凄惨さを感じさせるものがあった。

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