第57話 TS女騎士、夜襲する
「雨が降ってきたな」
ヴィディルヴァ男爵の言葉に皆が寒さに震えながらも前方を見た。
そこには王都を包囲するロリアンギタ帝国軍があり、全周包囲を取っているために一つ一つの部隊は昼の戦いよりも手薄であった。
「カミタフィーラ卿、例の【土塗れの旗】はあすこのようですぞ」
ポニエット卿の指し示した先にはエレウノーラが落下させた旗が有りそこが本陣に他ならぬ証拠であった。
「者共、手筈通りに松明を立てていけ。出来るだけ間隔を開けてな」
ヴィディルヴァ男爵はそう言うと、剣を握り直した。
「それから虚偽の討ち取り報告も忘れるな、信じるのはカミタフィーラ卿の声だけで良い」
「では、先に殺るべきは」
エレウノーラは魔剣を右手で持ち、全身を弓なりに反らすと狙いを定めた。
「カトリーヌ卿」
「……何か用か、ロビン卿」
「ペリーヌ卿と、兵を射った事について───」
「妹に関しては、戦場の定め。……兵に関しては、あのような事をされると使い物にならなくなる。以後は改めて貰おう」
平坦な声を絞り出したカトリーヌは降り出した雨を浴びながらも天を仰いだ。
「殿下はどうなさるおつもりだ?」
「明日、攻撃を仕掛けるとのことだ。籠城したが、援軍無くばどうとでもなるとな」
「それはそうだが……、例の怪物の死体を確認していないのだぞ」
「確かに気掛かりだが、この軍勢に直接乗り込んでくるというのか?」
「あれはやるぞ」
カトリーヌ卿の言葉にロビン卿は沈黙する、己自身確証があった。
あの気狂いはこちらの意表をつくに決まっている、と。
「ならば警戒を強めよう、包囲してる部隊から兵を引き抜き本陣の守りを───」
ロビン卿が言葉を紡げたのはそこまでだった、背中から胸へと剣が貫き口から鮮血が零れた。
「トットノック!あの怪物か!」
カトリーヌ卿の言葉に反応するかのように魔剣は身震いするとズルリ、と傷口から抜け出て天へと舞う。
ロビン・ド・ルボブンは尊敬していたゴドフロワの使っていた剣に心臓を貫かれ雨で
弓の名手と呼ばれた青年は死の気配を感じる事もなく異国の地で戦死した、せめてもの救いは憎からず思っていた女の前で死ねた事だろうか。
「者共!敵襲だ!防衛陣を組め!」
雨が強まる中カトリーヌは叫ぶが、見張りを除いて休息を取っていた兵士達の動きは鈍い。
そこへボゥ、と松明の火がロリアンギタ陣地を取り囲むように付き始めた。
「騎士首討ち取った!」
「シバル村のピエトロが三人討ったぞ!」
「アシリチ王国万歳!ロリアンギタの弱兵は殺しやすいぞ!」
あちらこちらから奇襲成功の声が上がる、暗くて確認できないが恐らくは虚偽だ。
「カ、カトリーヌ様!どうすれば!別の陣の救援に向かいますか!」
「愚か者!虚報に騙されるでない!殿下がおわす本陣に別陣が救援に向かうのが筋だ!防衛体制を崩すな、耐えきるぞ!」
ゆらゆらと揺らめく松明が完全に本陣を取り囲んだ時にはなんとか円陣を構築し、中央の天幕に居るルイ皇子を守る体制が整いつつあった。
「ペリーヌが居たならば」
思わず亡き妹を求めた、ペリーヌが居たならば周囲一円を焼き尽くして炙り出していただろうと。
「射掛けろ!」
ヴィディルヴァ男爵の号令に従い、二十の弓が矢を放った。
ロリアンギタ兵は盾を構えて上へと掲げると防ぎきれなかった矢が肩へと当たった不運な者が倒れ、後ろに居た仲間に引っ張られて円陣の内へと消えていく。
「ハスカール!」
「オウ!オウ!オウ!」
「殺せぇ!」
大斧を掲げたエイリークが叫ぶとスノーラントから付き従ったハスカール達が
「槍構えぇ!」
「オオー!!」
前段の兵が盾を構えて、その隙間に中段の兵が槍を突き入れる。
対突撃防御の構えだ、しかしハスカール達は怯むこと無く速度を上げた。
「道作れぇ!」
「抜かせるなぁ!」
一旦引き戻され、鋭く突き入れた槍に貫かれる者が居た。
槍を躱され、斧で首を半ば断たれた者が居た。
接近戦となりリーチを活かせなくなったロリアンギタ側が少しずつ押され始める。
(円陣を解いて包囲するか?いや、別の方向から攻められたら終わりだ、苦しくとも援軍が来るまで耐えるしかない!)
「野蛮人が!」
「殺せ!殺せ!」
「ハルヴァラの戦乙女よ!御照覧あれ!」
スーノ兵の苛烈な猛攻をロリアンギタ兵は二重に渡る肉の盾で防ぐが、ジリジリと後退し始める。
「カトリーヌ様!左右より敵軽歩兵が!」
松明を固定し終えたアシリチ兵が合流し、ロリアンギタ側は半包囲された。
数は違えど、昼の戦いが逆の立場で再現された事になる。
「すぐに付近から援軍は来る!崩すな!」
そう叫んだカトリーヌの目の端で何かが走った、目に見えたのは巨体を身軽に動かして剣を振るい信頼していた配下の騎士が倒れる所であった。
「見つけたぞ怪物がぁ!」
ロビンへは戦場の習いとは言ったが、やはり仇を目の前にするとカトリーヌは激怒した。
己が半身を死に追いやった女をこの手で殺さねば気が済まぬ、しかしその怒りも束の間の事でエレウノーラが向かう先を見て顔を青褪めさせた。
「殿下!」
エレウノーラは一気呵成に天幕の入り口を切り裂き、その中へと入った。
その瞬間に白刃が迫るのを見たエレウノーラは、足を止めること無く飛び込みルイ皇子の懐へと潜り込んだ。
「ぐう!?」
「その首貰ったぁ!」
「させるか!」
後を追うように飛び込んだカトリーヌがエレウノーラ目掛けて剣を振るうが、エレウノーラはそれをギリギリで避けてみせた。
代わりにルイ皇子が体勢を立て直し、盾を構える。
「ゴドフロワを討ったのはお前か」
「殿下、ロビン卿もこの女に……」
アシリチ兵に踏み殺された原因を作ったのも合わせれば都合、連れてきた十二宝剣四人の内三人をたった一人の騎士に討たれたことになる。
「このような事になるとはな、カトリーヌ。ここで仕留めるぞ」
「はっ!」
「チッ、初撃で殺れてりゃ楽出来たんだが」
エレウノーラはペッと唾を吐き捨てると魔剣を二人に向ける。
「エレウノーラ・ディ・カミタフィーラが御相手仕る」
ルイとカトリーヌもまた剣を握る右手に力を込めた。
「貴様の首を挙げねば妹に顔向け出来ぬ!」
カトリーヌは盾を前に突き出し、突進したがエレウノーラが魔剣で盾ごと押し飛ばす。
その隙にルイはエレウノーラの右に躍り出ると斬りかかるが、エレウノーラの左足が振り抜かれて足払いを掛けられる。
「殿下!外へ!」
再び抑えるためにカトリーヌはエレウノーラへと躍り掛る中、ルイは天幕を出た。
そこには隊列が崩され、ハスカールと軽歩兵によって蹂躙されるロリアンギタ本陣があった。
「殿下の本陣を守れ!」
そこへ王都を包囲していた部隊からの救援が駆けつけた、その数百。
混乱を立て直そう、そうルイが決心したその時だ。
増援に駆けつけたロリアンギタ兵の先頭が一陣の風によって切り裂かれた。
巻き上げられた風に紛れる石や細かな砂利が高速で叩きつけられる事で傷が出来、中には運悪く頭に当たり出血する者も居る。
「アシリチ王国第一近衛騎士団推参!」
叫ぶや否や、甲冑姿の騎士が躍り出て一刀のもとにロリアンギタ兵を斬り殺した。
「我が名はレオナルド!
その後ろからも騎士らが三十名程たどり着く、第一近衛騎士団の精兵だ。
「少数ながら敵本陣へと乗り込む勇士らを迎えに参った!」
完全武装の騎士に対して、速度を重視して軽装の剣士では早々相手にならぬ。
ようやく芽生えた希望が目の前で刈り取られてしまったルイに、天幕より吹き飛ばされたカトリーヌが激突する。
下手人は無論、エレウノーラだ。
「がはっ」
本来なら主君への無礼を戦場は無視せよと囃し立てる、謝罪の言葉無く跳ね起きたカトリーヌにエレウノーラの魔剣が叩き込まれる。
辛うじて反応した盾に半ば以上食い込み、カトリーヌは剣を捨てて刀身を掌から流血しても握り込んだ。
「殿下!お逃げ下さいませ!この化け物は命に変えてもここで抑えます!」
そう叫んだカトリーヌへ背を向けてルイは増援が来た方角へ向けて走った。
少なからず、兵は残りその先に他の陣があるのは明白だからだ。
夜闇であってもひたすらそこへ駆ければ体勢を立て直し出来る。
(変にハマっちまったか)
カトリーヌが手で抑えている中で、無理矢理抜こうとしたのが災いしトットノックは盾から引き抜けなかった。
時間をかければ引き抜けるだろうが、果たして目の前の髪を振り乱しながら抵抗する女騎士を前に悠長にやっている暇があるか。
「我が妹の仇、ここで討たせてもらう!」
「知るか死ね」
こちらしか見ていないカトリーヌの血走った目と、その後ろに迫る人影を見ながらエレウノーラは吐き捨てた。
「ゴドフロワ卿ならずロビン卿までも!」
「死にたくないなら戦場に出るんじゃねぇ」
「貴様のような野獣が語るか!」
「俺は騎士爵代理だからな、適当にやるのさ。殺れ、爺様」
ヒュン、と風を切る音がカトリーヌの背後より聞こえるとアダルベルトの槍はカトリーヌの左足内太ももへと突き立てられる。
激痛と突かれた位置の悪さに跪きながらも振り返ったカトリーヌは二撃目の喉目掛けて突き入れられた槍を掴んで止めた。
「背中から討ちに来るなど!」
「時間ねぇんださっさと死ね」
エレウノーラはカトリーヌの背中を渾身の力で蹴りを見舞うと、前に飛び出したカトリーヌはそのまま喉を槍で貫かれた。
アダルベルトは手首を捻り、体重を乗せるとカトリーヌを地面に押し倒し槍を引き戻すと止めに眼球へと槍を突きこんだ。
眼窟から脳幹へと達した槍はカトリーヌを一度痙攣させるとそのまま静かにさせる。
かくして十二宝剣最後の勇者は世に名も残らぬ老人に討たれ、泥の中に骸を横たえた。
エレウノーラはカトリーヌの死体に足を乗せて槍を引き抜くと、腕に身体強化の魔力を回した。
狙いは同じように魔力を足にかけて疾走するルイ皇子。
そして槍は放たれた。
走る、走る、走る。
流れる景色に必死で戦い、或いは逃げ惑う兵が見える。
この場で大事なのは生き残る事、そのためにルイ皇子は走った。
最早、恐怖の余り漏らした小水ですら生きている実感を感じさせて愛おしく感じるほどであった。
だが、背中より来たる死の風はルイ皇子の右アキレス腱を絶った。
もんどり打って転げる中、己の足に槍が突き刺さっているのを見てカトリーヌが死んだ事を悟る。
「その首貰うと言ったはずだ」
荒く呼吸しながら顔を上げると、あの怪物がそこに立っていた。
エレウノーラ・ディ・カミタフィーラ。
我が命を刈り取りに来た死神。
「ま、待て!ロリアンギタ貴族の地位に興味はないか!」
咄嗟に口に出た言葉に、思考が追いつかぬというのに次々に言葉が飛び出す。
「そなたの腕は十分に見た!十二宝剣へ推薦しよう!最低でも伯爵の地位になる!私を見逃せば!」
「興味ねぇんだよ死ね」
だが、そんな土壇場の命乞いなど無意味であった。
スラリと抜かれたカトリーヌのファルシオンが振り抜かれ、ルイ・ド・ロリカングの喉を斬り裂いた。
「エレウノーラ・ディ・カミタフィーラがロリアンギタ皇子を討ち取ったり!ロリアンギタ兵よ、この首をしかと見よ!」
追いついたエイリークから斧を奪い取り、ルイの死体から首を切り落とし、雷鳴が轟く中掲げる。
「貴様らの皇族は我が討ち取った!国に帰れば貴様らは貴族平民の区別無く縛り首よ!」
間近まで迫っていたロリアンギタ軍が行軍を止め、暫しの躊躇いを見せた後に撤退を始めた。
その方角はロリアンギタへではなく、北部のロルチ地方へ向かっていた。
「勇猛果敢なアシリチ兵諸君!見よ!侵略者は惨めに立ち去った!諸君らが命を賭けて戦ったからだ!勝鬨を上げろ!」
「アシリチ王国万歳!」
「エレウノーラ万歳!」
「我らが英雄に喝采を!」
「胸を張れ!凱旋の時が来た!」
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