第58話 TS女騎士、お手紙を出す

「僅か二百で夜襲か」


「昼間の事で衝撃は与えていました、ならば残りは畏怖を与えるだけの話」


 レオナルドの感嘆に手短にエレウノーラは答えると、三枚の羊皮紙にガリガリと乱暴に文字を書き続けていた。


「そして来たる皇帝直属軍への対応をスーノ人にさせると」


「外交権侵犯で私を斬りますか」


「まさか、確かに王家の領分を犯しているが現実的にそれが出来るならしたほうが良かろう」


 スーノ人に渡す書面の内容はほぼ同じだ、違うのは三枚には譲渡する地域が別々に書かれているだけ。

 エイリークのウェデンスー族を放逐したマクーデン族を除いた三部族へ、ネトリアウス・ケンランフ・ニュブタール地方制圧後の統治権譲渡を条件に帝国軍と戦うという内容だ。


「それでスーノ人はどれくらい兵を送れそうなのだ?」


「最小でも千五百、最大の部族ならば五千は固いかと」


「小さくとも八千の兵か、確かに手に入るのであれば欲しい」


 しかし、とレオナルドは話を止めた。


「それらがロリアンギタに到着するまでに皇帝軍がアシリチを蹂躙しよう」


「戦場を限定し、遅滞戦術を取ります。火の魔術が使える騎士を全員お借りしたい」


「何をする気だ?」


「地雷……、あー、踏んだら爆発する呪文を地面に刻みます」


 それからと少し考えたエレウノーラは用意する物を言った。


「ズタ袋とシャベルを、兵に穴を掘らせます。正確には塹壕ですが」


 指定する戦場はアシリチへ入るには必ず通る山道の出口、山道に地雷代わりの呪文を刻み土嚢と塹壕による即席の防御陣を形成。

 土嚢の裏の塹壕は斜めに傾斜させて、乗り越えた兵に向けて槍を突き入れ、弓を射掛けるキルゾーンを作る。

 欲を言えば、この塹壕線の後方にカタパルトを用いた砲撃戦力によるハラスメント攻撃を行いたい。


「そうか俺はそのザンゴウとやらを知らぬが、用意させる。しかし、本当に追い討ちをせなんで良かったのか?」


「あれはもうロリアンギタに戻れぬ軍、遠からず野盗に落ちぶれましょう。いずれ討つが今では無い存在、ならば必ず来る皇帝軍への防御に備えるのが優先すべきこと。それより次善として兵への報奨を与えねばなりますまい」


「となると、殿下からだが……」


「まあ、お分かりでは無いでしょうな」


 第二王子アルレッキーノは未成年で、今回の戦も御飾りの総大将に過ぎない。

 それでも、王家の血筋であり報奨下賜は義務であり特権だ。


「勲功第一は卿だろう」


「ならこの外交への口出しに不問として貰えれば」


「欲が無さすぎる、それでは他の者に評価した時に報奨が渡し辛い」


 ピタリと書面を綴る手が止まった、書き終えた書状を蝋で閉じるとエレウノーラは立ち上がる。


「所詮、代理に過ぎないので」


 二人連れ立ち、朝の光の中真夜中では見れなかった戦場を見渡す。

 敵味方の、勿論多いのは敵だが死体が放置されており今はその片付けの最中だ。

 味方の兵は丁寧に運ばれ、清水で泥を落とした後は目を閉じさせて司祭の祈りの言葉と仲の良かったであろう戦友達が涙を流す。

 一方、敵方の兵への扱いは乱雑だ。

 二人一組の兵が手足を持って一箇所に投げ捨てている。

 更には死体から使えそうな武具だけでなく指輪や金目の物を失敬するアシリチ兵が居た。


 そんな中で、五つの死体だけが特別に扱われている。

 ルイ皇子と十二宝剣の四名だ、その周辺にはカミタフィーラ兵とヴィディルヴァ兵が壁になるように囲んでおりそれを更に都市にこもっていたアシリチ王軍の兵が囲んでいる。


「おお!来られたか!卿が居なくば話にならん!」


 ポニエット卿の歌劇役者でもすれば人気の出そうなよく通る声が響き、その場の全員がエレウノーラを見た。

 カミタフィーラ勢からは安堵の、王軍からは羨望の目だ。


「なにがあった?」


「エレウノーラ様、王軍の兵があの五体の遺品を分捕らせろと」


「馬鹿者共!実際に戦ったなら兎も角、守備を命ぜられていた貴様らに権利は無い!散れい!」


 レオナルドの怒声に兵らは逃げ出し、カミタフィーラ勢はその背を睨みつけていた。


「防衛戦争は手弁当ですからな、高貴な身分の死体から剥ぎ取りたい気持ちは理解できる」


「卿がさっさと取り分を得ないから、とも言えますがな」


「ポニエット卿」


 時に擁護し時には批判するポニエット卿の立ち位置が分からないヴィディルヴァ男爵が溜息を吐いた。


「彼らの遺体はマーロ教皇領に送りつけようかと」


「経由してロリアンギタに返すのか?」


「いや、次はてめぇらの番だからというメッセージです」





 アルレッキーノ王子は野戦形式の謁見の中、落ち着き無く辺りを見渡していた。

 負けると思っていた戦に勝ち将兵らも興奮を隠せていない。

 兄であるファビアーノの政治的失脚によりこのような大役をやる羽目となったアルレッキーノは緊張を隠せない。


「カミタフィーラ騎士爵代理」


 第二近衛騎士団長オルランドの呼びかけにエレウノーラは前に進みアルレッキーノへと跪き頭を下げる。


「この度貴女の功績は誰よりも大きく、それで……えぇ……」


 チラリ、とアルレッキーノはレオナルドに視線を向けるが彼は首を降った。

 報奨に関してどのようにすればいいか助けを求めたが断られてしまった、主君の義務である報奨に家臣として口を出すと揉めるからだ。


「……何かお求めになるものは有りますか?」


 ここで今まで政治関係の教育を受けず、神学や文学しか学んでこなかった弊害が現れた。

 主君が家臣に何を求めるか等と聞いてはならない、功績を評価しそれに見合う対価を与えられぬ王など誰が従おうか。


「……」


「……」


 暫しの間、エレウノーラとアルレッキーノは見つめ合った。

 お互いにお前が決めてくれと願いを込めてのことだったが、どうにもならぬと判断したエレウノーラが口を開いた。


「まず、私の罪をお許し頂きたく」


「罪?」


「勝手に伝手を使ってスーノ人へ援軍を求めました」


 その言葉に、防衛側の貴族各位がざわめいた。

 主に、何でそんな伝手が有るんだよと言う意味でだが。


「助けを求めたのですね、それが罪ならば僕の方こそ許しを求める罪人でしょう。何せ全てを近衛騎士の方々に任せて震えているだけでしたので……」


 そういう話じゃねぇんだよ!と叫びたかったエレウノーラだがならばと話を続ける。


「それを報奨とならぬのであれば、二つ権利を頂きたく」


「それは?」


「来たるロリアンギタ皇帝軍に対する迎撃の指揮権と……、その際に殿下も御同行を」


 ゴクリ、とアルレッキーノの喉が上下し生唾を飲み込んだ。


「分かりました、カミタフィーラ卿に次回の指揮権を与えます。その際には僕も隣で立ちましょう」


「後は……」


「まだ要求するというのか!」


 耐えきれなくなった貴族の一人が声を発する、しかしその肩にレオナルドの手が置かれた。


「カミタフィーラ卿、そのまま続けられよ」


 オルランドの先を促す言葉に、エレウノーラも答えた。


「殿下はもう少し偉ぶって下さいませ」






「本当にあれが報奨で良かったのか?」


「と言うより、責任の取り方ですね」


「責任?」


「手紙出して勝手に他国の領土を切り売った、ならせめてそれが成功するまで私が責任者として戦わねばなりますまい」


「苦労ばかり背負い込む、それで土地を卿が得られる訳でもないのに」


 レオナルドの言葉に、エレウノーラは嘆息した。


「土地を貰ってもね、弟が治められるか未知数。なら、手の届きやすい今を維持して弟に渡したい」


「卿が男ならば何も問題無かっただろうに」


 エレウノーラは足元の小石を拾うと、川に向かって放り投げた。

 ポチャン、と小さな水柱と水面を揺らすと石は沈んでいく。


「楽に暮らしたいですな」

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