第59話 TS女騎士、土木監督になる

「まず敵軍は一万を超えると想定している」


 指揮権獲得の言質を取ったエレウノーラはあえて、諸将の前で敬語を使わなかった。

 先の戦いで実力を示した彼女に面と向かって反発する前線指揮官も居はしなかった。


「侵入経路が予測されるのはペリコッタ峠から、まずはここで数を減らす。地面に火炎を吹き出す紋を刻んで欲しい」


「それは幾つ程で?」


「こういうのは数があっても機能するわけじゃない、初めにドカンと派手にぶち上げて恐る恐るゆっくりと進ませる。で、ああなんだあれ一個しか無かったのかと安心した頃にもう一度ボン!だ」


 地面に峠道を示す線を二本描きその真ん中に進軍経路として直線を引き、途中途中に丸を描いた。

 丸が地雷モドキで直線がロリアンギタ皇帝軍だ。


「完全に注目が地面に向いた所で、峠道の上から岩を落とす。撤退路の遮断だ」


「逃げ道を完全に潰すので?」


「時間を掛ければ退けれる程度の岩で良い、一先ず皇帝が先に進むように思考を誘導する」


 再び地面に絵を描いていくエレウノーラが作り上げたのは三本の線と一つの丸だ。


「一番初めの線は逆茂木さかもぎと土嚢だ、これを等間隔で交互に設置する」


 逆茂木とは倒木に藪や鋭い枝等を取り付けた即席のバリケードだ、回り込むのも踏み越えるのも手間が掛かり時間稼ぎや足を止めた敵に弓矢を射掛ける等色々な用法で使えて、何より安く仕上げられる。


「それは何故?」


 ポニエット卿が興味深げに絵を覗いて無精髭をゾリゾリと擦った。


「兵を分散させる、逆茂木は取り除くのが手間だ。なら別れてズタ袋が積み上げられただけの土嚢を乗り越えようとする」


「二番目の線は?」


「土嚢を乗り越えたらすぐに傾斜した坂のあるV字型塹壕線だ、兵士が転げ落ちた先に槍を固定させて待ち構えさせる」


 ゴロゴロと転げ落ちた先に待ち受ける尖った槍を想像したのか、ポニエット卿が顰め面を浮かべた。


「では三番目の線は何かね?」


 ヴィディルヴァ男爵の言葉に、エレウノーラは枝を放り投げて答えた。


「こちらの弓兵を配置させる防御塹壕線だ、こちらも傾斜させて射線を確保しつつ生き残った兵が登ってこれないようにする」


「では最後の丸は?」


 レオナルドからの質問に可能ならば、と付け加えてエレウノーラは言う。


「殿下を守るための本陣兼、カタパルトを使った砲撃陣地」


「徹底して接近戦をするつもりは無いと」


「勝利条件はスーノ人がロリアンギタ本土を荒らし回るまでの時間稼ぎ、ならば被害を被りやすい接近戦は御法度だ」


「帝国軍が停止して攻め込んで来ない場合は?」


「それこそ有り難い、腰を据えて待っていればそのうち撤退してくれるんだから兵に昼寝の時間も作ってやれる。他に質問が有る者は?」


「兵を一纏めに逆茂木を突破しようとしてきた場合は?」


 エレウノーラより少し年上の騎士がそう尋ねた。


「その場合は楽だ、集中的に魔法が使える者で一斉攻撃する。いや、いっそ中央にどデカい落とし穴を置いてやろう、そうすれば他も同じと思って足止めができる」


「良くもまあ次から次へと思いつくものだ」


「遅滞戦術とは究極的に言えば、自分が何をされたら困るか?相手はどのように思うか?これを突き詰めていく。頭に血が登っているであろう皇帝は多少の被害は無視して攻め立ててくるだろうから、足元を掬い上げてやればいい」


 すっくと立ち上がり、エレウノーラは諸将の顔を見渡した。


「穴掘りの時間だ、ロリアンギタ軍の墓穴を作る」





 対してロリアンギタ帝国首都のパリスエスでは予定上もう既にアシリチ王国を制圧しているはずのルイ軍から連絡の兵が来ない事を訝しんでいた。

 何せ予想される王国軍の二倍の兵を出し、将には十二宝剣から四名も出した。

 これで落とせなければ余程の無能と笑い話が流れる程だ。

 まぁ、笑い話ではなくなったのだが。


「陛下!枢機卿猊下からの使者が!ルイ皇子殿下御討死に、十二宝剣四名も御同行とのこと!」


「何があった!?」


 ロリアンギタ帝国皇帝のライムント三世が突然の報告に声を荒げた。


「く、詳しい事は……。何でも女が供を連れて棺桶を運んで来て中を改めたら……」


 教皇領で当日何が起こったのか?塹壕線の構築が粗方終わった辺りの事だ。

 防腐処理を施した遺体を馬車に乗せて、エレウノーラとアダルベルトそしてポニエット男爵はマーロ教皇領へ向けて旅立った。


「それで、今度はどんな風に騒動を起こしてくれるのだ?」


「ポニエット男爵、卿は別について来なくとも……」


「いやいや、卿と出会ってから楽しい事ばかりだ。退屈な日々を送っていたのが嘘のようだよ、聖界にどんな波紋を広げるかが見たいのだ」


「波紋でなく破門される可能性が無きにしもあらずですがね」


 アダルベルトが御者をする中、エレウノーラは棺桶の間に挟まり欠伸をした。


「今回は単に皇帝を呼び寄せる餌を撒くのと、それからちょっとした選択を考えさせるだけなので詰まらないですよ」


「選択?」


「帝国軍撃退した後じゃないと意味無いので、最終的にマーロを包囲することにはなります」


「マーロ包囲!」


「エレウノーラ様、教会に選択とは?」


 アダルベルトの問いにエレウノーラは答えた。


「過ちを認めるか否か、だ」


 やがてマーロ市を取り囲む壁と出入口である門が見えた、門兵は教皇領にて雇用されている傭兵だ。


「聖都へなんの御用で」


 ちらり、と馬車に掲げたポニエット男爵の家紋と旗を見て丁寧に対応がなされた。

 これが歩きの平民なら横柄に接して賄賂を要求される例が多い。


「ご遺体をこちらまでお届け致す、ロリアンギタ帝国皇子ルイ殿下とその家来四名。どなたか高位聖職者の方に御確認願う」


 突然大国の皇子とその家臣の遺体を運んできたと言われた傭兵は仰天した、持ち場を離れる訳にもいかないので彼は大声で叫ぶと下働きの下男が飛び出し、直ぐに最低でも司教を呼ぶようにと言い含める。


「来た聖職者の顔と名前が重要です、聞き逃しは互いに無しで」


「心得た」


 エレウノーラとポニエット男爵が顔を見合わせて気を付けていると、こちらに向かって走る一団がやって来た。


「殿下が亡くなったなどと申すのはそこもとか!」


 筋肉質の剃髪した僧侶が怒鳴った、彼の後ろには修道士らが息を上げながら付いてきている。


「如何にも、手前共はアシリチ王国が家臣のポニエット男爵とカミタフィーラ騎士爵で候」


「代理を抜かんで下さい」


 エレウノーラがツッコむがポニエット男爵はかんらかんらと笑うだけだった。


「こちらの英雄殿が皇子以下、十二宝剣の首を挙げられたのでご遺体は国元へ送って頂きたく」


「おお……、おお……なんという……」


 棺桶へと縋り付いた僧侶はさめざめと泣くとぎっと睨みつけてきた。


「かような事が許されると思うてか!」


「思って無ければやってないんだが?」


 まさかそんな返しが来るとは思わなかったのか、一瞬の間が空いた。


「そもそも攻め寄せてきたのはロリアンギタ側からだ、我々は国を守るために戦いその結果として死者が出た。ただそれだけの話だろ」


 それとも、と言うとエレウノーラは馬車から降りてその僧侶へとぬうっと顔を寄せた。


「こいつらが死んで何か都合が悪いかね?」


「な、何を言うか!」


「貴様サイモン大司教になんという口の利き方を!」


 修道士らが口々に糾弾を始めるが、エレウノーラがすっと目を細めて見つめたら誰もが口を閉ざした。


「なるほどなるほど、サイモン大司教。高位聖職者だ、ともすれば国の中に領地を持って管理していてもおかしくない」


「な、何が言いたい」


「いや、別に?所で大司教様、王権は神が与えた。これに異議は?」


「……無い」


「ロリアンギタがアシリチへと戦争を吹っ掛けて来た理由はルイ皇子へと王権を移譲させる為だった、これが出来るのは教会からの許可あるいは追認があったと認識するが?」


「……」


 エレウノーラが何を言いたいのかがぼんやりとでも分かったのだろう、ルイ達の死を知った時とは違う顔の青さをサイモンは浮かべた。


「神が認めた権利を教会自らが否定し、これを汚したと見てよいのだな?」


「ち、違う!断じて違うぞ!」


「となると、ロリアンギタは別になんの理由も無いのに戦争を仕掛ける気狂いと言う訳か」


 ふん、と鼻を鳴らしエレウノーラは背を向けた。


「一時陣抜けしたのですぐに戻らねばならん、答えはまたこのマーロを訪れた時に聞く」


 馬車に乗り込んだエレウノーラはアダルベルトへと指示を出し、パカパカと蹄鉄の音を鳴らしながら馬が動き出す。


「す、すぐにでも枢機卿猊下へお知らせせねば……」






「───というのが一連の出来事と……」


「……殺せ」


「は?」


「そのカミタフィーラとやらを殺せ!いや、余自ら出る!」


 ロリアンギタ帝国皇帝直率の一万一千の兵がパリスエスを立ったのはそれから間もなくの事であった。

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