第86話 釣り野伏せ

「北方から多数のガレー船が来ているだと?旗は?よもや、ルーキ艦隊か?」


「そ、それが物見からの知らせではスーノの旗が登っていると……」


「またか!?デレンフラン方面への増援か!」


 東クランフ王シミオンの叫びが王宮に響き渡るほどの声量で響くと、一頻り罵倒し指示を出した。


「1500の兵を出してデレンフランに行け!土着したスーノ人に合流される前に水際で叩くのだ!」


 1500の兵員は突如湧いて出てきた第2戦線へ割ける最大限の数である、これ以上は西クランフ方面の防御が無くなるしロプセイン戦線の数が足らなくなる。


「残る2500の兵でロプセインを叩くしかない」


「数的不利にありますが、地の利にて埋め合わせます」


「頼むぞ」




 出立した東クランフ・スーノ対策軍はデレンフラン地方の北、ルーネデラントの国境付近に布陣し艦隊が来るのを待つ。

 視認次第弓矢や用意した投石機をお見舞いしてやると気炎を上げる将兵らが見たのは、スーノの旗を掲げて迫りくるガレー艦隊。

 その船上から、東クランフの兵が手を振って大声で叫んでいる。


「すまーん!俺達は囮だー!すぐに戻れー!」


 一杯食わされた、それを理解した瞬間に馬首を翻すと叫ぶ。


「ロプセイン討伐軍に合流せよ!」




「なんだ……、奴等数が少ないぞ」


 ロプセイン討伐軍は予想していたよりも遥かに少ない敵軍を見て戸惑った、多めに見積もっても500居るかどうかだろう。


「どうやら略奪に夢中で兵がバラけたようだな、ここで討ち取るぞ!」


 ベークッリュ市を背に布陣したロプセイン軍はドワーフ重装歩兵を前に、エルフ弓箭兵をその後ろに並べて【待ち】の陣形だ。


「数の差で逃げ出さないのは勇敢だが、戦術的には蛮勇だな」


 戦力差5倍で勝負しようというのがまずもって愚かだ、かく乱役の騎兵が左翼に構えているならまだしも完全な平地で歩・弓兵混合部隊のみ。


「蛮族共に戦のやり方を教育してやれ!」


 うおー!と鬨の声を上げると矢合戦の為に射程距離まで弓兵隊が前進する、射程まではまだ先という辺りでロプセイン軍が先制で矢を放つ。


「弓を扱っていながら距離すら掴めんのか」


 せせら笑う中、標的となった弓兵達は悲鳴を上げる。

 彼らの弓よりの射程距離よりも倍離れているにも関わらず、エルフの弓は当ててみせた。

 更に射出速度も速い、10秒に3本は撃ち込んでくる。

 次々に前進していた兵らの頭部や左胸といった致命傷となる部位に命中していく。

 速さだけでなく精度もクランフ兵士よりエルフの方が上であった。


「弓兵!下がれ!重装歩兵、前へ!」


 ブリガンダインに身を包み大盾を構えた重装歩兵隊がジリジリと距離を詰め始める、再度エルフ弓箭兵から矢が放たれるが立ち止まり盾を掲げると身を隠し効果は得られない。

 徐々にペースを速めると、エルフ達はきびすを返して撤退し始める。

 ドワーフによる壁役の歩兵隊もクランフ軍の速度よりも少し遅く後退しだした。


「恐れをなしたか!征くぞ!」


 勢いを得た軍隊は強くなる、今まで一方的にやられていた分距離を詰めて虐殺やり返してやろうと気持ちが浮ついていた。

 ロプセイン軍は市内へと逃げ込むと門を閉じること無くそのまま駆け抜けたのだ。


「ははは!やはり野蛮人だな!籠城の仕方すら知らんのか!」


 クランフ軍もそのまま突入するとベークッリュの様子がその時分かった、余り抵抗しなかったのか手酷く破壊はされていない。

 少なくとも家屋が焼け落ちたり、放置された死体が通りに転がってなどはいなかった。

 大通りを抜けて広場に出ると、ロプセイン軍が小さく円陣を組み防御の体制を取っていた。


「囲め、逃げ場を作るな!」


 指揮官の指示でクランフ軍は更に円陣を取り囲む包囲網を作成する、一気に突撃しなかったのは生け捕りにして処刑とした方がシミオン王からの覚えが良くなろうという助平心が動いたからだった。

 特に、エロディ姫の居場所を吐かせれば褒賞は確実だ。


「チャンスをやろう!ここで降伏するのであれば命は助けよう、どうする!首魁は前に出よ!」


 その投降要求にエレウノーラは前に出て応えた。


「俺がこの軍の主将だ」


 立派な全身鎧に鍛えられた身体、刈り込まれた短髪と低い声に男かと思ったが女と気付くと侮蔑と怒りが込み上げてきた。

 こんな女に良いようにあしらわれたのがロリアンギタを継承する国軍だなんて末代までの恥だ。


「ところで、降伏勧告だったか。何故応じなければならない?」


「貴様、目が見えておらぬのか?それとも白痴か?取り囲まれて数の差も明白ではないか、早う降伏せい!」


「失礼、数の差が何かな?」


 その言葉が合図だったかのように広場の周りにある家々からグレイシュバイクを始めとした寝返り勢が飛び出し、屋根の上には投石兵がパチンコに石をセットして革紐を引き絞っていた。

 2階がある家では雨戸が開き、エルフが弓の狙いを定めていた。


「釣り野伏せは知らんだろうとやってみたら、存外釣れる物だ。本来なら森とかで殺るんだが街だって隠れる場所は沢山有るんでな」


 包囲したと思ったら包囲されていた、そんな精神的なショックと物理的な命の危機はクランフ軍将兵を動揺させた。

 エレウノーラは左胸のポケットを探し、そんな物は無いと思い出すと渋面のまま命じた。


「平伏せ、さすれば命は助けよう」


 意向返しを含めてそう言うと右手を上げる。


「……映え有る、映え有るロリアンギタの系譜がこんな野蛮人と裏切り者共に!」


 振り下ろされた右手に従い、矢が石が飛び交う。

 無理に突破しようとした者は槍衾に押し戻され、足が止まった所を射殺される。

 捕虜になったのは数少なく、ロプセイン討伐軍は忠節と引き換えに将兵の大半が討ち死にした。


「島津ってこんな事やってたんだな、そりゃ後世でバーサーカー呼ばわりされるわ」




「ロプセイン討伐軍が何処にも居ない……、既に壊滅したと言うのか」


 騙されたスーノ対策軍は東へと進軍するも、陣を構え合う或いは包囲されているといった姿どころか合戦の声も聞こえない大地を見て自らが遅すぎたことを悟った。

 都合、5000を超える兵を建国されたばかりの良く知らない軍隊に殲滅されてしまった。

 帝国時代から軍で戦って将兵のショックは大きかった、自分達こそがこのナーロッパの大地において歴戦勇戦のつわものと信じていたのが崩れ落ちていく土台の如く消え去ってしまった。

 残された数で勝てる訳がない、なまじ戦を経験している分無学な末端兵でも嫌な空気を感じ取ってしまっている。

 最早取れる手立ては首都クランフフルトに籠城するしかない、しかしここぞとばかりに西の連中が領土拡大を狙って攻め寄せるだろう。

 滅亡、その二文字が頭にチラつき始める中スーノ対策軍は一槍も交えること無くクランフフルトへと退却する。

 籠城の準備を進め、シメオン王も余りに旗色が悪くなった事に意識を遠ざけるかのように酒に溺れた。

 そんな折、ロプセイン軍が現れた。

 クランフフルト周辺の村を襲うでもなく、静かに街に相対して陣を張ったのである。

 誰しもが怯えと漏れてしまいそうな戦意を押し留め、戦いの日を待ったが何時まで経っても攻略が始まる様子は無い。

 馬に乗った数名の特使が白旗を掲げて門へと近づく、戦闘から交渉へと切り替わったのだ。

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