第85話 べークッリュ略奪
「かかれい!」
ワアっと、調略により寝返った東部貴族指揮下の兵士等が固く閉ざされた都市の門へと破城槌を何度も叩きつける。
ベークッリュ市は開門要請を3度受け無言を貫いた事で攻撃する事と相成った、エレウノーラとしては不本意甚だしい。
本来ならルーキまで極力戦いたくは無かった、しかし交渉も何もしないというのであれば補給の観点からも軍事的視座からも放置するのは不可能となれば損切りを決め込んだ。
対象は寝返り貴族の兵力合わせて1200、何処まで残るかは実力と神の寵愛次第。
「あまり心配召されるな、ベークッリュは港湾都市、この城門さえ抜ければ後は児戯よ」
寝返りの中でも一番の勢力であるグレイシュヴァイク伯爵がそう嘯くが、エレウノーラとしては出来る限り野戦で決着を付けたいと考えており人的資源を無駄に使う攻城戦は嫌っていた。
「女将軍殿、このまま陥落致しましたら……」
「約束は守るよ、グレイシュヴァイク伯。ベークッリュは貴殿の領地に加える」
途端に機嫌良く伯爵は軍配を手にすると前線へと戻った、喉から手が出るほど欲していた港街がもうすぐ落ちるのであれば誰しもそうなろう。
歓声と混乱の声が上がった、城門が破壊されたのである。
「良し、まずは行政府と領主館を抑える」
帳簿と領主、どちらも重要だが行政府へはフランソワとジョルジュを向かわせ、自分は手勢と共に領主館へと急いだ。
「これは酷い」
道中既に目立つ商館は押し込まれ、略奪の憂き目に合っていた。
三方を包囲されたベークッリュ市は残る逃げ道である海を目指して資産を持てるだけ持った市民らが逃げ惑っており、気の立った兵のおやつと化している。
ヴィルヘルムはチラリと見ると特に何も無く歩いて行く、あまりこういう悲劇に興味は無いらしい。
「はぁ……、だから市街戦は嫌いなんだ。略奪するから進撃速度が落ちる」
エレウノーラも悲劇によって失われる命や富、尊厳よりも軍事的なマイナス面を気にした。
碌な産業も整っていないロプセインが兵に支払える報酬とは略奪許可程度しか空手形を切れないと言う現実も有った。
「何れ正式に産業も整えて税収が増えたら給料だけでも暮らせる職業軍人制度を作らねばな」
略奪は確かに兵のモチベーション維持に繋がるが、やり過ぎれば後に統治する土地は痩せるし民の恨みを買う。
結果として領地としては不良債権となるのだが、欲しがっているグレイシュヴァイク伯がなんとかする問題だ。
「略奪する時間で制圧してくれたなら給料3倍出しても良いんだがなあ……」
領主館の門は固く閉ざされ、閂の他に倒木を嵌める形で門と地面に固定されておりちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない様に防御がなされている。
急遽、館攻めとなったので破城槌や梯子の準備も出来ておらずたった20名程が立て籠もっているにも関わらず力攻めをやる程の事も無くぐるりと囲んでいる。
「攻めんのか?」
「火付けもなあ」
話しかけて来たヴィクトルに応えると、エレウノーラは今まで自己主張をして来なかった彼へと聞いてみた。
「そう聞くって事は何か提案が有るのか?」
「儂等の事をお忘れかな?」
ニヤリ、と笑ったヴィクトルは
「穴掘りと坑道作りは十八番じゃよ」
領主館から見られないように少し距離を離してから穴を掘り始めたヴィクトル以下ドワーフ兵士達は慣れた様子で只管穴を掘っては補強し、休むこと無く仕事をし続け2日後には門の内側へと開通してみせた。
「あり得んだろ、どうなってんだお前等」
「大地の母の御加護じゃよ、それより攻め方はどうする?」
「ヴィクトル、お前が兵を連れて城門を固定している丸太を破壊して扉を開けてくれ。そのまま中には入れば降伏勧告出せば降るだろう」
「ほいほい、あの地下通路を移動できるのは儂等しか居らんからな」
作戦と言う程の物では無い、貫通した穴は見張りに見つからないように偽装しておりここから夜まで待って侵入し開門する。
その後に降伏勧告を出すだけだ、エレウノーラとしてはここで2日使った事が今後の計画に影響するかだけが気掛かりであった。
「あいつら、ずっと黙って囲んでるな」
「門を開けれないのさ、このまま耐えて御味方が来るまで待てば勝ちだ」
領主に仕える騎士の子供達も動員され、夜間の見張りや武器の手入れといった比較的危険ではない軍務を任され張り切っていた。
自身も大人として認められた……、そんな自尊心を満たしながら攻めてきた敵軍を睨みつける。
「それにしても許せないのはグレイシュヴァイクめの卑劣漢だ!王から東方守護を任されたにも関わらず一戦交える事無く敵方に降って、先槍となるとは!」
「ロプセインはエロディ姫を頂いているが、これも帝位継承の戦いということかな?」
「例えそうでも、主様はシメオン陛下に忠義を誓っているんだ。家臣の俺達が踏ん張らないでどうする」
純朴な彼らはそう言うが、館の中では最早これまでと略奪被害には目を瞑り降伏するか夜陰に紛れて逃げるかが話し合われていた。
「初陣がこれとは」
「お互いついてないな、けど負け戦はいつかは経験する訳だし───」
少年騎士2人は膝裏に衝撃を受けて人体の可動上、そのまま地面へと倒れた。
突然の事であっ、と声を上げたきりで立とうとしても足が動かない。
ドワーフが野太い腕で持っていて押さえつけていたからだ、敵襲と叫ぼうとした口が大きな掌で防がれガツン!と拳骨を食らうと簡単に意識が飛んだ。
「猿轡噛ましちまえ」
手際良く猿轡と手足を拘束すると、少年2人は植え込みに隠された。
「ようし、丸太を外せ。そんで扉開けたら松明をつけい」
ヴィクトルの指示でドワーフ兵士達がそれぞれに動き、ほんの数分で門は開かれる。
火が灯った松明を振ると放置していたエレウノーラ指揮下の兵がどんどんと接近し、館の中へと入る。
「降伏するか!」
突然、館の中から聞こえるはずのない声を轟かされ領主と側近らは震えた。
結局はそのまま降伏する旨を伝え、領主は縄をうたれて牢へと入れられたが助命条件として郎党・兵と共に参陣し先鋒を務める事で解放された。
無事に……、と言っても良いものか兎に角ベークッリュはロプセイン軍が制圧し領主を抑えた事で配下の騎士や能吏も使えるようになった。
まず始めにした事はベークッリュが略奪で受けた被害額の計算である。
「試算はどうだ?」
「大凡、この位かと」
能吏から渡された羊皮紙に書かれた被害金額を見て、エレウノーラは眉根に大きな皺が寄った。
「今後の拠点として使うには被害が大きいな、俺からエロディ様に税の免除を願おう」
「有難う御座います、閣下」
領主が涙声でそう感謝を告げると、エレウノーラは複雑な思いを胸にしまい込んだ。
流石に味方になった者に対してだが、当時は敵なので補償も出来ずやれるのは今後の生活が苦しくならないように配慮する事しか無い。
もっとも、そうしてしまったのは自分自身なのでこの感謝も受け取りたくは無かった。
「グレイシュヴァイク伯には強く言っておく、それより次のルーキ攻めだが」
「ガレー艦隊の水兵は地上戦は出来るのか?」
ヴィクトルの質問にヴィルヘルムも同調して質問を重ねる。
「その場合、どれくらいの規模だ?」
「まず、基本的に水兵は船を動かす為の人員だ。操帆、櫂漕ぎ、そう言った事を専門とする技能職なので接近戦と言うのは最後の手段だ」
「では、海戦とはどう起こる?」
山や森に住むエルフ・ドワーフからの質問に、海に面している国出身の人間達が答えていく。
エレウノーラの説明を継いだのはジョルジュだ。
「ラムアタック、船首に取り付けた突撃用の尖端を相手の船の土手っ腹に突っ込んで穴を開けて沈める」
「そんないい加減なやり方で沈むんか?」
ヴィクトルの疑問にはフランソワが答える。
「沈む……というか奪うだな。一応、乗組員とは別に切り込み隊が居る。こちらは相手の船に乗り込んで船を奪うのが仕事だ、だから陸に降ろして戦わせるとしたらこいつらだな」
「相手の艦隊規模にもよるが、それでも多くて300程だろう」
元から配備されている兵を含めても500前後が街に籠もっていると当たりを付けたエレウノーラはどうするかを思案する。
「出来るだけ海軍は手を付けたくない、旗の載せ替えを承認すれば安堵にするか」
「甘くないか?」
「甘くせざるを得ない、正統後継者を立てた内戦とは如何に味方を多く作るかだ。エーリカの思惑に反するが、基本的に無罪だ」
「仕方ないか、ではルーキへは降伏の使者を出す」
「頼む、少しでも王軍には警戒させてこちらに向かう軍の数を減らしたい」
測量すらまともに出来ていない地図を眺めてエレウノーラは指をある地点に置いた。
「ちょっと演技指導が必要だな」
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