第84話 暗躍

「それは事実か?」


「遠征軍、壊滅で御座います。生き残りは僅かに100程度……」


「マゲルンで何が起こった!」


「休養の為廃村に入った所、見張りを殺され火をつけられて兵の大半を失い生存者の報告では川辺と森で蛮族の襲撃を受けました」


 その報告を聞くとシミオン王は考え込む。


「知恵者が居るのか?だが、3000も失ったのは痛いな……、暫くは軍事行動を取れぬ」


「市街の破落戸を集めます、肉の盾位にはなるでしょう」


「頼むぞ」


 そんな会話を誰にも気付かれる事無く聞いている者が居た、エーリカ配下の隠密方である。

 彼は透明と無音の魔法で忍び込むと王城の情報を集め、今朝方同僚へとその情報を渡した。

 他にクランフフルトの城門や城壁、兵舎の位置などを調べ上げた班も有るのでこの時点で王都攻略へと繋がる情報は丸裸となっていた。

 東クランフ王国側にも隠密密偵の類は居るのだが、統括以外は平民だ。

 平気で魔法を使って姿を消すダークエルフには察知する事が出来ないのも仕方なかった。


(そうか、軍事行動を取れぬならロプセインから進軍する味方は好き放題出来るな)


 その下地作りとして隠密は考える、何が効果的か?

 地方貴族らを脅す事で戦わずして降るかもしれない、或いは農村や都市部の井戸に腹下しの薬でも投げ込むか。

 隠密は報告を終えて下がる男の後ろに付いて評定の間から抜け出すと音も無く中庭へと向かい、一飛で壁を越えるとそのまま城下町へと身を投げた。




「ケヒヒ、東は動けんか」


「ルベリンで準備をしている本隊への支援として、東部諸侯らへの脅迫を行うべきかと」


「そうだなぁ、跡継ぎでも掻っ攫うか」


「エーリカ様、流石にそこまですると反発が大きいかと」


 エーリカ付きとなった隠密筆頭アドルフは窘める、エレウノーラの戦果に当てられたかエーリカは派手に大きく動きたがるようになった。

 ただ、本人も口で言って想像して笑う程度で満足しているのでアドルフとしても窘める以上の事は出来ない。


「ならば寝込みを脅すか、寝ている間に耳元に短刀を突き立てて来い」


「承知」


 その程度で済んで良かったとアドルフは胸中で溜め息を逃がした、完全に敵対する可能性のある継嗣誘拐けいしゆうかいより本人への軽い脅しの方がやる方も気楽だ。


「そうだ、メッセージを残そう」


 そんなアドルフの気持ち等露知らず、エーリカは追加注文を出した。


「メッセージ?」


「木札に目の印と【お前を見ているぞ】と掘って、目につく所に置こう。確実に監視が有ると知らせる事で本隊に臣従させる」


「それは……、むしろ反発して戦を決め込むのでは?」


「お前はアレが高が地方領主に負けると思うのか?戦をするならさせれば良い、族滅にて直轄地が増える」


 族滅、言葉通りに一族根絶やしになる事だ。

 エーリカは今後行われる東クランフ領内での戦闘で目端の利かぬ貴族が幾つか取り潰されるだろうと直感している。


「この国も川が多い、治水をきっちりすれば麦の畑が黄金に輝くだろう」


 厳密には東クランフ・ロプセイン地域は寒冷であり麦の育成にはギリギリの範囲なのでそう上手くはいかないが、今までの森で狩猟採集生活よりは断然マシだ。

 そう、エーリカ達ダークエルフが黒い森から出て農耕を始めるには土地がいる。

 そして既に国境沿いの地には辺境守護を任とする貴族らが封じられており、欲しいのであれば奪うしか無いし出来るだけ部族の民に土地を行き渡らせるためには今そこを耕している農民に死んでもらうしかない。


「なるだけ沢山殺して貰わんとなあ」







「なるべく早くに東クランフ領東部を抑えなければならない、それも無傷でだ」


 エレウノーラはそう言うと手製の地図───と言っても大雑把な物だが───を広げた。


「細々と開墾して畑は増やしているが、動員した2000以上の兵は養えない。各個に敵軍を漸減したとしても時間を掛ければ軍を回復させるだろう」


「となるとやはり3000の兵を失った今が電撃的に攻め込む機会か」


 ジョルジュの呟きに肯定するように頷くと、ロプセイン西部から近い都市の名を見る。


「ファハーノーかハムブルクだな」


「クランフフルトに近いのはファハーノーだが……」


「そこを取るとハムブルク・メブーレン・ムルトドントの3方面から包囲される、ハムブルクから北方方面のベークッリュ・ルーキを制圧する」


 港を抑える利も大きかった、ルーキは軍港でも有り東クランフ王国海軍ガレー艦隊が停泊しており商業港としての機能もある。

 スノーラント・ミオスラント・ルーネデラントから商人が集まる場所だ、是非に確保しておきたい土地であり後背からの襲撃の予防の為にも先んじて抑えるのが理想であった。


「北部掌握後は?」


「ハムブルクに布陣して迎え撃つ」


 フランソワの質問にエレウノーラは答えると地図を巻き、懐にしまい込む。


「先行してエーリカ以下、100名がクランフ東部に入っている。そこで撹乱や調略を命じている」


「多少は楽が出来るか……」


 ヴィルヘルムは弓を担ぐとその弦を弾く、ビィンと音が鳴り響きポツリと漏らした。


「何処まで信じれる?」


「エーリカは大丈夫だ、アドルフも利益を約束している。心配は無い」


「しかし……、どうも今まで対立していたからか信じられん」


「黒森を出る、黒森はお前達の領土と確認してあるだろうが。ダークエルフの住む土地の確保もやらにゃならん俺の苦労も分かれ」


「東部は無傷で手に入れるのだろう?何処に奴らの取り分を捻出する」


「南西部だな、出来るだけお前等エルフと離しておきたい。近かったら要らん問題が起きるだろ……、ザスエル・リートゲンロンだ」


 東クランフと西クランフの国境線地帯、ここに入植させて緩衝地帯とさせようとしたのだがフランソワが敏感に反応した。


「ザスアル・レヌーロだ」


「どっちだって良いだろ、場所がどこだか分かりゃ地名なんてよ」


「違うのだ!領有権ははっきりさせないと際限無く血が流れる!あそこは西の固有の領土だ!」


「分かった分かった!分かったよもう!ザスアル・レヌーロをダークエルフに与える!」


 名称1つでキレだす厄介さに辟易したエレウノーラだが、フランソワからしてみれば死活問題でもある、西クランフの土地ではないと削られたら自分が土地を貰う時にそこの地の所有者であると土地と貴族号は紐づいているのだから取り分が減る。

 フランソワが生命を賭して戦うのも戦後に少しでも良い領地を貰うためであり、その為には今治めている領主を貴族の暗黙の了解を破ってでも討ち取るつもりで居た。


「それでハムブルクではどう戦う」


「籠城はしたくない、制圧して間もない状況で敵軍と戦うとなると市民から内通者が出る、晒し上げしてる時間もないしな」


 エレウノーラは顎に手を当てて少し考えるとため息を吐いた。


「取れる手が少ない、思いつきはしたがルーキを取れるかに掛かっている」


「ルーキ?まさか、ガレー艦隊を使うのか?」


「だが、艦隊が寝返る訳が……」


「寝返らせん、ただルーキから西に出ていって貰うだけだ。旗は変えるがな」


 太陽の日差しが照りつける中、エレウノーラは北の海を想う。

 かつての家臣エイリークらが来た極寒の地、船乗りとしても戦士としても優秀なスーノ人。

 ガレーにスーノの旗を掲げさせ、捕虜にした艦隊要員らで東クランフの別の港へと向かわせる。

 伝達が正しく伝わるまではこれで兵を分けさせられる、各個に叩いて数を減らした後はクランフフルトを制圧し正当な君主エロディを喧伝する。

 ロプセインはヴィルヘルムがオフランから代替わりで継承する事が決まっている。

 両国の同盟を押し出せば、残りの独立領主らも白旗を振ることになるだろう。


「エレウノーラ様、グレイシュヴァイク伯から条件付き降伏の使者が」


「テッリンハイム子爵が合力する代わりに領地安堵を求めています」


「……エーリカ、何をやった?」


 東部諸侯らから次々に条件付きでは有るものの降伏、臣従の使者が送られて来た。

 エーリカの独断ではあるが、従わねば殺すと宣言し実際に被害もなしに3000の正規軍を鏖殺してみせたロプセイン軍は兵員制限が課せられている地方領主からすれば抵抗して領地が荒らされるのだけは避けたかった。

 仮にロプセインが東クランフに負けたならしれっと元鞘に戻ればヨシ、両属等何が悪いのかと言わんばかりである。


「軍を北へ」


 マゲルン統一戦争、東西クランフ王国併合の序章が幕を開けた。

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