第83話 ロプセイン・東クランフ戦争開戦

 ロプセイン王国と言う名の国が辺境で産声を上げた事に対してナーロッパ諸国は驚愕や畏怖は……起こらなかった。

 あー、あの蛮族共がなんか統一したんだふーん位の感想で片田舎で国が新しく出来たなど文明国家たる西ナーロッパからすればどうでも良いことである。

 ……ただ、ラアビア諸国の緑三日月教国家が連合した場合は除く。

 おかげでベイアリ半島は聖十字を厚く信じる猪人オルクの国と緑三日月教国家との宗教戦争が過熱している。

 そんな大半の国はスルーしている新国家に反応したのが東西クランフ王国である、理由は然にあらんや彼らの妹であるエロディが国主となったからだ。

 帝国が崩壊し、その後釜として再興を目指す両国は手軽に領土拡大が出来て尚且つ妹の保護と言う大義名分を振りかざせる。

 開拓の必要は有るものの豊富な河川と平地は農業地帯として有望であり、森林資源やそれに伴う獣肉需要に鉄鉱山からの工業への安価な鉄供給……。

 旨みは十分に齎されると東クランフ王シミオンは判断した。



 王都クランフフルトでは国王以下重臣らの会議が執り行われており、その題目は勿論マゲルン地方への軍派遣についてだ。

 官僚が試算した今後の統治による持ち出し金と開拓完了後に齎される富の比較、軍動員による国庫へのダメージ。


「では陛下、軍の動員は3割で宜しいですか?」


「蝶よ花よと育てられたエロディに軍事の才能等無い、3割でも多いほどよ」


 シミオンの言葉に重臣らもまた同意する、これが第3皇子のルイならば警戒もしていただろうが皇女……しかも未成年ならば判断するのは神輿としての価値。

 誰ぞあの混乱の中でパリスエスから逃げおおせ、エロディを確保した者が居たのだろう。

 道中で落ち延びた将兵を集めてマゲルンへと辿り着き、現地の蛮族共から土地を奪ったと当たりをつけた。

 どんなに多くともその戦力は1000を数える事は無いだろう、兵法の原則【攻撃3倍】に則れば派遣する3000の兵で圧勝出来る。


「エロディ様はどうなされまするか?」


「生きて捕らえよ、使い道は幾らでも有る。代わりに現地の蛮族の女は好きにして良い」


 蛮族エルフの事は風の噂では聞いていた、野蛮なれども人よりも美しい……男女共に。

 となれば、売るにせよ楽しむにせよやる気が起こるという物だ。

 軍を指揮する貴族らは奴隷狩りで得られる金額を考えては笑顔を浮かべていた。

 この時までは東クランフ王国では誰もが勝利を信じて疑っておらず、出兵の際には大通りに軍を行進させては囚われの姫をお助けする正義の軍としてクランフフルト市民から見送られた。

 派手にパレードが行われる大通りからは、1人の旅人がこっそりと街を抜け出したなど誰も気付く事など無かった。

 東クランフ軍は1か月近く行軍を行い、マゲルン地域へと到達しその頃には正義の軍から普通の軍へと戻っていた。

 つまりは乱暴レイプ狼藉民間人暴行苅田麦の刈り取り身代金要求かしによって士気が保たれる軍隊だ。

 一応、エロディ姫には手を出すなとは下知されているが貴族やその郎党は兎も角下級の兵らはどうかは分からない。

 故に軍監職は気を張っているが、止めるのはその件だけで他に関してはお咎め一切無しだ。

 給金を支払うのも馬鹿らしい身分相手なのだから自分の食い扶持は自分で戦地にて稼いで貰う、そんな時代であった。

 これがまだ農兵まで動員された軍なら多少の統制は有るのだが、数を水増しする為に破落戸を優先して組み込んでいる動員体制なのでその質は低い。

 何せ内戦相手の西クランフ王国への備えもせねばならないので腕に覚えの有る者、指示を守る者は西に送られ東に送られたのは2線級の兵。

 それで十分と高をくくり、油断をしていた代償は重い。

 キャンプで固い地面に申し訳程度の布地を引いた状態で休息を取っていた軍の前に村が現れた、そこは人っ気を感じさせずしかし廃村と言うには生活感が残っていた。


「村民は何処へ行った」


「分かりません、我々が来ていることなど知らぬ筈なので何か理由が有って離れたのでは」


 将軍は配下の指揮官らに村内の探索を命じ、兵士らが散らばって調べていく。

 その結果、村人は誰一人居らず代わりに物資はたんまりと有った。


「ドワーフエールです」


「ドワーフと取引していた村か?しかし、有り難い物だ。兵にはカップ3杯までの飲酒を許可する、見張り番は1杯だ」


 倉庫を漁ると干した肉や、野菜に麦も有り戦利品として押収されその夜にはこれまでの行軍の鬱憤晴らしの宴会が開かれた。

 久方ぶりの屋根と壁の有る家で敷き藁とはいえ背中を痛めずに眠れる上に本来なら飲めるはずも無い美酒が振る舞われる、兵士らは出征が天国と言わんばかりに飲み、食い、そして眠った。


「俺も早く寝てぇよ」


「言うな、俺まで眠くなるだろうが」


 見張りの兵士がふわぁ、と欠伸をすると相方がそれをたしなめる。

 次の交代が来るまで彼らは立哨任務をやり遂げねばならないのだ。


「んな事言ったてよう、誰が攻めてくるってんでい。ここまでなーんにもありゃしねぇ」


「そういう油断が総崩れに繋がるのだ!」


「だいたいよう、おめぇだっておめぇだ。すっかり都言葉に慣れちまって……」


「馬鹿!雑兵とて王軍の一員だぞ!言葉遣いも気を付けろ!」


 田舎言葉の見張り兵が槍を置くとふらっと立ち去った。


「おい、何処へ行く!」


「ションベン!すぐ戻る!」





「ったく、あいつぁ出世がしてぇだけだぁろ……俺は村に帰りてぇ」


 ゴソゴソと腰止めの縄を外すとズボンをずりさげ、ボロンとイチモツを出しジョロロロロと静かな夜の中で放尿の音が響いた。

 藪に向かってブルンと降ると、カサリと藪が震えた気がした。


「あんだぁ?犬でも居たかぁ?」


 男が腰を屈めた瞬間、藪から腕が伸び男を引っ張り込むと同時に心臓目掛けて短剣が突き立てられた。


「かは」


 事切れた男は音も立てられずに藪に隠されるとそこにはもう誰も、何も無く不気味に静けさを取り戻していた。





「遅い……、どこまで小便しに行ったんだ」


 生真面目な男は相方が中々戻ってこない事に腹を立てていた。

 そんな時に、足取り確かにこちらへと相方がやって来た。


「遅かったな、小便以外にもひり出していたか?」


「……」


 無言で俯く相方に少し違和感を感じたがそれでも男はあまり気にせず仕事を続けた。


「兎に角、御役目をしっかりこなせば従軍なされているお貴族様に取り立ててもらえるかもしれん!お前も少しは真面目にだな」


 後ろを向いた瞬間、男は相方に組み付かれ喉を真一文字に切り裂かれた。


「こぽぉ」


 驚愕の顔で喉を押さえながら見た相方の顔は白から浅黒く変わり、耳が尖っていく。


「お前の相棒はもう死んでる」



 見張りを二人共殺したダークエルフは合図を出すと、仲間が魔法で炎を出して家屋に向かって放つ。

 事前に染み込ませていた油に火が回り轟音と共に火が燃え盛っていく。


「3000の死体は見物だな」


 ふっと闇に消え去ると、見張りの交代要員らの絶叫が村内に響き渡った。


「火事だあ!火事だぞお!」


「起きろ!逃げるんだ!」


 そんな叫びに跳ね起きて逃げ出せた者はそう多くは無かった、大抵の者はこれまでの行軍の疲れと飲酒により深く眠っており焼け落ちる家屋と運命を共にした。




「火事とは何が起こった!馬鹿が火の取り扱いを誤ったか!?」


「皆目見当もつきません……、兵もバラバラで逃げましたので集めるのに時間が」


「急げ、集まったら一気に皇女を確保に向かう」


 将軍以下の上層部は村からの脱出に成功し、昼間に見えた川辺へと辿り着いた。

 火事の熱で熱くなった体を冷やそうと将校の1人が川へと近づいた時、何かに引っかかったようにつんのめるとそのままドボンと川に落ちた。


「間抜けめ!早く引き上げろ!」


 近くに居た兵士が駆け寄った瞬間、パッと真昼のように明るくなった。

 草と草が結ばれて丁度人の足が絡め取られるような簡単な罠が無数に川べりに仕掛けられており、対岸には少女が魔法で光を空へと向けて幾つも打ち上げていた。

 現地の娘か、と思ったのも束の間将軍は顔を青褪めさせた。

 ズラリと人間とダークエルフが弓と投石紐を握っていたのだ。


「かまーえ!」


 指揮官の男は右手を上げると、兵士らは獲物を構えて狙いを定める。


「はし───」


「放てえ!」


 ヒュンヒュンと矢が、石が対岸から放たれ上層部一同へと突き立てられる。

 将軍は頭部にガツン、と衝撃を感じ薄れ行く意識の中で自分が川に落ちた事を知るとそのまま流されて行った。





「こ、これだけしか居ないのか?」


 命辛辛、走って森へと入った一団は息を整えながら周りを見渡す。

 僅か100名程の小集団は従軍していた貴族の馬廻衆と、逃げ出すのを見かけて追いかけてきた兵士の集まりだ。

 つまり、指揮系統に乱れがある。

 貴族が体制を整える為に兵士を整列させ未だに炎が見える村を見ると、煙が酷く出ていた。

 視線を戻すと、10人の兵士がバタリと倒れる途中であった。


「は?」


 更に兵士が倒れ、そこでようやく首に矢が刺さっている事に気付いた。


「てててて、敵襲ーー!!」


 慌てて伏せる若い兵に釣られて貴族も服が汚れる事も忘れて地面に飛び込み頭を抱える。


「何が起こったのか!」


「敵の奇襲です、声を抑えて!」


 若い兵が貴族に覆い被さると周囲をジロジロと見渡す、暗い森が広がるばかりで人の気配など微塵も感じなかった。


「……一当てして逃げたようです、申し訳ありません」


「許す、我が生命を守ろうとしたのだ。触れたこと等気にするな」


 貴族は立ち上がるともう一度村の方を見た、もう誰も森や川へと逃げる者は居ない。


「恐らくあの火事も敵方の火付けであろう、一度都に戻り陛下にこの事を伝えねば」


「陣払いで御座いますか」


「情報だけは伝えねばならん、それに将軍も生きてるかどうかも分からぬ……」


 生き残った東クランフ王国軍は僅かに82名、道中川辺で息も絶え絶えな生存者を拾いやっと100を越えた程度が東クランフへと戻った頃。

 ロプセイン側も正式に攻略軍の編制と物資の準備に奔走していた。

 緒戦はロプセイン側の勝利で飾られ、さしたる被害もなく東クランフ軍の戦力を3割を削り有利となるがこれからは地形の有利を捨てる事となる。

 エレウノーラはエーリカを呼び出すと彼女に精鋭の隠密を預け後方撹乱を命じた。

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