第15話 TS女騎士、攻略対象者をわからせる

「グスターヴォ・ディ・レトント、俺と決闘をしよう」


「……何?」


 エレウノーラに今日も今日とて決闘を挑もうとしていたグスターヴォは、逆に決闘を挑まれたことに困惑していた。

 彼女は自分が挑んでもヘラヘラと笑っていなして叩きのめしてきたのだ。

 それが自分から決闘をしようなどと言ってくるとは、一体どのような心変わりをしたのだろうか?

 だが、それでも戦うというのならば否は無い。


「俺が負けたら第1騎士養成課を止めよう、だが勝ったらクラリッサ嬢の前で俺の名を出すのは止めろ」


「クラリッサが何故出てくるんだ?」


「……それを理解させるためにやるって言ってるんだよ」


 エレウノーラはそう言うと、グスターヴォを連れて戦闘訓練場へと向かう。

 ここ一番のイベント扱いをされており、多くのギャラリーが集まり始めていた。


「グスターヴォが勝つのに賭ける奴は居るか?オッズは今、25倍だ」


「エレウノーラさんが今日も勝つだろ、賭けにならん」


 ガヤガヤとギャラリーの中から賭けをし出す者まで現れていたが、大差の倍率となっておりそれに参加しているのは少数であった。

 そのギャラリーの中には、ヴィットーリアとクラリッサ両令嬢も心配そうな顔を浮かべて2人を見つめていた。


「それで、今日も長剣を使うのか?」


「いや、今日は拳だ」


「は?」


 ぐっと握りしめた両の拳を顔の前に構えたエレウノーラを見て、グスターヴォは顔を赤くさせる。


「お前……、何処まで俺を馬鹿にするんだ!」


「いやね、俺も最初は決闘形式にしようと思ってたんだ。けどな、お前がクラリッサ嬢の事を何一つ考えてないみたいだから決闘から仕置きに変更する事にした」


 その言葉を聞き、グスターヴォも拳を顔の前に壁のようにぴったりと閉じて構えた。

 打撃戦ともなれば、エレウノーラの筋肉は脅威となるのは子供でも分かる以上、防御中心に立ち回っていくしかないと考えたようだ。


(あの筋肉じゃあ、まともに受けても殴ってもこっちが不利だ……)


 かと言って、なにが有効打になるかとなると思いつかない。基本的に自分よりも相手の方が性別の差を超えて屈強だ。

 何か有利になる展開を思いつかなければ、また頬骨が陥没するハメになるだろうと容易く予想が出来た。


「そんじゃあ、始めるとしようか」


 言うや否や、エレウノーラは右ストレートをグスターヴォの顎目掛けて放つ。

 ビュン!と風を切る音を立てながら迫る拳を後ろにスウェーする事で避けたグスターヴォを追撃しようと左フックが放たれる。

 なんとか右腕をぎゅっと固めてガードの体勢を取るが凄まじい衝撃が体に走ったのと同時に痛みで声が上がりそうになる。


(毎回なんて馬鹿力なんだ!並みの男なんざカスみてえなもんだ!)


 握り固めた左ボディブローがエレウノーラの肝臓の位置、俗にいうレバーブローを狙い力強く打ち込んだ。

 だが、腹筋を硬く固めた脇腹に叩きこまれた瞬間、グスターヴォは後悔した。


(俺の手の骨の方が折れそうだ!どんだけ鍛えたらこんなに硬くなるって言うんだよ!?)


 そう思った瞬間、自分の勝ち目がほぼ無いと気付く。どうすれば良いかと考えるがこのままでは負けるというのだけは確信があった。


「結構狙いは良いな、組み打ちはそれなりにやってる感じか」


「……素手でも戦えるように備えておくのは武人として当たり前のことだ」


「はは、そういう奴ウチにも居るよ」


 拳では勝ち目が無い、恐らく蹴りを放ったところであの丸太のような太腿にダメージは与えられないだろう。

 何か無いだろうか、何かが……


 ―――使えるモンは全部使うんだよ、馬鹿正直に両手だけ使ってるからそうなる


(使える物は全部使う……、だが騎士としてそれは正しいのか?)


 ぐっと、エレウノーラの顔をグスターヴォは睨みつけた。

 余裕綽々、次は何をするんだと言いたげなその顔がなんとも腹が立った。


(―――ちくしょう!この際プライドは抜きだ!こいつに勝てればそれでいい!)


 何か注意を晴らせれる物は無いだろうか、はたと気付く首に掛けられている婚約者から送られた護符タリスマン


(すまん!クラリッサ!)


 ぶちりと音を立てて紐を千切るとそれをエレウノーラ目掛けて投げつける。

 それと同時に走った、狙いはなんとかエレウノーラの背を取ろうとしてだ。


「これは―――」


 思わず投げつけられた護符を右手で受け止めると、何を投げられたのかを確認してしまうエレウノーラの横を通り過ぎたグスターヴォはくるりと振り返り背中に向かって飛んだ。


「これで!」


 胴体に足を巻き付け、首に腕を回すと思いっきり首を絞めた。

 首も御多分に漏れず筋肉が有るが、流石に鋼のような腹筋を殴るよりはマシだと判断した。

 あとはどれだけ暴れられようが絞める腕だけは絶対に解除しないと覚悟を決めた。

 その瞬間、ふわっと浮遊感を感じる。


(こいつ、まさか!)


 エレウノーラを髪と天井が視界に移った瞬間、これから起こる事を理解してしまったグスターヴォだがそれに備える時間は彼には存在しなかった。

 背中から落ちるようにジャンプしながら落ちた2人は、その体勢の順番でグスターヴォが下となりエレウノーラの体重が地面とサンドイッチの具のように真ん中にいる彼に全てが掛かった。


「がえ!?」


 落下の衝撃で頭をぶつけ、一瞬気を失ったグスターヴォの腕を振りほどいたエレウノーラは彼を素早く立ち上がり、見下ろした。


「使える物は全て使う、どうやら覚えていたみたいだが格闘戦が不利だと理解していたならバックを取るより走って武器掛けに掛けられている剣を取った方が良かったな」


 そう言ったエレウノーラは右足を上げると、勢いよくグスターヴォの腹目掛けて踏み下した。


「ぐう!!」


 何度も何度も勢いよくスタンプし、その度にグスターヴォが痛みに呻く。


「お前なあ!なんでも使えとは言ったが、それで捨てられた護符を送った婚約者のクラリッサ嬢の気持ちも考えろよ!お前の無事を祈って送ったのに捨てられたとか、お前の祈願なんぞ要らんと言ってるのと同義だろうが!」


 自分でアドバイスしておきながらその通りに行動した人間に対してブチギレるという傍から聞いただけなら屑の所業だが、そこは女の純情を踏みにじったグスターヴォにも非があるとして6:4程の責任であろうか。

都合、10も踏みつけたその時、観客の中からクラリッサが飛び出した。


「もう……、もうお止めくださいカミタフィーラ卿!」


がばっと、グスターヴォに覆いかぶさったクラリッサはキッとエレウノーラを睨みつけた。


「これほどまでに痛めつける必要があるのですか!喋る暇も与えずに、一方的に足蹴にするだなんて!」


「クラリッサ嬢、戦場なら遺言も残せずに死ぬのはありふれた事。まだ怪我ですむ今のうちに疑似体験をさせておくのが宜しかろう」


そのエレウノーラの言葉を聞き、まだ何かを言おうとしたクラリッサの肩をグスターヴォは掴んだ。


「クラリッサ……、良いんだ。俺が弱かった、それだけの話だ……。カミタフィーラ騎士爵、今までの非礼を詫びる。正直……、卿への嫉妬もあったんだろう」


「何さ、普通は関わり合いにならん身分の差。一々気にすることはあるまい、それよりも婚約者の機嫌取りだけはしっかりな」


ふうっと、ため息をつくとエレウノーラは出口へと足を進めた。

そんな彼女を前に、観客である生徒達もかつての聖人の前を遮り奇跡によって道を開いた海の如く、一歩後ろへと下がり道を譲った。


「どうせ俺は卒業後はヒラの領主なんだからな」

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